第15話
「ソル! 今日こそ勝ってや」
「今日はパス……いや、マジで……」
「……なんで死にそうなんだよ、お前。」
一週間後、建国祭を三日後に控えた朝。セメリアス邸では、ソルがフラフラと入り口から入ってきた。
「いや、昨日油断した……こんなちっこい虫に、致死性の猛毒があるとか……」
ソルが示したのは、指先に乗っかる程度の、蜘蛛のような虫。角と羽を除けば、だが。これも魔獣の一種だろうか。
しかし、カークは示した虫には見向きもせずに、ソルを見る。
「致死性って、本当に死ぬ気か!?」
「処置はしたっつの……あぁ、怠い……」
魔獣の処理ついでに、触媒や薬の原料になる草木を採ろうと、山に入ったのが始まりだ。夢中でガサゴソやっていれば、気付けば倒れていた。
魔人の魔力は、肉体の修正にも使われる。すぐに毒を特定し、血と一緒に吸いだした。少し飲んだが、今さらである。発汗を促すなどの、簡易な解毒剤は飲んだが、治癒力と拮抗して昨日は寝込んだ。
「で、今も怠い。何もしないわけにもいかねぇし、腹は減るし……飯貰いにきた。あと、ちゃんと効く解毒剤とか。俺は治療魔術も薬とかもさっぱりだからな。」
「良く旅で生きてたな、お前……」
カークの呆れた顔は、すぐにニヤリと笑う。嫌な予感に頬をひきつらせるソルに、カークは窓を指差した。
「あの部屋で今、学習中だと思うんだよな~。」
「いや待て、じいちゃん所に行くから。絶対安静とか、お前も嫌だろ?」
「いやぁ、俺はお前に早く元気になって欲しいし? 御師匠様よりも、適任が居るよなぁ?」
「止めろマジで。この後も予定が……」
「遅~い!」
走り出したカークは、最早ソルには止められない。
「いや、予定……まぁ良いか……」
ソルの呟きは、誰にとも無く、溢れて消えた。
「それで、ここにベルゴさんが。」
「何で場所分かんだよ……」
「すっぽかされて、女の子に世話焼かれてる事への恨みかな? お兄さんは何でも知っているのだよ! 職業柄ね!」
「この前、無職って言ったのは取り消すから、声を小さくしてくれ……」
シラルーナに濡れた布を額に置かれ、ベッドで動かないように見張られたソルが呟く。ベルゴは声を小さくしながら、部屋を見回して尋ねる。
「見たこと無い物だ。あれとか、何に使うのん?」
「あれは、薬草を乾燥した後、潰す道具ですよ。手でやると疲れてしまいますから、ポイエンさんの道具に魔方陣を着けて……」
見慣れない円柱状の石に、シラルーナが魔力を流す。そうすれば、上下の石が回転した。その隙間から、潰された草が落ちる。
実験をしたいとなれば、とにかく物量がいる。その為、手を抜ける単純作業は、真っ先に自動化を目指すのだ。魔術師に体力を求めてはいけない。
「自動で動く、と。あぁ、接した面が波になってるのね。」
「そうですけど……見たことが?」
「いや? 円盤と船の薬研しか見たことないよ。これは、音がそんな音だったからさ。」
「す、凄いですね……」
事も無げに言って、ベルゴはソルに視線を戻した。
「それで、頼まれてた情報は今でも良いの?」
「別に構わないぞ?」
「えぇ……構うと思うけど。」
ベルゴに視線を向けられ、シラルーナは首を傾げる。意図は察しているが、その情報が気になったからだ。
しかし、ソルはベルゴに重ねて尋ねた。
「ここ最近の悪魔の被害なんて、調べれば誰でも分かるだろ?」
「えっ? ……あぁ、そうね。ん~とね、とりあえず南の方で少しあるね。聞いてみた所だと、後悔や殺意かなぁ。」
「うげ、嫌味な奴ら。」
「でも、すぐに兵団が動いたからね。今は収まってるよ。」
普通の兵団だけなら苦戦しそうだが、そこいらの悪魔に引けをとらない様な、化け物じみた人間も何人かはいる。むしろ無双する奴も居るだろう、ほとんどは契約者だが。
王の美麗な顔を思い浮かべながら、ソルは被害は少な目かと考えた。
「ふ~ん、他国と比べたら多いか?」
「ケントロン王国とは、当然比べるのもおこがましいね。マモンとかに襲われても、あれからは無し。一件たりともね。
アナトレー連合国まで行くと詳細は分かんないけど、表沙汰だけでも結構あるよ。契約者や狂信者は隠れて動くし。」
「獣人の国は、無事でしょうか。」
アナトレー連合国は、国も多いが繋がりが薄い三人だ。ソルはエーリシの街を思い出したが、ここからではどうしようも無い。
少し滞在したシラルーナは、獣人の国も気になる様だ。英雄ラダムと共に来た、不思議な力を使う半獣人の少女。やはり、ラダムは重要人物だったか、悪い扱いは受けなかった様だ。
「それがねぇ……一つデカイのが。」
「えっ……?」
「あぁ、今は収まったよ。向こうが去ったからだけど。どうも、街が一つ焼けたらしい。」
「焼けた……か。」
「あぁ、復讐劇だとか、ね?」
ウインクをするベルゴを無視し、ソルは黙りこんで思考する。
「いつだ?」
「二月前。復興も進んでるんでない?」
「次も無いといいですけど……」
暗い顔のシラルーナと、考え込むソル。ベルゴは少し思案して、部屋を出ていった。
十分程で戻って来るが、その人数が少し多い。
「……モナクスタロ、来てたの。」
「ソルさん、毒虫に刺されたって……大丈夫ですか?」
「だから、死にはしねぇって言ってんだろ?」
「死には、ね。大丈夫かは教えてくれないじゃん、兄さん。」
ぞろぞろと入ってきた人の後ろで、ベルゴが得意気に箱を抱えている。
「この子には嗅ぎ付けられたけど、お兄さんの気の効く差し入れだよん。」
「……私は、シラ姉みたいに鼻は良くない。」
「あ、比喩表現って知ってる?」
「あの、それ指摘されると、少し恥ずかしいんだけど……?」
「でも、事実。」
いつの間にか縮まった距離に、ソルは驚く。すぐに人と距離を縮めるのは、ソルには難しい。彼に傭兵や盗賊の知り合いが多いのは、距離感を失敗しても気にしない奴が多いからか?
