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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第2章 若き魔術師達の休息
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第16話

 セメリアス邸では、普段は夜中にも人が集まる。昼中に、仕事や別件のあった者が、夜に教えを請いに来るからだ。今、魔術師として完成しているのはマギアレクだけだ。ミダロス・セメリアスは若く、養子の身でセメリアスの名を継ぐ為に忙しい。

 しかし、この日は珍しく静かな物だった。建国祭を前に、方々で動きがあるのだろう。魔術師を目指すにしろ、己の生活は家業で守らねばならないのだから。


「で、お前は帰んねぇの?」

「俺とエアルが帰ってどうするよ。孤児院からは何も無いぞ、余裕も無いし。お前こそどうなんだよ。」

「新築とはいえ、ちまっこい家に一人だぞ? 帰って何をしろと。てか怠ぃ。」

「……暇だな。」

「お互いな。」


 ベッドで壁に持たれて座るソルに、カークが椅子の上で大きく仰け反る。

 ソルが怠さに負けている為、二人は愚痴を溢すだけである。この組み合わせでは、珍しく大人しい。


「だからって、いつまでも居ると迷惑だよ、兄さん。」

「どうせシラルーナは居るじゃん。」

「シラルーナさんは、別じゃ無いかな……」

「エアル君、大丈夫ですよ。ソルさんも私も、迷惑では無いから。」


 勝手に迷惑では無いことにされた。ソルとしては、一人で居たいのだが。しかし、心を読んだ様に、シラルーナが釘を差す。


「ソルさん、一人は駄目ですよ。すぐに戻ろうとするから。」

「流石に、怠くて動けないって。こんな時に何処にも行かないよ。」

「……そんな体調でも、アナトレー連合国には行きましたけどね。」

「いや……それは……行ったけど。」


 時折、こうしてソルを離そうとしない。シラルーナもここに来て変わったと思ったが、たまに波が来るようだ。

 ソルを、正確には【具現結晶】を柱に、自己肯定が始まったシラルーナ。恐らく、精神的に不安定になると、そこに行き着くのだろう。いつか治ればいいと、ソルは呑気に構えている。


「……なんかさ、お前達の距離感近くねぇ?」

「何が?」

「だってシラルーナが面倒くさくなんの、御師匠様とお前だけだし。」

「め、面倒くさいですか……!?」


 カークのバッサリとした物言いに、彼女がショックを受ける。すぐにエアルがフォローに回る隣で、ソルは首を捻った。


「う~ん、距離感って言われてもなぁ。俺が話す同年代が、片手で数えられるし。」

「ちなみに?」

「この部屋の五人。」

「……私が、入ってる?」


 隅で黙々と本を眺めていたミゼンが、つい呟く。確実に会話に入るのを避けていた態度に、ソルは聞こえなかったフリをするか、一瞬迷う。


「マジか……お前それ、御師匠様の繋がりしかねぇぞ。」

「別に困っては無いし。」

「……シラ姉が、フッと消えそうって、言ってた。」

「俺は幽霊か何かか?」


 流石に消えるのは無理……でも無い。「影潜り」を使えるほど、濃い影があれば。

 それはともかく、話しても面白くない内容に、ソルが話を逸らす。


「そんで? 明後日だっけか? 建国祭とやらは。」

「明々後日だ。色々あるぞ、兵団の演習とか、魔術師の研究発表とか。」

「僕は、西の技巧展覧とか好きですよ。毎年面白いものが、会場に並べられて。」

「面白いかぁ……?」


 好みが別れるらしい。とはいえ、ソルも機構的な物はいまいち分からない。その辺りは顔を出すとしても、短い時間だろう。


「……贈り物、するって聞いた。」

「あぁ、それは知ってる。じいちゃんが言ってたから。」

「御師匠様からか?」

「国が、皆と共に生きる為の物だから、それに肖って縁を続けたい人に贈るとか……弟子が全員贈ってくるもんだから、返すのが大変だってさ。」


 ソルがカークに返せば、彼は渋い顔をした。


「愚痴かよ……贈んない方がいいかな?」

「それはそれで拗ねると思う。」

「どうしろと……」

「贈れば? どうせ準備してるだろうし。」


 ソルがどうでもいいと言うように、ベッドに寝転ぶ。そんなソルを、エアルが除き込んだ。


「ソルさんも何か準備を?」

「じいちゃんとシーナには一応。」

「俺はねぇのかよ!」

「来年も顔を合わせてたら、酒でもくれてやるよ。」


 今思えば、彼等ともそろそろ十ヶ月程の付き合いになる。結構、長く居座っていると、改めて感じた。


「拒ぜ……ミゼンはなんか用意したのか?」

「……誰に用意したらいいか、分からない。私が贈って、良いのかも。」

「じゃあ、私と交換しよう?」

「贈って愚痴るの、じいちゃん位だと思う。」


 流石に何十も越えれば分からないが。それでも、これからも一緒にいたいと思われれば、悪い気がする人は少ないだろう。少々無愛想だが、見てくれは可愛らしい少女なのだから。

