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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第2章 若き魔術師達の休息
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第14話

 拾の月。それは、このテオリューシア王国にとって、大きな意味を意味を持つ。そう、建国がなった月である。

 南からの進撃から、三ヶ月程がすぎた。原罪の魔獣を捌き、軍隊の再編、犠牲者の弔い、遺族への配慮。村の復興と、それぞれへの報酬、そしてこの時の為の準備。

 大忙しだった王都は、今ようやく人心地着いた所だ。それは、王も同じ。城の執務室で、エミオールはぐったりと机に伏せた。


「お、終わったぁ……」

「陛下、今日から拾の月ですよ? 頑張って下さい。」

「ポイエン……君は容赦無いね?」

「エルガオン、と。今は公務の場ですよ?」


 書類の整理された机に、彼女は飲み物をおいた。それを一気に飲み干して、エミオールは一つ、大きく息を吐く。


「ちょっと、流石にはしたないわよ。」

「...えっ? いや、まだだってば。」

「唐突に悪魔と話さないでください。」


 どうやらティポタスが飽きたらしい。すぐに顕現すると、背筋を伸ばし、首を鳴らした……骨なしが、音をわざわざ作ったらしい。


『やぁはぁらぁ! 大変だぁ、コイツは。』

「あぁ、ティポタス。まだ残って……」

『休め休め、面倒だし。俺様も遊んでくるとするさぁ!』

「ちょっと、文字が見えないと……行っちゃった。」

「まぁ、休憩は大事ですよ。ちょうど良いですし、一息入れては如何しょうか?」


 そうしようか、と柔らかく微笑むエミオール。寒くなり始めたこの頃、魔獣の進行も少なく、王都は穏やかになっていた。




「アーツ、「牢獄」。」

「だぁっ! っぶねぇ!」

「ちっ、段々すばしっこくなるな、お前。」


 捕まえ損ねたカークに、ソルは鉄の剣を何本も飛ばす。全て炎の剣で防いだカークが、足下に延びていた結晶を跳んで回避する。


「よっしゃ、貰った!」


 そのまま距離を詰めたカークの剣が、ソルの結晶の剣と打ち合う。普通に熱いので、ソルは強めの耐熱を自身に付与する。

 お陰で後から飛んできた小さな火弾は、軽く弾けて消えるだけだった。


「終わりか?」

「ざけんなよ!」


 押し込んで打ち払った剣で、更にソルの腕を狙う。右手のグローブに、「アーツ」も「飛翔」も仕込んである。ソルの魔方陣から無力化を狙う。

 とはいえ、彼の右手はあまり見せられた物でも無い。地面に叩きつけた足から延ばしたアーツで、カークを殴りあげて丁重に断った。


「近づくと視野が狭まるよな、お前。」

「くっそ~、次こそは~。」

「次があるのか……」


 頭に衝撃が走り、目を回すカークの横で、ソルはため息を吐いた。漆の月で同い年になったカークは、余計ソルに突っかかるので、面倒に感じているのだ。

 足を放せば、アーツは勝手に霧散する。穴や焼け跡等、庭は少し酷い有り様だ。


「あ~あ……まぁ、整理してる訳でも無いけど。」

「ソルさん、兄さんが此方に……来てましたね。」

「持って帰ってくれ、俺は今から用事があるんだから。」

「用事ですか?」


 庭先から話しかけるエアルに、ソルは軽く頷いた。


「あと十日位だろ、建国祭。できてる頃合いだろうし、受け取ってくる。」

「何か頼んでたんですか?」

「まぁな。せっかくだし有効活用したくて……まぁ俺のでは無いけど。」


