第4話
「勝負だ、ソル!」
「嫌だ。で、こっちの触媒が抵抗になって、反対が強く引くから、この線に流れる。」
「は、はぁ……」
エアルを挟んだ対角にて、カークが歯軋りをする。エアルは明らかに集中出来ていないが、ソルはどちらかと言えば逃げる口実にしているので、そこは関係ない。
右へずれて、左へ歩き。書庫で無言の攻防が続く中、変化は扉が開く事だった。
「ソルさん、エアル君、御師匠様が帰って……何してるんです?」
「見ての通り、勉強だよ。」
「そう見えないから聞いたんですけど……」
ついに手四つで組み合う二人と、間で半べそのエアル。明らかに勉強では無かった。
「ソルさん、御師匠様が呼んでましたよ。」
「おう、今行く。っつー訳だ、離せ。」
「お前が離したら良いだろうが。」
「いやいや、お先にどうぞ?」
「あの、兄さんもソルさんも……何で僕を挟むの……?」
鬼気迫る二人に挟まれては、動くに動けない。シラルーナに視線で助けを求めたのは、必然的な行動だろう。
「もう、せーので離しましょう。せーの?」
「ほい。」
「でっ!?」
本当に離すと考えてなかったか、急に離したソルに対応出来ず、カークが前のめりにこける。ちなみにエアルは、ソルがさらりと避けていた。
一人でこけるカークに、ソルは鼻で笑う。なんと大人げない。
「素直に離さないからだぞ、カーク。」
「てんめぇ……!」
「ソルさん、カークさんで遊ばないであげてくださいね?」
「遊んでねぇよ、じいちゃんは自室?」
「はい、まだ居ると思いますよ。」
てめぇ覚えてやがれよ! と叫ぶカークを背に、ソルはマギアレクの部屋へ向かう。
今日は少し気になる事があった為、マギアレクに会いに来ていた。扉を叩けば、マギアレクが返答する。
「入るとええ。」
「おう。なんかあったのか? じいちゃん。」
「うむ……先に聞こうかの?」
マギアレクが椅子に座ったまま、ソルに示す。椅子は無いが、ソルなら【具現結晶】がある。
「あぁ……なぁ、じいちゃん。南からの襲撃、少なくないか? 大概この季節は来るだろ? こんだけ人も集まってりゃぁさ。」
「多いじゃろ、十分。」
「いや、すくねぇよ。山に沿って来たけど……寒くても結構あったぞ。」
マギアレクは、それならば何と考えた? と聞く。
「南にデカい奴の縄張りとかあんのかと。」
「むっ? そう来たか。まぁそれもあったのう。」
「過去形かよ……潰そうかと思ったのに。」
「ほぅ? この国の為かの?」
「自分の家の為。」
「十分じゃな。」
マギアレクは立ち上がり、ソルに手招く。近づいたソルの肩を掴むと、マギアレクはニヤリと笑った。
「ちと付き合えぃ。」
「はっ?」
窓が音を立てて開き、二人は外に叩き出される。風の轟音、流れる景色。
「はあぁぁ!?」
僅かに北。途中から自分の「飛翔」に切り替えたソルと、マギアレクが隣を飛ぶ。王都の北側、城をなんとか視認できる距離。
そういえば、何故か北にはあまり発展していない。北の山脈も麓が見えそうではあるが、まだまだ遠い。だが、その巨大さからすぐ近くに感じる。
「ここ?」
「そうじゃ。いやの、聞く前に見た方が……感じた方が早かろう?」
「感じるったって……あれ? ここ、マナが濃い?」
「魔界と同じくらいじゃろ?」
マギアレクが魔方陣をいくつも発動する。それは簡単に魔術を発動させていく。
「高濃度のマナ……でも、苦しくないな?」
「狭い範囲に純粋なマナが集まっとるんじゃよ。魔界の淀んだ物とは違う。ただのエネルギーが集まっとると、魔獣は警戒して寄ってきにくい。虚無の悪魔の気配もあるじゃろうしな。」
「……これ、王様が?」
「うむ、エネルギーの間欠泉じゃ。場所はちと選ぶが、王都を中心に、土地が肥えるように……と、いうよりエミィの事、きづいとったのか。」
「なんとなくはなぁ。こう、雰囲気が。」
明らかに人間離れした所業。その正体は分からないが、何かあるのは確かだと確信してはいた。ただ、マナが吹き出すとは思わなかったが。
とはいえ、契約した悪魔が悪魔だ。西で生き残る所か、人を集めて国を作ろうとする辺り、何かあるのは分かっていた。
「じいちゃんの要件ってそれ?」
「いや、これじゃ。お主はすぐに分かるじゃろ?」
「……っ! いや、小さいか。別個体?」
マギアレクの取り出したのは、真っ黒な角。形状、魔力、その全てがかつて対峙したバケモノ、角蛇と同じ物だ。
「西から流れてきおった。相手取るのは、少々骨が折れたわい。」
「どれくらいだった?」
「胴回りが、大人が腕を回せるくらいかのぅ。全長は六人分は越えとるな。」
「それぐらいか……なら、また来てもなんとかなるな。」
「なんとかしてくれるんじゃの。」
「俺、アイツ嫌いだし。」
嫉妬の悪魔・レヴィアタン。アスモデウスの少ない友人であり、海の覇者。それがすぐ傍。テオリューシア王国が、常に臨戦態勢なのはその所為だ。悪魔が居なくとも、西の地なら全員が臨戦態勢ではあるが。
「でも、逆にチャンスじゃない?」
「ぬ?」
「防衛線だとか言って、ケントロンから兵力ぶんどれるぞ。確か、俺の荷物に勲章とか入ってたし。通行許可証も。」
