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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第1章 テオリューシア王国の魔術師
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第12話

「『捕らえろ』、魔獣達よ。」


 上下左右に広がる、岩の塊。それを走る魔獣達が、ソルへと飛びかかる。倍はあるだろうその巨体で、躊躇無く宙にいるソルに飛びかかる。


「くそ、数が多すぎる。村にいんのも含めて、あと何頭いやがんだよ!」


 既に百程に数を落とした魔獣達だが、その殆どは岩で潰れたか、大型の下敷きだ。中型の魔獣は生命力が高く、中々に死にはしない。

 村も不安だが、準備が出来て連携も取れる方が有利だろう。おそらく問題ない。それよりも、今は目の前の悪魔を対処するべきだ、とソルは思考を切り替える。


「何が、あるか。知らないが、それを、出せ! モナク、スタロ!」

「滅茶苦茶言ってる自覚あるかよ、岩石頭が!」


 既におかしくなっているのは、他所からの力の影響だろうか。二つ以上の力を使うにも、悪魔は魔人とは違う。悪魔にとって、自我とは一つで無くてはならないからだ。魔人実験が停滞していたのも、この特性が大きい。人間の肉体は最悪、継ぎ接ぎでもいいのだから。故に、完成した魔人は別格なのだ。マモンも、魔力量や力が弱いのはそこにある。

 色欲の魔獣に押し付けられた冒涜は、既に暴走している。アスモデウスの命を一部だけ、ソルの何かを暴く事だけを、覚えているのだろう。


「くそ、色欲の魔獣に魔力を使いすぎた……もう少し残してても、殺せたんじゃないか?」


 戦陣にはまだ、多くの魔力は貯まっていない。それもそうだろう、回収して斑になった戦陣は、冒涜によって押し上げられた。場所がバラバラなので、ソルでさえ把握しきれていない。

 魔法とは意思の力だ。意識の外の戦陣は、その吸収さえ弱まる。元々、戦陣は一つしか展開しないのだ。複数を認識するのは、孤独の魔人であるソルには困難だった。


「ぐっ、生きしぶとい。流石に、名持ちが、片割れな、だけはある。」

「原罪の一部を貰った奴に、そんな事言われたかねぇな。【具現結晶(クリスタライズ)】!」


 ソルの【貫通】や【狙撃】が、冒涜に向けられては岩に防がれる。岩を貫いて止まったそれは、すぐに吸収を始める。

 冒涜にはそれを破壊も出来ず、ある程度貯まれば【精神の力】でソルが回収する。その繰り返しである。

 しかし、岩の質量に潰されれば、いくら【加護】や【武装】があっても一堪りもない。有利に見えて、機動力に頼った危うい均衡だ。


「俺は、まだ、動けるぞ! 【大地の軽蔑(エザフォス・エフラ)】!」


 再び大地震が起こり、上に生きるモノ等知ったことかとばかりに、大地が揺れ動く。

 崩れる岩、落ちる魔獣、その中でソルに飛ばされる岩石。上下からの襲撃に、ソルは自分を結晶で囲んで防御した。


「潰れろ、モナク、スタロ!」


 周囲の岩が、ソルに向けて迫る。このままでは、出るに出られなくなる。結晶を拡散させ、岩がソルを包む前に脱出した。当然、守りを失った。

 仕方なく上へ上へと避難する。岩の頂点まで下に見える位置にくれば、魔獣達がその爪を届かせようと、跳んでは落ちた。


「ったく、無茶苦茶始めやがった。早く戦陣の中に戻れれば……いや、こんだけ地形が変わると無理か。」


 もし、ソルが飛べなかったら、その時点で詰んでいた。場を支配するのは、勝ちを取る上で有効的な手段だ。悪魔にとっては、規模が違うが。

 地面を覆う戦陣を、展開する前に地形を変えられた。今さらすべての地面を覆う戦陣は、魔力の量的にも展開出来ないだろう。


「このまま居ても、村に魔獣が流れるだけか。大型は……なんとか止められてるな。あれから回収はしない方が良いな。」


 蛇と蠍の結晶は、既にそこそこなエネルギーを吸収している。回収出来れば良かったが、あれを取れば次第に大型は元気になる。

 ならば、強行突破してでも、戦陣の中に帰らねば。魔力を消耗したソルに、残されたアドバンテージはそれだ。固有魔法では勝っていた、後は持続させる魔力があれば押しきれる。