 端に放り出した荷物を取り、ソルはエアルに近づく。カークも流石に続ける気は無く、エアルの元に歩いた。


「そういえば、アイツは?」

「アイツって……あぁ、ミゼンさんですか? 今日も部屋で本を読んでると思いますよ、最近は英雄譚が気に入ったみたいで。」

「シラルーナが甘やかすからな……勉強するにも、先ずは好奇心を持って文字を読む練習とか。」

「じいちゃんなら、やらねぇ手段だよな。てか、文字に興味って何だよ。」

「な~。」


 こういう時は意見の合う二人だ。エアルは苦笑いを浮かべながら、ふと思い出したようにソルに尋ねた。


「そういえば、ソルさん。御師匠様が近々来れるかと。」

「うん? なんだろ。まぁ数日したら行くよ。」

「お、なら勝負」

「しねぇ。」

「あっ、逃げんな!」


 ソルが飛び去り、カークは悔しげに空を睨んだ。




 テオリューシアの西の地。海からの距離もあるものの、海水と海産資源をいち早く使用できるここでは、他では見ない様々な技術が集まっている。

 襲撃の多い南、東の山に自生しやすい触媒等、他の地が埋まっていたのもあるが。


「すいません、エルガオン侯爵はおいでですか?」

「あぁ、それなら昼まで王都に……飛来する結晶!?」

「いや、人間です。」

「あぁいや、貴方を結晶と言った訳では……とにかく、エルガオン侯爵から預り物です。「私が居なかったら渡して? 作ったのは貴方なんだし。」と……」


 真似をしたのか、若干高い声で鍛冶職人が言う。あまり似てないなぁ、等と考えながら、ソルは荷物を受け取った。


「耐久性もだけど、触れなければいけないし。大変でしたよ。型は作って貰いましたけど、そこに触媒を混ぜて合金を……結局、金属のメダルに鋳込んで、嵌める形になりました。」


 あまり真剣に聞いていないソルに、鍛冶職人は説明をバッサリ省く。


「扇か……」

「羽は無いですけど。どうですか?」


 翡翠色のシンプルな扇を、ソルは広げてみる。耐久性もありそうだし、光を流麗に反射する、滑らかな曲線は美しい。模様は無いが、表面の処理に凄まじい研鑽が見える一品だ。

 扇の要の部分が、少し彫られてメダルが嵌められている。利便性から、少し脆くなろうともこの位置に加工したようだ。


「えぇ、使えそうだし大満足ですよ。凄い綺麗だし。」

「結晶の魔術師にそう言って頂ければ、箔が付きますねぇ。」


 付くか? と疑問に思ったソルだが、それは指摘しない。自分の話が、どんな風に周囲に広まっているか、引きこもり気味なソルには分からないからだ。恐らく、マギアレク基準で魔術師の話が広がって居るのだろう。ティポタスの事案も放り込まれたか?

 そこまで考えて、新興国なら噂の人物か、と納得した。大型を単騎討伐出来るのは、ソルと二人の侯爵、王を覗けば数人だろうから。


「建国祭のプレゼントですか?」

「そうですよ。本や魔方陣だと、どうしても劣化して、半年も持たないですから。」

「う~ん、設計通り作りましたけど、代わりになるものですか? それ。」

「恐らく。」


 ソルとしても試したことは無い。とはいえ、理論的には上手くいく……筈である。少なくとも、使える人物に三人、心当たりはある。


「お弟子さんへ?」

「いえ? 俺は弟子は取りませんし。」

「あぁ、ならあの娘ですか。」

「誰を言ってるのか分かりませんけど、多分そうです。」


 家でも買うような代金を置いて、ソルは鍛冶屋を後にした。武器、防具、薬、農具。ありとあらゆるモノ作りが、ここに集まっている。それぞれ違う分野でも、相互に学ぶことも、道具を借りることもあるからだ。

