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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第1章 テオリューシア王国の魔術師
122/201

第7話

「ごめんなさい。」

「えぇ? あの、とりあえず頭を上げて下さい、ね?」


 翌朝、家に入るなりこれだ。村長は案内の後に離れてもらった。魔人の側に居ても、心臓の持つ話は聞けないからだ。

 拒絶の魔人は、二人を見るなり頭を下げた。唐突過ぎて謝罪の意味が分からない。現実逃避も兼ねて、比較的どうでもいい室内でも外套を被る意味を考えたくらいだ。


「ずっと、避けてた。拒絶してた。酷いこともした。でも、それは違ってて……だから、ごめんなさい。」

「待て待て、とりあえず話を聞かせろ。今は原罪の魔獣が先だ、そうだろ? 拒絶の魔人。」


 ソルが割って入れば、彼女は顔を歪ませた。


「拒絶、じゃない……ミゼン。」

「名前……? 人間のか?」

「片割れの名前は、記憶に無い。これは、私の名前。」

「魔人名っ、てか? ……まぁそっちも気になるが、頭下げまくって無いで話せ。」

「なんだよ、こりゃ?」


 遅れて入ってきたクレフにも頭を下げたミゼンに、ソルは話を促す。朝食を貰ってきたクレフが、五人分を机に並べる。

クレフの問いかけに、事が進まないイラつきを隠さずにソルが答える。


「知らねぇよ、こいつ口下手にも程がある。」

「……ごめんなさい。」

「いや、素直に受けとるのかよ……別に良いよ、俺も人の事は言えねぇし。」

「自覚してたのか、クソガキ。」

「蹴り飛ばすぞ?」

「ソルさん、それよりも色欲の魔獣の事を」

「若い嬢ちゃんが色欲とか言うのかよ。」

「っ~! 原罪の魔獣の事を聞きますよ!」


 シラルーナが、半ば怒鳴るようにクレフに言い返す。少し遊びすぎたな、とクレフが苦笑すると同時に奥の扉が開いた。ダルそうに入ってきたのはエクシノだ。


「親分、早くしねぇと来ちまうぞ? 魔獣共が目を覚ますのも、いつか分からねぇんだからよ。」

「つっても俺も良く見てねぇぞ? 数百はいたと思うが、山の木が邪魔でよ。」

「数百? 小型か?」

「区分なんざ知るか。人よりはでけぇな。何体か建物ぐらいのもいやがった。」

「それは……大丈夫でしょうか。」


 中型は群れに居ても、多くて数匹。それが今回は大半だという。普段なら共食いにでもなる、それが群れとして成立し、人間の生息域まで来ているという。それを実現するのが、色欲の魔獣の力である。あまり活動的では無いが、一度動けば被害は甚大。単体では他より弱くとも、原罪の魔獣の中でも一、二を争うバケモノだ。


