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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第1章 テオリューシア王国の魔術師
124/201

第9話

「【具現結晶(クリスタライズ)】! ったく、多いんだよ!」


 急な雨が視界を妨げる。それでも、羽ばたいて飛ぶわけでないソルは、いささかマシではある。静止できれば、音を確める事が出来るからだ。

 狙撃、防壁、武器。結晶は様々な形で、魔獣に襲いかかっては、注意を引く。


「っと、大型にかかったか……大丈夫そうだな。」


 振りかぶる爪を懐に潜り込んで避け、そのまま袈裟斬りにしたストラティ。周囲の魔獣も、シラルーナの魔術や兵士の剣が寄せ付けない。

 寄ってきても、熊型の攻撃で飛んでいく。他の大型、特に蛇は、雨も相まって低体温に陥っている。動きが鈍い。


「魔獣も漏れてないな。村も……平気か? 静かすぎる気もするけど。」


 数十は落ちて、残り百を切っただろう空の魔獣。ソルは定期的に色欲の魔獣を邪魔しながら、少しずつ減らしていく。武装も加護もしているため、怪我は無い。

 色欲の魔獣は、鬱陶しいのか、角を震わせるのも止めて、ソルを睨む。その頃にはソルは高くにおさらばだ。


「これはまだ動かねぇのか……? いや、何か既にしてる?」


 とはいえ、それを観察する余裕がソルには無い。何をしていても止められないのだ。

 ケントロンの時と違い、常に引き付けておかないといけない。休憩も取れず、離れた奴を優先するため、トドメともいかない。


「せめて【戦陣(フィールド)】が展開出来たらな……って、そんな暇無いか!」


 離れていく翼に向けて、結晶を放つ。しかし、その結晶は突如として黄色の斑点に覆われた。

 全く意識していなかった為、結晶は魔力抵抗を持っていない。そのまま保つ事無く、砕けてしまう。色欲の魔獣を見るが、その意識は今はソルから離れている筈だ。


「バレて、いたか。よもや、魔獣と、間違ったとは、言わんよな?」

「悪魔だったか。せめて翼の色が違えば良いのにな!」


 飛べる相手は全て受け持つ手筈だ。それが魔獣でも悪魔でも、ソルには関係ない。原罪や名持ちともなれば、話は別だが。

 多数飛ばす結晶は、今度は斑に冒される事なく着弾した。そこから拡散させ、ついでに周囲の魔獣も挑発しておく。


「やはり、格が違うか……魔法の、ぶつけ合いは、不利だな。」

「アルスィアには斬られたけど、お前の魔法は大丈夫みたいだな。魔界に帰れよ。」

「冗談を、言うな。目的を、達せずに、退くなど、愚行。」

「死んでから散々言ってろ。」


 ソルが【具現結晶】を展開する。しかし、宙に浮いたその結晶に、魔獣達が襲いかかる。

 そして意識の混濁。一瞬だったが、それは確かに感じた。ソルが【牢獄】で自らを覆った直後、魔獣達が一斉に突っ込む。


「くそっ、山羊め。今さらでしゃばんなっての!」

「【冒涜侵食(ズィアヴィロスィ)】、蝕め。」


 ソルのグローブが黄色の斑点に覆われ、仕込まれた魔方陣が光を失う。

 魔術が切れて、ソルは【牢獄】の中で落ちる。再び魔術を展開しようとしたが、強い衝撃が襲い、地面に叩きつけられた。【牢獄】は砕け、ソルは地面を転がった。


「……魔方陣が、魔力を流さない、か。」

「魔法は、唱えさせん。魔術とやらも、使わせん。色欲の魔獣が、マナを揺さぶる。精密な、力場は、使わせない。」


 ソルとて、地面に激突はしたくない。飛ぶのは諦める。この状況でソルが飛ぶには、魔術ではなく魔法に頼るしかないからだ。制御が感覚的になる魔法は、空を飛ぶのはまだ難易度が高い。

