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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第1章 テオリューシア王国の魔術師
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第10話

「【斧となる岩(ツェクリ・ペトラー)】!」

「【具現結晶(クリスタライズ)】。」


 ソルの【防壁】が、岩の塊である斧を防ぐ。乱雑なそれは鎚に近いかもしれない。更に畳み掛ける冒涜に、ソルは戦陣の一部を拡散させる。


「【岩の鎧(ペトラー・パノプリア)】。」

「隙あり! 【貫通(ピアース)】!」


 細かく造れない鎧は、大雑把に冒涜を覆う。その下から、鋭い大針が彼を貫いた。


「が、あぁ!」

「吸収。」


 しかし、ここまで来ると色欲の魔獣が動く。結晶は壊せないと悟ったのか、冒涜を上へと跳ね上げるのだ。空中で羽ばたき、姿勢を整えて冒涜は降り立つ。


「……やはり、敵わぬ、か。」

「狂信者とかなら、まだ逃げろとは言うけど。悪魔なら消しても良いよな、どうせそのうち蘇るし、悪魔だし。」

「せめて……()()()()を……探らねば。」


 冒涜は、結晶に包まれた大地からは、岩石を持ち出せない。魔力で作るその大質量は、彼の寿命を大きく縮めていた。


「【矢となる岩(ヴェロス・ペトラー)】……!」

「矢ってサイズでもねぇだろ、それは。」


 ソルは動くでもなく、目の前の戦陣を競りあげた。すでに戦陣内は、吸収によってエネルギーが溜まって来ている。こうなれば、ソルは並の悪魔には負けることはない。

 ここまで持ってくるのに少し時間を要するが、名前さえ無い悪魔では、ソルの結晶は砕けない。


「本体を……!」

「させねぇよ? 【具現結晶(クリスタライズ)】!」


 競りあげた結晶が霧散した瞬間、冒涜は突っ込んでくる。それに、ソルは【狙撃】を撃ち込んだ。


「くっ、せめて、地面が、あれば……」

「じゃあ俺以外と闘ってろ。【具現(クリスタ)

「【鎖となる水(アルスィダ・ネロ)】!」


 冒涜を引き上げるその鎖は、空を飛ぶ悪魔が握っていた。


「貴様はあっちで人間でも潰す方が、得意だと思うがね。」

「後悔か……お前も、戦闘が、あったな?」

「アスモデウスの命はあるが……あれは相手にしたくないな。」


 二人の悪魔が飛び去る。しかし、ソルがそれを許す訳もない。今目を離せば、不意討ちにあう可能性があるのだから。すぐに戦陣を回収し、【精神の力(プネマ・ズィナミ)】で追う。

 人の肉体を持つソルが飛ぶとは思ってなかったか、後悔は少し驚いた様で、飛行速度が弛んだ。色欲の魔獣の影響で、細かい制御は効かずソルは少しふらつく。そもそも魔法で飛行制御するには、人の心は複雑すぎる。


「うぉっとと……【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】!」

「狙いは甘い、逃げ切れるぞ。」

「後悔!」


 冒涜が声を上げれば、後悔は後ろを振り返った。ソルが、狙いをつけられないならと、数で勝負に出たのだ。数多の結晶が、此方を向いて創られていく。


「いや、位置がいいな。【後悔因縁(メタニティア)】、過去より襲え!」


 唐突にソルの手足が鎖に縛られる。それは、先程に冒涜を引き上げた鎖と、寸分たがわぬ軌道を描き、ソルを上に引き上げた。

 発動した状態で、不意に現れた魔法は、防ぐ術は無い。すぐに体制を立て直したソルだが、既に二人の悪魔は消えていた。


「ちっ、逃がした……っと、後ろはどうなった?」


 どうやら空の魔獣はまだ残っているらしい。中型ともなれば、矢が数本刺さった所で問題ない。襲撃にあい、当てるのも難しい中で、減らしただけでも大健闘ではある。

 大型の熊は、頭が叩き割られていた……どうやって跳んだのだろうか。その死骸は、比較的綺麗だったろうが、今は食い荒らされている。その食いに来た魔獣も、ハルバードに吹き飛ばされていたが。