「てゆーか、マジに居んのかよ。飛来する結晶さんよ。」

「何それ? 俺の事か?」

「東までケントロン王国から流れてきたぜ? 色んな噂がよ。」


 エクシノが口角を上げながら言えば、ソルは顔を歪めた。その横で、シラルーナはクレフに質問している。


「目を覚ますとは? 寝ていたんですか?」

「いや、唄が聞こえてから、皆眠っちまったんだよ。」

「唄……ですか?」

「「古の唄」……父様はそう、呼んでた。」

「でもよ、悪魔が言うってのは、古くて五十年か? いにしえ、ねぇ……大層なこった。」


 クレフが鼻で笑うが、ソルとシラルーナは現場を把握する仕事もある。いまいち要領を得ない説明に困惑した。


「あ~、つまり? 中型以上の大群に襲われて、唄が聞こえて、全員寝て? 起きたクレフが二人を引きずって逃げたと?」

「おい親分。俺の頭が泥だらけだったよな? 魔獣が暴れて被ったって言ったよな?」

「担いだんだよ! そこだけ訂正しといてくれ、この爺さんはうるせぇんだよ。」


 クレフが唸れば、エクシノが睨む。親分と子分とは言い難い。


「取り敢えず、防衛の設備でも整えるか。お前らはどうすんだ?」

「あぁ? あ~……どうすっかな。此処等で盗人やるにゃぁ、捕まりやすいよなぁ。」

「逃げたら死の大地、小さな国土、迅速な軍と増えるだろう魔術師。」

「やめろクソガキ、分かってんだよ。」


 ソルが懸念を羅列すれば、嫌な現実を突きつけられたクレフが睨む。

 ため息一つ、その後クレフはエクシノを見る。


「ここいらは過去の罪は無しだとよ。バカ共に職探しさせてやるか?」

「へっ、親分。そういうのは押し売りってんだよ。」


 二人が立ち上がって外に出る。ソルも、ウゼェやり取りだな、と呟きながらついて出た。

 残されたミゼンに、シラルーナが振り返る。


「体調は大丈夫ですか?」

「……ん。多分、平気。」

「よかった。それなら、気が向いたら、お手伝いしてくれますか? 思ったよりも大変になりそう。」

「……私が? 白い忌み子で魔人なのに。」

「私やソルさんもですよ。えっと、本当に気が向いたらで良いので。」


 シラルーナが出れば、二つの空の器と三つの朝食が湯気をたてている……誰がいつ食べたんだろう。

 一人の部屋で、ミゼンは考えた。拒絶を繰り返してきた自分が、拒まれない場所。もしかしたら、ここにもあるのかもしれない。それは魔界と違い、明るい場所に思えた。




 村の前に、土が積まれていく。掘った土を次々と積み上げては、水をかけて押し固める。塹壕だ。弓兵が隠れるに、十分な大きさと数を揃えていく。


「おーい、俺達にもやらせてくれねぇか?」

「ジジイにゃキツいな、こりゃ。」


 村の人達が黙々と動く中に、道具を借りてきた二人が入っていく。クレフもエクシノも、体力には自信がある。魔獣の蔓延る場所を、好んで拠点にしてきた過去のお陰だ。

 地図と一緒に、場所を指定していくのはシラルーナだ。マギアレクの元で、魔術以外の勉強もしてきた彼女は、西で生きる為に無茶苦茶をしてきた村人よりは兵法を知っている。


「こっちの深さ、こんなんでいいか。」

「やべ、崩した。ここ、もっと土くれ!」

「水が足りてねぇぞ! 注ぎに行ってくれ!」


 一つ二つと、段々と固められていく。熱して叩いた鉄のシャベルは、固い土に次々と刺され、掘り返す。

 夕刻には、百人ばかりの男達によって村南側に、いくつかの塹壕が出来ていた。


「くそっ、腹減ったぁ。」

「親分、朝飯食わねぇからだ。まぁ俺も減っちゃあ来たが。」

「そういや、食いそびれ……いつ食ったんだよ。」


 クレフが恨めしそうにエクシノを見る。彼はそれを無視して、黙々と手を動かし始めた。

 日が傾く中、南の空からソルが飛んできた。魔獣の情報について、改めて確認してきたのだ。


「よう、言った通りだったろ?」

「あぁ、三、四日したら来るかもな。はぁ、何匹かバレて追ってきやがって、疲れたのなんの……」

「自分で確認するって、聞かねぇからだぜ?」

「現状を確認してきたんだ。」


 本当に数百規模の中型の群れ。足の遅い種族もいるからか、進行はゆっくりだった。飛んでいる奴は、高空のソルに気づいて襲ってきたので、山の方に引っ張って処理した。

 遮光の付与をした「アーツ」の筒と、幾つものレンズの具現結晶で覗き込んでいたため、周囲の変化に気づくのが遅れた。おかげで何発か貰ったが、加護の上からでは支障は無い。どちらかと言えば、暗い望遠鏡から、外に視線を移した目の方が痛かった。