「取り敢えず突っ切る……のはキツいか。なら……あの辺りだな。「影潜り」。」


 飛び出した岩は、障害物であると共に死角でもある。当然、影も落としている。少しでも影から出れば解除されてしまうが、その中は気付かれない道になる。

 とはいえ、減った魔力を酷使したのも事実だ。痛む頭を押さえながら、戦陣の一つに降りた。幸い、そこそこの大きさだ。蓄えている魔力も、だ。


(あと一つでも側に……おっ、あった。じゃ、こっちは回収するか。)


 取り敢えず朦朧とした意識は明快になり、ソルはもう一つの戦陣に向かう。影から出た為、「影潜り」は消えたが問題ない。

 無論、すぐに気付いた魔獣が襲い、それによって冒涜にも気付かれる。しかし、その頃には既に戦陣の中だ。


「地面はやめだ、お前が来い!【具現結晶(クリスタライズ)】!」


 戦陣を広げ、まるで宙に浮く庭の様な場所へ。下に残る【狙撃】の結晶を使い、そこに冒涜を打ち上げる。下に戻ろうにも、結晶は壊せない。

 諦めて翼を広げ、せめて上を取る冒涜。僅かでも魔力を消費しないように、ソルは飛ばずに戦陣の中央で立つ。


「モナクスタロ、お前、戻るつもりは、無いのか?」

「唐突だな。生憎と、宮殿は盛者必衰の理に呑まれたんだよ。」

「アスモデウスと、お前。また一つ、悪魔の、謎に、迫れる。」

「意外だな、欲望以外に考えてんのか?」

「お前は、違ったのか?」

「端から違う、だ。一緒にすんな。」


 おそらく、今の冒涜が彼の本来の姿なのだろう。とはいえ、悪魔に肩入れする気など、ソルには更々無い。悪魔だけは、その根幹から疑えると、ソルは信じている。

 冒涜の誘いを一蹴し、ソルは戦陣から少しずつ回収していく。上から落ちてくる魔獣が、良い供給源になっている。中には生きている為、襲いかかる物もいるが。


「全方位【具現結晶・貫通クリスタライズ・ピアース】。」


 戦陣の中で、ソルの攻撃を避けるのは至難の技だ。無論、魔獣が喰らわぬ道理がない。

 戦陣の結晶を利用し、あっという間に展開される【具現結晶】は、戦陣の中を知覚するソルの意思を存分に受け、瞬時に敵を穿つ。


「モナク、スタロ。お前は、何を、求めて、いるんだ?」

「反撃だよ、死にたくは無いからな。支配なんざ御免なんでね!」


 魔力の消費を押さえるため、ソルは結晶の剣を握る。説得を諦めて、冒涜も上から岩の大斧を落とし、片手にしっかりと握る。


「手始めに、お前で試してやろうか?」

「叩き、潰す。それだけだ。」


 冒涜の斧が持ち上げられ、ソルに勢いよく振り下ろされる。大きな得物は手元が弱い。ソルは一気に肉薄して、冒涜を腰から肩へ切り上げる。

 高品質な触媒には遠く及ばないが、一太刀でもソルの剣は魔力を吸収する。続くもう一太刀は、冒涜の蹴りの方が早い。

 刺せればと思ったが、その時間は無いようだ。鎧の上からの蹴りは防御せず、ソルはそのまま切り下ろす。浅く入った剣は、再び魔力を奪う。


「もっとだ、もっと、見せろ、モナク、スタロ。【矢となる岩(ヴェロス・ペトラー)】。」

「ちっ、アスモデウスの覗きか。なら、早々に終わらせる。」


 僅かに冒涜の目が白く光ったのを、ソルは舌打ちしながら確認した。コートローブのポケットから、幾つかの結晶を放り出し、それと同時にソルも走り出す。

 放物線を描く結晶は、冒涜の大斧が薙ぐ。しかし、当たるその瞬間に、それは暴発する。唐突な衝撃と音、飛び散る破片に、冒涜は一瞬ソルを見失う。


「そこだ、【具現結晶・破(クリスタライズ・バー)

