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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第1章 テオリューシア王国の魔術師
123/201

第8話

 二日後、ストラティの軍は村に着いた。その頃には簡易とはいえ、前線に欲しい設備を揃えていた。そんな彼等を、ソルとシラルーナが険しい顔で迎える。


「やはり、来ていたか?」

「いや、まだだ。」

「でも、そろそろだと思います。今朝、気づいたら動物の気配が無くなってましたから。それに……少しゾワゾワします。」


 逃げた、と言うことだろう。驚異が近いという事だ。


「間に合いはしたが、下見や準備の時間は無いか……陣形を整える! 三部隊程、村の前に陣取れ!残りは行軍の疲れを少しでも癒せ、交代は伝令が走る!」

「何部隊いるんですか?」

「六に分けた。そのうち二部隊が弓兵、それぞれ二割が後方支援だ。」


 実際に戦闘が出来るのは、槍兵百六十人と弓兵が八十と言うことだ。常駐の兵が二十人居ると考えても、数百の魔獣と当たるにはかなり心細い。

 それに、テオリューシアの軍は、まだ個人の技術が目立つ。連携が要の平地での防衛戦より、討伐戦が向いている。必然、村への侵入に一段と神経をすり減らすだろう。


「まぁ、なんとかするしかないか。」

「すまないが、空と原罪は頼みたい。我等には奴らは無謀だ。」

「分かりました、出来るだけ引き付けてみます。」


 ソルが一人でやるにはハードだ。撃破までは見込めないだろう。シラルーナは後方に位置する、乱戦になれば武器も武術も無い彼女は、まず生き残れないからだ。


「条件は?」

「中型の群れ数百、大型三匹。色欲の魔獣と、その他は不明。」

「……防ぎきれるのか、それは。」

「村の人には、後ろへ退くこともあるのは、納得してもらっています。何段階かに分けて、殲滅すれば。」

「せめて東の常駐兵が間に合えばな……」


 そうすれば、総人数が増える。流石に同数の中型魔獣と、真っ向からはキツいものがある。数の利くらい、欲しいものだ。

 大型三匹、原罪の魔獣、不確定要素。空の魔獣も合わせて、ソルが一人で担うのは無理だ。どうしても漏れる。


「大型は此方で行くか。部隊の編成も変えねばな……」

「結晶を刺せば、数時間で派手には動かなくなる筈です。俺も回復出来るし……最初はそれを狙いたいです。」

「うむ、必要なら言ってくれ、援護しよう。」


 ソルの吸収は、多少放っておいても作動する。魔力を結晶化させる力が、辺りの魔力を統合するからだ。集中すればより早くはなるが、乱戦では無理だ。

 ストラティが地形を見て、すぐに人の配置を変えていく。ソルは出来るだけ、魔獣の種別を伝えていく。とはいえ、かなり遠くからなので、分かったのは飛ぶ、走る、這う位の差だが。


「……来ました!」

「聞こえたか。さて、行ってくる。」


 耳をすませていたシラルーナが、南を向きながら叫ぶ。ソルが飛び立ち、少しして皆に地響きが聞こえてきた。


「あ、悪夢か、これは……」


 それは誰の声だったか。僅かに見える輪郭が地平線を覆い、次第に大きくなる。その光景は、正に悪夢の様だった。その戦慄を破る様に、パリンと硬質な音が響く。それは次第に広がり、上からだと気づいた者が見上げれば、その頃には空を覆っていた。


「まずは挨拶だ、精々気張って受け止めろ! 【具現結晶(クリスタライズ)】!」


 百に迫る数の結晶は、足の早い前列の魔獣に一直線に飛ぶ。予期せぬ反撃に、魔獣達はそれに正面から突っ込んだ。色欲の魔獣が回避の意思を伝える間も無かった。

 即座に、今度は四つ、大きめのしっかりとした結晶が飛ぶ。それは大型の二匹に突き刺さった、色欲の魔獣は、角を震わせ、残る一匹が二つを弾く。

 刺さったのは蠍と蛇、打ち払ったのが熊だ。その全てが、成人男性の十倍を優に越えているのは簡単に分かる。しかし、色欲の魔獣の体高は更にその上だ。


「怯むな! 総員構え! 敵の先頭が来るぞ!」


 いつの間にか、塹壕さえ後ろに構えたストラティが、ハルバードを高く掲げる。その声に兵はすぐに答えた。テオリューシア王国が出来るまで、伊達に何年も西の地で生き抜いていない。