 少し死体が散乱したが、支配の弛い魔獣が、耐え兼ねて辺りの魔獣を喰っていたので、目立ちもしないだろう。到着までに少し減っているかも知れない。


「それで、何してんの?」

「流石に軍隊の人だけで止めるのは、被害も増えそうなので。少しでもマシになるかと。」

「あぁ、そういう。ん~……まぁまだ余裕はあるか。少し手伝うよ。」

「魔術ですぐに出来んなら、俺たちの努力よ……」


 クレフが嘆くが、ソルが手にしたのは魔方陣ではなくシャベルだ。


「俺の魔術だろうが魔法だろうが、同時に動かすのは八個が限度だぞ。まぁ、簡単な動作なら数百は出来るけど……砂粒数百、シャベルで動かした方が速いだろ。」

「はぁ? なんかこう、ドバッといかねぇの?」

「面積や体積レベルで力場とか、俺の魔力が即尽きるわ。土の特性は俺もシーナも無い。」

「マジか、魔術師も万能とはいかねぇか。楽にはいかねぇなぁ……」


 とはいえ、力場で補助を付与したソルは、大人顔負けの力持ちだ。続ければ魔力の消耗で、頭がボーとしてくるが。

 結局は夜まで続け、少しは様になった。後は明日だ。村の中でも、兵士の宿泊や休憩、炊き出しの準備も始まっている。物資も、ソルの持ってきた目録があるため、置場所を作る。


「このままなんも無きゃ、少し無茶すれば蹂躙できるんだがな……」

「なんか、あると思うのか?」

「アスモデウスの事だから、絶対嫌がらせみたいなモンをな……誰、いやナニが来ても驚くなよ?」

「オバケでも出るってか? おもしれぇ冗」

「出るぞ。知った顔がな。」


 笑い飛ばそうとしたクレフに、ソルは真顔で返した。実際にどうかは知らないが、死人が甦った様な事を、悪魔は出来る。

 例えば、マモンは魂を奪っているため、その人物そのものに化けることも出来る。もしかしたら、生き返らせる魔法だって、無いとも言い切れない。更に言えば、死体を操るくらいなら造作も無いだろう。


「動揺するなよ、思う壺だから。大概は幻影とか茶番劇だろうし。」

「……死なれるのは慣れはじめたがよ、還ってくるのは……初めてかもな。」

「ソイツを切る覚悟もしとけよ。アスモデウスなら、それで爆弾積んで特攻させるくらいならやりそうだ……ま、今回あるとも言いきらないけどさ。」

「ただただ趣味が悪ぃな、おい。」


 悪魔だからな、と言ってソルがシャベルを地面に突き立てる。土を金属が掻き分ける音が、嫌に冷たく響いた。




 進行は止まらない。魔獣達の共食いも。もし嗅覚と言う物を再現していたら、たとえ悪魔でもこの惨劇に餌付くだろう。それほどの、血の臭い。

 騒ぎ始めた周囲に、浸透するように共鳴するのは、色欲の魔獣の音色。角から放たれた音が、意識を揺さぶり魔獣が鎮まる。


「あぁ、下らない事を引き受けたな。まぁ、消されるよりはマシだが。」


 今や居ない暴食の代わりに、今の魔界は炎が恐れられている。アラストールが加減を図る様に、悪魔を焼くからだ。

 アスモデウスからすれば、どちらも良い商売だろう。恩を感じている(悪魔が感じるならだが)のか、アラストールはアスモデウスの使い走りには手を出さないからだ……極力、だが。出すときは出す。


「だが……こうでもしなければ、北には行けないからな。今のうちに楽しんでおくとしよう。」

「おい、後悔。少し、煩いと、思うぞ。」

「すまんな、冒涜。思い返すのが癖になっているのだ、独り言もな。」

「構わ、ない。しかし、魔獣を、刺激する。」


 二人の悪魔は、色欲の魔獣の上で瞼を閉じた。眠らぬ悪魔だが、休むときは目を閉じる。ただの人間の模倣行為、人の感情の名前を間借りした悪魔に、独自の生態など無い。

 ゆっくりと、しかし確実に近づく悪夢は、凄惨な景色を静かに広げながら進んだ。

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