「許可証はあるわい、エルガオン商会はアナトレーまで行くんじゃぞ……しかし、勲章か。説得力は増すのう。」
防衛戦が出来て、実際に戦力が必要。勲章、魔獣の素材、この角。恐らく隻眼の黒狼ことラダムが、角については反応してくれるだろう。材料は十分ではある。
とはいえ、ケントロンも魔界進軍がある。おいそれと、出来立ての小さな国におなさけはくれないだろう。
「一応、勲章がある事は陛下に通しておくかの。選択が変わるやも知れん。」
「変わるって事は既に決定済みか。」
「うむ、刺激はしない方向でな。ほれ、魔術師のおる国じゃから。」
ケントロン王国は悪魔を過剰に拒否する事で、平穏を保ってきた。悪魔の秘術を真似る魔術師は、悪魔の契約者と変わらぬ様に写ることは実感している。
「まぁ何が言いたいか、と言えばのぅ。お主には再び南に行って貰いたいんじゃよ、儂の独断じゃがなぁ。」
「南? なんで。」
「すぐとは言わん。少なくとも拾の月にある建国祭までは、お主におってもらわんとな。何があるとも知れんからの。最悪、数年遅れる位でも構わんと思うとる。」
「魔獣か。拾の月なら沈静する……建国祭?」
「毎年あるんじゃよ。城の完成と、国になった日を祝う物じゃ。」
「拾の月だったんだな。」
ソルが王城を振り向きながら、マギアレクの話を聞く。年は越したが、大きな行事は他に無かった。それでも年に一度、ちゃんと息抜きはあるらしい。
楽しむ、人間の大きな原動力だ。国を発展させるにも、人が目標を持てるのは良い。それを抜きにしても、単純に大きな祭りは心踊る物がある。
「冬に出るのもきつかろう、早くとも来年の話じゃ。悪魔の動きを知りたいが、儂は遠征するには色々と抱えすぎてのぅ。安心して頼めるのもお主くらいじゃ。」
「俺も調査とか素人だけど……まぁ個人的にも気になるし。準備が出来たら行くよ。」
そう言ったソルは、王都を越して南を……魔界のナニカを見ている様だった。無論、見えるものも無い。しかし、それでも、マギアレクにはそう感じた。
「失礼します、御師匠様。」
「シラルーナか。どうしたかね、こんな夜更けに。」
マギアレクが扉を開ける。いつの間にか大きくなった弟子。段々と離れていく事に、頼もしさや誇らしさと共に、少し寂しさも感じる。自分の元で保護した、あの小さくか弱い幼子たちは、既に何処にも居ない様だ。
「その、ソルさんと何を話していたのかなぁ……と思ったので。聞いてもいいですか?」
「ソルに言わんならな……少し、縛らせて貰っただけの事じゃよ。」
「縛る……?」
首を傾げるシラルーナに微笑み、マギアレクは外を向く。暗い夜影の落ちた街は、今も人を受け止めている。許された居場所、それは得難く、そして去りやすい。
「帰ってくる目的、かのぅ。」
「何処かに行くんですか?」
「分からん。あやつは昔から、自身の過去について何も言わん。儂にも良く分からん。ただ……」
「ただ?」
「儂の最初の弟子じゃ。何処へ行こうと、戻って来て欲しい物じゃ。今度こそ、のぅ……」
マギアレクの話は、シラルーナには全て理解することは出来なかった。情報が足りないからだ。しかし、最後の一言は、深く賛同した。
ソルはきっと、一つのところに留まる運命には無いのだろう。しかし、彼の帰る場所で有りたいと、二人は願っていた。
少し時間を戻そう。それは半年近く前、年が明けてソルが十七になった頃まで。
「……はぁ、撒いたか?」
「親分、こっちゃ大丈夫でさ。」
「親分、コイツあんまし発育良くねぇよな。」
「……訂正しまっす、こいつの頭は大丈夫じゃねぇでさ。」
廃村の中、マシな家に潜んだ男達。彼等は外の天気をしきりに確認している。
「馬鹿なこと言ってねぇで、嬢ちゃんの手当てはしたのかよ。」
「直に覚めるってよ? 兄貴が。」
そんな二人の頭を叩きながら、奥から男が入ってきた。
「今夜が山って言ったんだ、アホ……親分、コイツは右目が反応ねぇぞ。外傷はねぇ、先天性か、伝染病か、或いは……」
「白い忌み子だから、だ。いいな。」
「あいよ、仰せのままに。」
親分と呼ばれた男……クレフは兄貴と呼ばれた男の言いたいことを察して、先んじて止めた。もし拾った子供が悪魔の契約者なら、殺さない自信はないからだ。
故郷は悪魔に滅ぼされ、妻も友ももう居ない。今の自分を動かすのは、死を恐れる心と悪魔への恨みだけだ。
「つーかよ、なんすかあれ! 雨がザーザーうざったい!」
「なんで追われてんだかなぁ。やっぱり、親分の顔がいかにもだからか?」
「それの何がやっぱりなんだ、何が!」
「痛たたたたたた!」
「バーカ……ん? 親分。」
外を見ていた男が、クレフを呼ぶ。示す外は、雨。
「来やがったか……!」
「いい加減、殿でも置きましょって。ちゃちな盗賊風情でも、なんとかなりまっすよ。」
「生き残った奴が、次は自分だって怯えんだろが。」
「自分が心残り作りたくないだけな癖に……」
「何か言ったか?」
「別に言ってねぇよ。」
その時、ガタリと音が響く。振り向く彼等に、少女は言った。
「貴方達を拒絶しない……逃げるなら手伝う、よ?」