 新人が選びやすい環境でもある。国に行き渡る資材等は、ほとんど全てがここで手に入るだろう。商人としては、利益を独占しづらく、しかし効率的に回れるのが利点だ。


「政治ってのは良く分かんないけど……ここが賑やかなのは、確かだよな。」


 建国祭の飾りなんかも、全てここで作られている。賑わうのも当たり前だった。とはいえ、当日が近づけば、その賑わいもそのまま王都に流れるが。

 解体されて競りに出されている魔獣を見ながら、ソルはついでに街をぶらつく。面白いものがあれば、手にとってみるか、位の感覚で。


「おっ?」

「あっ。えーと……クレフ、だっけか?」

「どんだけ印象が薄いんだよ、俺の名前は……」


 店頭で品を眺めていたクレフに、悪い悪い、と適当に流しながら近づいた。手元を見れば、眺めていたそれは服。


「変えるのか?」

「お前よぉ、そろそろ寒いっての。着の身着のままの流浪の身だぞ、こちとらよ。」

「今は暗部だろ。」

「その言い方だと物騒だな? 王様に城下を伝えてんだよ、バカ共と一緒にな。」


 あの後、無事だった者の中から、クレフにまだ着いていきたいと言う者。それらが集まり、自然体で情報を集めている。時には、秘密裏に牢屋に行方不明になってもらう。

 ただし売らない。それは王や高位の地位の者に、引き出されるのを待つだけだ。因みに毎月、給料は出るらしい。


「でもよ、それ着る気か……?」

「アホ、こりゃジジイやガキのだ。俺が入るかっての。」

「いや、腹だして着んのかと。」

「寒いっつったよな、俺はよ?」


 小さい服を幾つか手に取り、クレフは代金を置いて出る。ソルも後に続いたが、途中でクレフの置いた硬貨に少し重ねる。

 気づいたクレフが、ソルにその分の硬貨を渡した。腕に抱えた衣服は、間に隠れるように何個かあったのだ。その代金である。


「わりぃな、つい癖でよ。」

「直せよな、それ。」


 幸い店にはバレなかった様だ。相手が相手なので、見逃したのかも知れないが。


「そーだ、あの白いのはどうなった?」

「意外に魔人とか、気にしないのな。」

「してもしょ~がねぇだろ、アイツは一時とはいえ一味だった、今も敵じゃねぇ、これで十分だ。第一な、お前に初めて聞いた時から、同情のが勝るわ、魔人なんてのは。」

「そんなもんか。まぁ、俺はここ二ヶ月は会ってねぇけど。」


 ソルが籠っていたから。実戦での使用感をふまえ、「闇の崩壊」に更なる改良を加える為だ。せめて体表から発動、かつ引っ付かなくても出来る様にしたい。

 最初の一月は、それこそ王への紹介や身柄の保証、薄すぎる常識等大変だったが。その殆どはシラルーナにカバーされたし、そこは女性同士の方が、とソルも言い訳している。


「で? 目論見通りってか?」

「まぁな。少し俺が自由になれば、遠出も問題ないだろ。」


 要は防衛力である。魔術師も可愛い(?)後輩の存在は、発破になるだろう。魔法は使わない様にしている為、彼女はそこそこ出来る程だった。

 あまり人懐こい性格でも無いが、追い上げてくる後輩ではある。シラルーナが付きっきりで教えているとはいえ、年端のいかぬ少女に負けるのは嫌だろうから。


「でもよ、今はお前位だったりして。」

「俺、魔術師としては九才から八年だぜ? 流石に負けてねぇよ。」

「くくっ! おめぇも案外負けず嫌いだな。」

「ほっとけ。」


 ソルがクレフを肘で突けば、クレフは軽くそれを避けた。


「あん? 待て、十七だったのか、お前。」

「年相応だろうが、別に低くねぇぞ。」

「いや、そうなんだが……来年には成人ってんだろ? いや、ケントロンとか北だと違うんだったか?」

「ここは十八歳らしいぞ。」

「へぇ。十八かぁ……」


 少し遠い目をするクレフに、何も聞かずにソルは隣を歩く。一つの節目、それを噛み締めるのは、少ない話ではない。

 西に留まらず、いま大陸中で、死に別れていく人々も多いだろう。せめて、自分の守りたいものまで落とさないように。テオリューシア王国は、今日もあり続ける。

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