 そして、魔力には限りもある。多少雑でも問題ない魔法を展開するしかない。


「魔力は使いまくるけど、仕方ない。【戦陣(フィールド)】、及び放出!」


 吸収のエネルギーは無い分、己の魔力で補う。かなり無茶だが、空の奴が残る方が問題だった。そう、狙いは魔獣だ。

 悪魔は絶対に対処せねば不味い。魔獣と鬼ごっこをする時間は、ほんの僅かでも勿体ない。だが、冒涜はそう受け取らなかったようだ。


「……これは、これは。魔力を、優先して、使うのは、魔獣にか? 魔獣以下、とでも? 冒涜である、俺が、冒涜される、とは。」

「テメーは純粋でも無ぇだろ、悪魔が。」

 

 残った空の魔獣は十程度だろうか。戦陣が吸収を開始し、ソルは悪魔に向き直る。

 派手に飛ばした幾条もの光線は、ストラティ達にも見えている筈だ。おそらく、ソルが本格的な交戦を始めた事は、伝わっている。残った魔獣くらいはどうにかするだろう。


「人間の、残した、資料は、読ませて、貰った。アスモデウスは、既に、理解している。魔方陣は、俺が、その特性を、踏みにじる。」

「はっ、好きにしろ。」


 ソルの右目から魔力が溢れ、双眸はより紅く染まる。


「俺は、最大の最小単位だ。俺の結晶は、決して崩れずお前を穿つ!」




 雨はより強さを増して、既に痛いくらいだ。日の光は落ち着き、紅く染まった眼には、僅かな痛みもない。

 そこは、家屋の中だった。走馬灯、というのか、その壁は覚えがある。


「……あの子の、家。」


 ミゼンには、それを自分の家とは言えなかった。彼女に残っているのは、壁の染みと床の固さ、手放した親の存在だけだ。

 裕福では無かった、それも覚えている。拒絶の悪魔の記憶が、魔界を逃げていた記憶しか無いからか、ここの事は他と混ざる事もなくすんなりと思い出せた。


 唐突に場面に水が入り込む。伸びる手、冷たい首筋。その中で、悪魔の声が聞こえた。

『これで契約完遂だ。貴様の望みは果たされた。』

 そして、女性の声。必死だ、しかし、何と言っているのか、分からない。そして、溺れて意識は遠退き……



「……っ! 【矢となる光(ヴェロス・フォス)】!」

「むっ!? 毒が回りきっていなかったか。」


 矢を避けた後悔の腕が離れ、水に覆われた口と鼻は自由になる。湿気を含んだ空気が肺を満たし、目の前が鮮明になる。少し、頭がチカチカした。

 後悔は右腕を戻すと、すぐに足下に叩きつける。弾かれた水が飛沫となって、ミゼンに飛ぶ。その途中で、全てが鋭く変化する。


「【矢となる水(ヴェロス・ネロ)】!」

「【天衣無縫(インヴァリアル)】!」


 光の布が全てを拒む。形を保たずに散った水が、辺りの水溜まりに合流する。


「【鎖となる水(アルスィダ・ネロ)】。」

「っ!?」

「やれやれ、注意力が散漫だな。辺りの水は、一度触れれば私の手足と同然なのだよ。知っているだろう?」

「っ、放して。」

「断る。君が死ねば、私の契約も捗るだろう。標的を決めていないから、手当たり次第に後悔させるしか無いが。」


 その結果が子供らしい。もし見ておけば、という親の後悔を誘うのか。兵士も後悔する者がいるかもしれない。それを起点に契約し、更なる後悔を誘おうと言うのだろう。


「さて、この魔法はいつ解くのかね? 邪魔な布だ、結果が変わるわけでも無いのに。」


 ミゼンは、【天球】で水ごと自分を囲んでいる。明らかな敵意をもつ後悔は、外から中へ踏み込めない。中の水も維持はできるが、これ以上の変化は望めない。


「……ふむ、確かアスモデウスの資料に、君は不安定な精神状態で錯乱は容易、とあったか。少し、昔話でもしてやろうか?」

「私は、不完全じゃない。」

「表情も態度も、面白味が無いともあったな。自分でも気づかんのかね?」


 鼻で嗤った後悔は、そのまま後ろを向いて、語りだした。その腕は子供の遺体を弄ぶ。同情、恐怖、そういった感情が、既にミゼンを乱しはじめた。