「アルキゴス侯爵は無事っぽいな。村も……燃えたり壊れたりは無いか。となれば……」


 ソルが振り向くのは、色欲の魔獣。角を震わせて周囲を見下ろす、その巨体である。これが消えれば、統制を失った魔獣は殲滅が容易になる筈だ。

 互いに食い殺す事もあるだろう。結晶で弱った蛇や蠍も、殺すかもしれない。多少鈍かろうが、その質量は未だ脅威。楽できるに越したことは無い。


「無視か。なら、先制させて貰うかな。【戦陣(フィールド)】!」


 魔法を展開すれば、色欲の魔獣を中心に戦陣が広がる。結晶に包まれた色欲の魔獣は、驚いて跳び上がった。その高さは、自分の数倍。質量を考えれば、あり得ない跳躍だ。

 そして、その先が悪い。それは村に向かって、その蹄を下ろしていく。


「間に合うか!? 【捕らえる(ハイレイン)


 駄目かもしれない。そうソルが思った瞬間、村を光のヴェールが覆う。それは色欲の魔獣を軽々と支え、村への被害を止めた。


「ふぅ、助かった。さて、戻って貰うぜ、【精神の力(プネマ・ズィナミ)】!」


 結晶で殴るように、軍の後ろまで押し飛ばす。ほんの一瞬、絞りに絞った一点だが、その出力はとんでもなく、ソルの魔力をごっそりと持っていく。

 冒涜との戦いで、戦陣から回収していなければ不味かったかもしれない。


「拒絶には、後で礼をしないといけないな。しかし、あれだけ跳ぶなんて。次から気を付けねぇと、な!」


 戦陣の中に着地した色欲の魔獣が、滑って体勢を崩す。その隙を狙い、ソルは【貫通】を叩き込む。

 途中で止まったが、その大針は深く色欲の魔獣に刺さった。色欲の魔法は、ソルの孤独の特性とは相性が悪い。ただの馬鹿デカイ魔獣と大差なく感じる。


「ちょっとフラつくし、魔力を貰うぜ。吸収!」


 戦陣と、直接刺さった大針が、色欲の魔獣の魔力を強引に結晶に取り込む。とはいえ向こうも、ただではやられない。角が震えば、辺りの魔獣が潰れるのも構わずに、色欲の魔獣を持ち上げる。