「じゃんじゃかじゃーん! 仕入れて来ましたよ、トリプルストロベリーブランデーチョコケーキ!」
「「長い!!」」
「え~、そこ突っ込む?」
カークとソルが同時に叫び、ベルゴが落胆する。期待通りの反応は、シラルーナだけだった。
「これ、ケントロンのですよね? わぁ……!」
「早く分けて、欲しい。」
「えっと……トリプルストロベリー、何でしたっけ?」
まぁ、喜ばれてない訳では無い。そう強引に割りきったベルゴが、ケーキを六当分にした。差し入れではあるが、ちゃっかり自分も食べるようだ。
「いつのだよ……」
「傷んでないですよね……?」
「最速だった、とだけ言っておこう!」
ソルとエアルの心配を他所に、カークは最初の一口を口に入れた。見た目も警戒も無い、純粋な食欲である。
「……甘い。」
「兄さん、辛党だもんね……」
「いや、でも結構行けるぞ? 果物も多いし。」
「果物が豊富なのは、流石ケントロンって感じだね。」
「一介の店での値段では無いけどな。」
実際にケントロンで見たソルは、改めてベルゴの財産を不思議に思う。
とはいえ、それよりも口内に意識が向く。しっとりとした生地は甘く、苺の酸味とも良く合う。チョコの少し苦い甘さも、飽きさせないアクセントだ。
「めちゃくちゃな名前の割には、マトモだな。」
「う~ん、心残り解消中だぁ~……」
「おい、この兄ちゃん怖ぇんだけど……」
「変態なだけだ。ほっとけば直る。」
恍惚とするベルゴに、引いたカーク。ソルは軽くあしらいながら、口に焼き菓子を放り続けた。
「食欲はあんのかよ。」
「熱っぽいだけだし。」
「普通は減りませんか……? というか、僕も少し熱っぽく……」
エアルは手にしていたケーキを置いて、窓を開ける。冷たくなってきた風が外から流れ、秋の深まりを感じた。
「この果実、秋ごろに採れるのかな。」
「この辺では見ないけどな、春頃だったか……漬けてんじゃね? それよりもエアル、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。少しポカポカしただけですから。」
「酔ったのかもねぇ。そこそこ、お酒入ってるし。」
「子供に食わすなよ……」
ソルが呆れた顔をしながら、自分のケーキを見つめる。一切、酔いは来ない。強いのか、それとも体質か。毒を抵抗出来たなら、異物に対する抗体が働いたのか。
魔人の体については、ソルも良く分かっていない。無意識にミゼンに視線を向けた。隣で美味しそうにケーキを食べる、シラルーナも視界に入る……少し顔が赤い。
「……何?」
「いや、何でも。」
ミゼンも酔って無いようだ。とはいえ、二人では魔人の体質とも言い切れない。アスモデウスの資料でも欲しい所だ。自身の体は、知っておきたい。
「およ? ソル君、女の子に興味おあり?」
「いや、シーナがやられてるなぁ、と。」
「私れすか……?」
「若干呂律が怪しい!? これ、そんなに強いかな?」
犬って酒ダメだったかな? と少し失礼な考えをしながら、ソルは水でも無いかと探す。その時、いつの間にか居なかったエアルが、コップに水を入れて運んできた。
「皆さん、喉乾いてませんか?」
「おっ、ナイス少年。この子にお願~い。」
「えっ? ……シラルーナさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫えす……れも、お水はくらはい……」
サラッと、彼女の残りはベルゴが食べる。とっくに自分の分は無くなっているので、密かに狙っていたのかもしれない。
カークは平気な様で、食べ終えた後はのんびりと水を飲んでいた。食べ終えたのが、二人しか居ない。ソルは怪我人、エアルも途中で出ていたからか。女性陣は一口が小さい。
「そういえば、何の話してたんだ?」
「悪魔の話。」
「お前、そればっかだな……」
「お前も勝負だとか、一番弟子だとかばっかじゃん。」
「他にもあるっつー、のっ!」
「あっ。」
カークがソルのケーキに手を伸ばし、残っていた半分を平らげる。勝ち誇った顔のカークを、ソルは睨み付けた。
「……仲いいの? 悪いの?」
「兄さんは、最近は楽しんでるのも大きいと思います。友達少ないから……」
「ソルさんも、なんだかんだで相手にするんですよね。」
「子供しか、いない。」
早速言い争う二人を見て、四人はそれぞれに笑った。