「九年前……マモンが消えて二年程の事か? その頃の話だ。」

「九年……前……?」

「良い反応だな、試験体。貴様の片割れが、憐れにも誕生してしまい、五年も生きてしまった頃だ。」


 これから話す内容に合わせて、後悔はさも残念そうに言う。しかし、悪魔からすれば誠に良い試験体を得たのだから、彼女の誕生は振り返れば朗報だ。


「覚えているか? 朽ち果てそうな一軒家に、投げられた石によって空いた穴。直す為には、染みだらけの板切れを、拾って張り付けた。

 同情、迫害。どちらにせよ、寄せられた感情は、責め苦でしか無かったろうな? 僻地にいた白い忌み子は、悪魔を呼ぶ事を極度に恐れられていた。」

「……だから、捨てられた。」

「そうだ、あの女は我が子を、悪魔に売ったのだ。己の涙と引き換えにな。」


 心底楽しそうに、後悔は嗤う。あの件で得た、ミゼンという手土産。それで彼はアスモデウスに使えると評価され、今も優先して情報を貰える。狂信者との接点も多い。


「あの後悔は、実に美味だった。乾燥する眼球、泣くことも出来ぬ懺悔!」

「……後悔? 懺、悔?」

「さぁ、思い出してきたか? 貴様は捨てられたのだ。要らぬ子供だと。しかし、私達が受け入れてやった。だから、私を拒むな。あの「疲れた、楽になりたい」等とぼやき、私と契約した者とは違う。私達はお前をただでは捨てない。お前が尽くす限り、手を取ってやろう。」


 後悔の声は、既にミゼンには半分も届かない。何かが、記憶と違った。自分には、アスモデウス以外に、必要としてくれた人はいない……筈だ。


「貴方は……何と、契約した、の?」

「ほぅ? 興味があるかね? 知りたいと言う思いは、拒まない証だ。これを、解け。」

「先に……答えて。」

「ふぅ、既に言ったのだがね。「もう疲れた、楽になりたい」、だ。たった、これだけだ。貴様を捨てる理由なぞ、それだけだ、それだけでしかない。」


 後悔は語り終えると、ゆっくりと【天衣無縫】に触れた。しかし、それは変わらずに後悔を拒む。だが、ゆらゆらと不安定に揺れた。


「解け、私はアスモデウス様の命もあるのだよ。」

「父、様の……あの子の、父様は?」

「片割れのほうかね? いたのなら、あの女はあそこまで、窶れていなかったろう。」

「……嫌だ。私は、戻りたく、ない。」


 ミゼンの後ろに、魔法陣が輝く。それは、幾条もの星を呼ぶ魔法。


「何? 君はなぜ、私を拒む?」

「貴方達を……信じられない。もう、傷付きたく、無い!【流星群ディアトン・アステラス】!」


 大地を抉る星の雨、とは言い難い、小さく少ない星々。しかし、その全てが正面から後悔を捉える。


「くっ、【水の武装(ネロ・パノプリア)】!」

「ああぁぁぁ!」


 足りないなら、魔力以外も払う。とにかく、この悪魔に近づいて欲しくなかった。

 ずっと、愛されたかった。それと同じくらいに怖かった。だから、傷付く前に拒んだ。

 今、あの唄で植え付けられた違和感に、気づけた。自分の本懐、望みは拒絶では無い。守護の為、恐怖を拒んだのだ。

 その時、ミゼンの中で何かが砕けた。封じられたバラバラの記憶が、靄から形を出すように、理解できた。自分は、確かに愛されていた。居場所があった。取り戻せないが、それでも求める物は分かった。


「私は、貴方達とは、違う。私には、私の意志がある! 一つの感情でしか解れない、貴方達とは違う!」

「何かが変わった……? 仕方あるまい、一度退くとしよう。」


 翼を開き、後悔は飛び立つ。暫く追いかけた【流星群】も、すぐに止まる。水の鎖から解放されたミゼンは、その場に倒れ込んだ。

 呼吸をする体力も危うい。意識は魔力と共に無くなって行く。


「わた、しは……まだ……」

「……さん! ……が…す!」


 声は、怒号ではない。力が抜けきり、ミゼンはそのまま目を閉じた。

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