 エアルとシラルーナが、当日に一緒に回ろうとミゼンを誘うのを聞きながら、ソルは眠気に負けて瞼が落ちていった。




 翌朝。熱っぽさも無くなり、ソルはベッドから起き上がる。窓を開けて外気を取り入れ、壁にかけたローブを羽織る。

 軽く散らかったままの部屋は、今は誰もおらず静かな物だ。さて、これからどうするか。と、考えながらソルはドアを開ける。


「おや? 来ていたんですね、ソルさん。おはようございます。」

「おはようございます、ミダロスさん。」


 数札の本を抱えて、ミダロスが礼をする。そんな時も背筋は伸びている。


「ちょうど良かった、実は聞きたいことがあったのです。」

「聞きたいことですか?」

「ここでは何ですから、私の部屋へ。」


 まだ日も昇った頃。朝食にも早いし、これといった用も無い。ソルは頷いてついていく。

 ミダロスの部屋は、マギアレクの部屋と程近い場所にある。内装も、既に当主と言われてもおかしくない作りであり、マギアレクの隠居願望が伺える。部屋に入り、すぐに振り返ったミダロスが、ソルが扉を閉めると同時に口を開く。


「さて、単刀直入に言いましょう。セメリアス家の、御抱え魔術師になって欲しい。」

「……今とは変わる、と?」

「えぇ、お祖父様や陛下ではなく、セメリアス家の、です。」

「お断りさせて頂きます。」

「そうですか。」


 即答するソルに、ミダロスは苦笑を浮かべる。駄目で元々、だったのだろう。


「じいちゃんが噛んでますか?」

「いえ、お祖父様は関係ありません。私の独断ですよ。まぁお祖父様も君を放さないようには、したいだろうけど。貴方が嫌うでしょう?」

「そうですね、一ヶ所に留まれる身の上でも無いですから。」

「残念ですよ。次期セメリアスとしても、一人の魔術師としても。」


 抱えていた本を棚に返し、ミダロスは微笑む。若干気まずいソルは、気を紛らわせる為に、『白ノ触媒~参編目~』と書かれた本の内容を考えており、見ていなかったが。


「さて、私は食事にしましょう。貴方はどうしますか?」

「今日は此方で頂きます。昨日、買い忘れたので。」

「そうですか。」


 二人、連れ立って食堂に入れば、まだ食事は無い。とはいえ、セメリアス邸は早くから動くこともあるので、直に朝食は運ばれてくるだろう。

 今思えば、雇用先を強引に用意した様に思える。城と三大侯爵の邸宅、それぞれに使用人が少し多い。それだけの資金を集めるのに、どれだけの仕事量があったのだろう。


「あれ? まだいたのか、ソル。すぐに帰ると思った。」

「今は小休止中なんだよ。すぐに出来る実験も無いし。」

「カーク、おはよう。いつも早いね。」

「おはようございます、ミダロスさん。あっ、俺は先に汗拭いて来ますね。」


 最近は、体も鍛えているらしいカークは、食堂を横切って向かいの廊下に出ていく。

 カークが帰って来たと言うことは、そろそろ朝食だろう。カークもエアルも、魔術師志願としてセメリアス邸で長い。食事時のタイミングならば、体に染み付いている。


「そういえば、貴方は東から来たんですよね。どんな所ですか、彼方は。」

「そうですね……ここと比べると、雨が少ないかもしれませんね。岩場とか、地面の見える範囲が広い。」

「ここは草原や、山が多いですからね……生態系も差がありそうだ。」


 好奇心に目を目を輝かせて、ミダロスは呟く。そんな子供らしい、少し意外な反応にソルは驚いた。

 しかし、彼の身ではそんな遠出は叶わない。いつか、隠居した頃になら、巡ることも出来るだろうか。

 既に一年近くここにいるが、思ったよりも彼等を知らない。とはいえ、ソルの目的はアラストールの消失だ。アレが再び活動を開始した今、とにかく追い付く。その為には、彼等を深く知る必要は今は無いだろう。


「料理が来たみたいだ。」


 決まった時間に、出される暖かい料理。清潔な屋敷に、数多くの書物。そして、豊かな人材。

 まだ足りないものは多けれど、テオリューシア王国は順調に大きくなっている。その中心は、王と三人の腹心。特に王の力は、虚無の悪魔の力は強い。

 そして、生まれる余力はより大きな成長を促すのだろう。しかし、その原動力は……


「……後、何年も無いかもな。」

「……そう、だね。必ず人の闇も、増えてくるから。」

「若いのが辛気くさいのぉ。欲とは向上心じゃぞ?」

「報復されない内はだろ? じいちゃん。」

「おはようございます、お祖父様。」


 後ろから唐突に現れたマギアレクは、口を挟みながら使用人が運んだ料理を見る。満足げに頷きながら席に付けば、その頃には他の人も入って来る。

 成人もしない弟子には、料理や生活設備は無償なのだ。シラルーナやミゼン等、孤児院にも行きにくい者は、生活もここでしている。


「私達も食べましょうか。」


 賑やかな食卓は、人の豊かさの証。奪わせたくない、その思いを、強く感じたソルだった。

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