「【冒涜侵食(ズゥアヴィロスィ)】!」

(スト)】!?」


 ソルのブーツが黄色の斑点に侵され、底から崩れる。踏み込みを失ったソルは、その掌底を戦陣に打ち込む結果になった。

 衝撃が結晶化し、戦陣に突き立てられて振動を起こす。その中で、冒涜は重厚な斧を高く掲げた。


「潰れろ、モナク、スタロ!」

「断る! 【具現結晶(クリスタライズ)】!」


 冒涜の足下を大きく競りあげる。そのまま振り下ろされた斧は、ソルの頭上を通り、競りあげた結晶を叩いた。

 足場を叩いた冒涜は、その勢いで前へと転がる。すぐに回転し、後ろへと斧を薙ぎながら、ソルを視界に入れる。しかし、見えたのは紅く尾を引く双眸だった。


「はぁっ!」


 ソルの一撃は冒涜の胸、その中心に切っ先を刺す。()()から剣を放したソルが、柄に手を添えた。


「待っ!」

「【具現結晶・破裂クリスタライズ・バースト】!」


 放出された衝撃は、結晶化して剣を押し出す。深く貫いた剣の先が、冒涜の背中から突き出した。

 しかし、それでも冒涜は止まらない。斧を手放した冒涜は、至近距離にいるソルの髪を掴む。上に引き上げて見えた首を、反対の腕でがっしりと掴んだ。


「っか……!」

「敵対、するのなら、貴様は、危険すぎる。ここで、潰れろ、モナク、スタロ。」

「放……出っ!」


 戦陣が光り、二人の足下からエネルギーが吹き出す。熱と圧力の暴力は、悪魔にとっても驚異である。

 二人を呑み込んだ光線は、戦陣内を反射し、魔獣を撃ち抜いていく。とはいえ、エネルギーが少なく圧縮も不十分だった為、致命傷には至っていない。

 しかし、狙い撃ちした冒涜の腕は、形を崩すことに成功した。力が弱まった手から抜け出し、ソルは冒涜の腹を蹴って距離を取る。


「げほっ、えほっ……ふぅ。」


 呼吸を整えながら、ソルは戦陣から魔力を取り出す。冒涜は腕を形成しなおし、再びその手に斧を落として取る。刺さった剣は既に拡散して、辺りに散らばっている。

 一部を体内に残した冒涜だが、その違和感や痛みをねじ伏せ、大斧を勢いよく振った。


「思ったよりもタフだな、お前。」

「踏みにじり、侵略し、己の尊厳を、確立する。他者から、痛みなど、受けない。」

「強がりだな、【具現結晶(クリスタライズ)】。」


 二本目の剣を創り、ソルはそれを握る。加護があっても僅かに皮膚が焼けたが、それも魔人ならば、すぐに治る程度だ。

 何度か確認の素振りをした冒涜は、ソルに向けてその斧を振り落とす。頭上からの大質量の一撃を、ソルは剣を斜めに突き立て、僅かに横へと滑らせる。

 すぐそばの戦陣を叩く斧だが、戦陣の結晶は揺れすらしない。反動で少し浮く斧を横に蹴り飛ばし、ソルは冒涜の首筋に刃を滑らせる。


「ぐっ! 『襲え』!」

「無駄だ、【具現結晶(クリスタライズ)】!」


 深く切り裂かれた首をくっつける為、距離を取る冒涜が魔獣をけしかける。しかし、戦陣の結晶が競りだし、叩き、貫く。

 その場から動かず、僅かな時間で制圧したソルが、冒涜に剣を向けた。


「そろそろ、最後にし」

「アアァァ! 俺は、蔑まねば、ならない! 【罪の獣・岩アマルティノス・ペトラー】!!」


 突如、冒涜の体が膨れ上がる。そして……その姿は、巨体な虎となった。咆哮が響き渡り、辺りに戦慄が走る。


「なんだ、それ……」

『モナ、クス、タロォ!』


 冒涜の悪魔の、獰猛な爪が空気を裂いた。

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