 シラルーナは、後ろから全員に魔術を施していく。紡ぐ風は、彼等の鎧となり、軽やかにその進撃を助けた。


「もう防衛戦じゃ無いよな、これ。まぁ殲滅した時、守れてれば良いか。」


 下を観察するソルが、そんな事を溢す。その間に、烏や蝿、蝙蝠といった魔獣が襲う。空を飛べば、地上より早いのは当たり前だ……蝙蝠は少し右往左往しているか。


「取り敢えず、だ。蝿は来んなよ、頼むから。」


 結晶を飛ばして挑発と牽制を同時にしながら、ソルは村から離れるように飛ぶ。最悪、大型や原罪の魔獣が離れれば、ソルが戦線離脱する事は無い。

 いくら中型が群れても、孤独の魔人・モナクスタロには及ばないのだ。九番目の名を得た悪魔は、伊達では無い。その魔力量と制御は、かつては原罪に勝るとも劣らなかったのだから。


 離れていくソルを眺めながら、クレフはナイフを振るう。強力な触媒は、一太刀毎に効率的に魔力を除去する。それは魔獣の群れに、毒の様に広がる。


「うおっ!? この辺りは少し密集し始めてんな……逃げるが勝ちってな!」


 回避が難しくなったのを目印に、クレフはすぐに移動する。粘らない、欲張らない。最小限でいい、それを積み重ねていく。

 少し早すぎる位の退きの手は、彼の生存の裏付けでしかない。事実、彼が生きてナイフを振る度、後ろの兵士が楽になるのだ。止めは任せて、ひたすらに小さな傷を重ねていく。


「はぁっ! 親分にゃぴったりの武器だよな、ありゃ。しかし、あれを見たら、製造元はここだな、こりゃ。」


 エクシノのしなる弓が魔獣を射るが、それは痛手にはならない。三メートルを越える巨体、矢では怯みもしないのだ……一本では。別に彼は一人でもない。

 すぐに何本も刺さり、直に倒れる。中には、毒矢を持つ者もいる様で、受けた魔獣が少しして苦しげに息をする。

 しかし、エクシノが見るのはその先だ。身の丈を越える程のハルバードを、その重量に任せて薙ぐストラティだ。

 武器を持つ相手が少ないテオリューシアの地、鎌は最小限だが、その斧刃と穂先はかなり大きい。隙を見せれば、眉間を一突き、でなければ強引に斧で薙ぐ。


「ふっ! ……そろそろ大型を仕留めたいが。同時に二頭以上は厳しい、分断をしなければ。」


 貫いた犬型の魔獣を、ハルバードを振り回して武器から外す。大概は一太刀で終わるその一撃だが、時折に耐える魔獣がいる。しかし、それは一瞬呆けるのだ。

 このハルバードも、悪魔切りの武器なのである。高品質の触媒を惜しげもなくつぎ込んだ、至高の一振り。先端の斧刃と穂先、全てに触媒を混ぜた合金は、それだけで豪邸が立つ代物だ。