 そうやって脱出した色欲の魔獣は、ソルの方へ向き直る。飛び回るソルに、その厚い頭蓋を叩きつけようと走る。常に震える角は、マナを乱してソルの飛行を不安定にする。


「これは避けきれないな。」


 結晶からエネルギーを回収して、少し頭がクリアになったソルは、打開策を考える。素材の回収、処理の速さ、確実性、安全性……考えるのはそれらだ。


「魔力量も考えたら、【具現結晶(クリスタライズ)】以外はキツいな……水で窒息できたら楽なのに。」


 あまり上に行って、村にでも行かれたら堪らない。避けながらなので速く、且つソルが無駄な魔力を使わないのは、力場と付与に【具現結晶】だけだ。

 何を仕出かすか分からない以上、追い込んで生かしているのは危険。相手が負けるかもと考えたら、既に殺しておかないと不味いだろう。


「閉じ込めたら駄目だよな。放出も一発かと言うと……やっぱり頭か。止めたいな。」


 あの厚い頭蓋は、山羊の攻撃手段でもある。積極的に近づけてくるが、とにかく動く。

 足止めが出来れば、眉間を打ち抜ける。とはいえ、した瞬間にどんな指令を下すか分からない。全力で『自害』等と命じられ、全滅したでは目も当てられない。


「【破裂】……試してみるか。魔力が足りれば良いけど。」


 とはいえ、即死の可能性は一番高そうだ。飛ぶだけの魔力と戦陣の維持は残して、ありったけを込めれば良い。

 生き残っても殺す。その準備はある。それで死なずとも、角が折れればこの魔獣は魔法を使わない。


「悪いな、色欲の魔獣。今の俺には、お前は脅威に足り得ない。精々、楽に死んでくれ。」


 空中で静止したソルは、自身の右腕に【加護】と【武装】を集中させる。高める魔力は、角を光らせ、右目から溢れる。

 直感で不味いと悟った魔獣も、その突進を止めない。その意思は、魔獣に堕ちた時点で闘争と蹂躙が優先される。


「【具現結晶(クリスタライズ)……極破裂(バースト)】!!!」


 一点に極まる衝撃の渦。

 それは魔力と暴力の統一された、たった独つの結晶。

 アーツを作る中で、魔法として発動中の【具現結晶】に、重複して付与を施す事を見いだした、ソルの奥義。

 掌から()()()、色欲の魔獣の中を()()()()を繰り返して巡る衝撃は、ソルの掌へ()()される。

 打ち込んだ場所へ、増幅されて還った衝撃は、ソルの掌から漏れ出すように花開いた。結晶の大輪を。

 相手の内側を、魔力を介して蹂躙する。その結末を、始点で一気に爆発させる。それが新しい【極破裂】だ。


「ヴァアアアァァァァ!!!」


 色欲の魔獣の断末魔が響き、同時に音にならない音が響く。最悪を想定したソルだが、色欲の魔獣は、そのまま息絶えた。


「……何だったか知らないけど、取り敢えずは大丈夫か?」


 死体は、頭の中身は衝撃と結晶で、ぐちゃぐちゃだろう。しかし、それ以外は綺麗な物で、良質な素材の山となるはず。被害を埋めるには十分だろう。

 統制を失った魔獣は、近くで動く生物に手当たり次第に襲いかかる。あぁなれば、慣れた魔獣狩りだ。デカイ規模だが、此方も大きな軍。どうとでもなる。


「結構消費したな……頭がガンガンしてきた。まぁ、せめて大型でも……っ!」


 戦陣から魔力を少し回収したソルが、再び飛ぼうとした時だった。地震。唐突な地面の崩壊は、魔獣と兵士を巻き込む。


「総員、退避! 全力で村へ!」


 ミゼンの【天衣無縫】の守る村は、崩壊の被害を受けていない。敵意の無い彼等は、拒まれる事もなく村に入れる。

 ストラティの号令で、兵士達は一斉に逃げる。しかし、喰い合うのを止めて、魔獣達がそれを追った。


「襲え、魔獣、達よ。」

「……冒涜! 戻って来やがったか!」

「否。呼ばれた、のだ。色欲の、魔獣に。選ばれた、私は、魔獣の統率者に。」

「色欲の力……最後に託しやがったな!」


 アスモデウスの特性は光。当然、色欲の魔獣も。光の本質は斥力と熱、そして譲渡。最後の断末魔は、冒涜を選び、託した魔法だったのだ。


「今の、私は、楽では無い。アスモデウスの、命により、貴様の謎を、解く!」

「知るか、何でも知ろうとすんな変態が。」


 冒涜が地面を足で叩けば、地面が競りあがる。このまま地面にいては潰される。そう判断したソルは、空へと舞い上がり、突き上げる岩を回避する。

 その間にも、魔獣達は統率を取り戻す。冒涜がいる限り、混乱と同時に襲撃されるだろう。それに、おそらくは地震も。


「やるしか無いって事か……!」

「理解が、早くて、助かる。見せて、貰うぞ、貴様の、付与を!」

「お前が見て分かんなら、俺も苦労は無いっての!」


 上へ岩石を飛ばす冒涜へ、ソルは反撃が出来ない。魔力不足とつきだし続ける地形が、それを許さないからだ。

 戦陣は今もエネルギーを蓄えている。しかし、それを回収しても、まだ微々たる物だろう。時間が立てば有利、しかし有利になるまで時間がかかる。それが、今のソルだ。

 魔獣達が【天衣無縫】に噛みつく中で、ソルと冒涜は再びぶつかり合った。

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