「そろそろか。一部隊、交代しろ! 他の者は、魔獣を絶対に後ろに通すな!」

「「「はっ!」」」


 前に陣取る百四十人が、一人の声で動く。それは整った物では無いが、乱戦に近い前線にしては素早い動きだ。

 八十名の弓兵が、百名の歩兵が奮闘する。四十名は一度退き、代わりの四十名と交代する。行軍から時間を開けずに戦闘に入り、体力の消耗を懸念しての行動だ。


「援護します!」

「シラルーナ嬢、此方に援護を頼む! 熊を叩く!」


 結晶の刺さらなかった熊は、時間によって消耗を期待しにくいだろう。色欲の魔獣は、未だ奥で角を震わせるのみ。前線までは、その妖しい音色は届いていない。

 今のうちに、大型の一つでも落としておきたい。他からの分断、討伐。いずれも迫る魔獣を相手取る部下達には、協力を頼めないだろう。

 ならば、補助の効果が大きいが、防衛に加わりが薄いシラルーナが最適だと考えた。弓兵を数人呼ぶよりは、遥かに良い筈だ。


「分かりました!」


 早速飛ぶ風の刃が、熊型の魔獣を引き付ける。矢とは違い、熟練すれば大きく曲げる事も可能な不可視の刃は、熊型の誘導に最適だ。

 風纏いをかけ直され、ストラティは更に加速する。ストラティの意思を汲み取る風は、手足を動かしたい場所へ、強烈に押し出してくれる。


「はぁっ!」


 辺りの魔獣を一回転、重い薙ぎ払いで吹き飛ばし、ストラティは場所を作る。目の前が開け、そこにいる敵意剥き出しの人間に、熊型は爪の伸びた両腕を翳した。




 外の怒号は、既に戦闘が始まった事を示唆する。その中で、ミゼンは一人、村の端で見守る。

 彼女は未だ、自分の行動を決めきれずにいた。魔界に戻りたいか、と聞かれても恐ろしいと答える。しかし、人の時分、母に捨てられた身では、優しく声をかけたのもまた、アスモデウスだけなのだ。

 たとえ恐れ痛みを与えた本人であろうと、恐怖の中の優しさは身に染みる。色欲の魔獣に向けて立ち向かうのは、躊躇いが勝っていた。


「ふぅ、人が居たか。まぁ小娘一人、かえって好都合だ、好都合でしかない。」

「っ!?」


 振り返ったミゼンの前に、前髪に隠れた暗い顔の人物が立っていた。その手には、涙に濡れた顔の子供が引きずられている……いや、子供だった物、が。


「一人で彷徨くとは、悪い子だ。後悔して朽ちるといい。」


 その人物が空いた腕を伸ばす。文字通り、暗い青の液体となって、その腕はミゼンに伸びた。


「【天衣無縫(インヴァリアル)】!」

「ふむ? なるほど。魔人……となれば被験体か。確か生き残ったのは拒絶だったかね?」


 引き戻した腕は、すぐに人のカタチに戻る。ふと、空が暗がり雨が降る。

 小雨、涙、暗い液体。親の探す声、周囲の怒号。それはミゼンの記憶、片割れの人間の過去を思い起こした。


「貴方……後悔の悪魔?」

「おや、人間の記憶かね? ともすれば……あぁ、あの愚かな母のか。あの契約は、私の中でも群を抜いて美味だった。」


 過去を思い起こす後悔は、引きずっていた子供を捨てて、我にかえった。ミゼンを睨めば、雨が強くなる。


「私も名持ちでは無いとは言え、貴様を殺すのに苦労はしないだろう。ここは湿度も高く、色欲の魔獣が我等の味方だ。しかし、油断するつもりは無い。」

「愚かな……母?」

「そこの記憶が砕けたか。未だに魔人とは精神的に不安定、故に魔法も弱い、だったか? 好都合だ、好都合でしかない。」


 足下に出来た水溜まり。それがうねり、数匹の紅い蛇となる。


「噛みつけ、【汚染された血(モリンシ・エマ)】。」

「拒んで、【天衣無縫(インヴァリアル)】。」

「過去から襲え、【後悔因縁(メタニティア)】。」


 足下から湧き出ていた深紅の蛇が、ミゼンの足を噛む。

 雨音、怒号、涙。子供を、呼ぶ声。

 薄れる意識は、何処かへと飛ぶように……雨は降り続いていた。

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