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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第1章 テオリューシア王国の魔術師
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第4話

「勝負だ、ソル!」

「嫌だ。で、こっちの触媒が抵抗になって、反対が強く引くから、この線に流れる。」

「は、はぁ……」


 エアルを挟んだ対角にて、カークが歯軋りをする。エアルは明らかに集中出来ていないが、ソルはどちらかと言えば逃げる口実にしているので、そこは関係ない。

 右へずれて、左へ歩き。書庫で無言の攻防が続く中、変化は扉が開く事だった。


「ソルさん、エアル君、御師匠様が帰って……何してるんです?」

「見ての通り、勉強だよ。」

「そう見えないから聞いたんですけど……」


 ついに手四つで組み合う二人と、間で半べそのエアル。明らかに勉強では無かった。


「ソルさん、御師匠様が呼んでましたよ。」

「おう、今行く。っつー訳だ、離せ。」

「お前が離したら良いだろうが。」

「いやいや、お先にどうぞ?」

「あの、兄さんもソルさんも……何で僕を挟むの……?」


 鬼気迫る二人に挟まれては、動くに動けない。シラルーナに視線で助けを求めたのは、必然的な行動だろう。


「もう、せーので離しましょう。せーの?」

「ほい。」

「でっ!?」


 本当に離すと考えてなかったか、急に離したソルに対応出来ず、カークが前のめりにこける。ちなみにエアルは、ソルがさらりと避けていた。

 一人でこけるカークに、ソルは鼻で笑う。なんと大人げない。


「素直に離さないからだぞ、カーク。」

「てんめぇ……!」

「ソルさん、カークさんで遊ばないであげてくださいね?」

「遊んでねぇよ、じいちゃんは自室?」

「はい、まだ居ると思いますよ。」


 てめぇ覚えてやがれよ! と叫ぶカークを背に、ソルはマギアレクの部屋へ向かう。

 今日は少し気になる事があった為、マギアレクに会いに来ていた。扉を叩けば、マギアレクが返答する。


「入るとええ。」

「おう。なんかあったのか? じいちゃん。」

「うむ……先に聞こうかの?」


 マギアレクが椅子に座ったまま、ソルに示す。椅子は無いが、ソルなら【具現結晶】がある。


「あぁ……なぁ、じいちゃん。南からの襲撃、少なくないか? 大概この季節は来るだろ? こんだけ人も集まってりゃぁさ。」

「多いじゃろ、十分。」

「いや、すくねぇよ。山に沿って来たけど……寒くても結構あったぞ。」


 マギアレクは、それならば何と考えた? と聞く。


「南にデカい奴の縄張りとかあんのかと。」

「むっ? そう来たか。まぁそれもあったのう。」

「過去形かよ……潰そうかと思ったのに。」

「ほぅ? この国の為かの?」

「自分の家の為。」

「十分じゃな。」


 マギアレクは立ち上がり、ソルに手招く。近づいたソルの肩を掴むと、マギアレクはニヤリと笑った。


「ちと付き合えぃ。」

「はっ?」


 窓が音を立てて開き、二人は外に叩き出される。風の轟音、流れる景色。


「はあぁぁ!?」




 僅かに北。途中から自分の「飛翔」に切り替えたソルと、マギアレクが隣を飛ぶ。王都の北側、城をなんとか視認できる距離。

 そういえば、何故か北にはあまり発展していない。北の山脈も麓が見えそうではあるが、まだまだ遠い。だが、その巨大さからすぐ近くに感じる。


「ここ?」

「そうじゃ。いやの、聞く前に見た方が……感じた方が早かろう?」

「感じるったって……あれ? ここ、マナが濃い?」

「魔界と同じくらいじゃろ?」


 マギアレクが魔方陣をいくつも発動する。それは簡単に魔術を発動させていく。


「高濃度のマナ……でも、苦しくないな?」

「狭い範囲に純粋なマナが集まっとるんじゃよ。魔界の淀んだ物とは違う。ただのエネルギーが集まっとると、魔獣は警戒して寄ってきにくい。虚無の悪魔の気配もあるじゃろうしな。」

「……これ、王様が?」

「うむ、エネルギーの間欠泉じゃ。場所はちと選ぶが、王都を中心に、土地が肥えるように……と、いうよりエミィの事、きづいとったのか。」

「なんとなくはなぁ。こう、雰囲気が。」


 明らかに人間離れした所業。その正体は分からないが、何かあるのは確かだと確信してはいた。ただ、マナが吹き出すとは思わなかったが。

 とはいえ、契約した悪魔が悪魔だ。西で生き残る所か、人を集めて国を作ろうとする辺り、何かあるのは分かっていた。


「じいちゃんの要件ってそれ?」

「いや、これじゃ。お主はすぐに分かるじゃろ?」

「……っ! いや、小さいか。別個体?」


 マギアレクの取り出したのは、真っ黒な角。形状、魔力、その全てがかつて対峙したバケモノ、角蛇と同じ物だ。


「西から流れてきおった。相手取るのは、少々骨が折れたわい。」

「どれくらいだった?」

「胴回りが、大人が腕を回せるくらいかのぅ。全長は六人分は越えとるな。」

「それぐらいか……なら、また来てもなんとかなるな。」

「なんとかしてくれるんじゃの。」

「俺、アイツ嫌いだし。」


 嫉妬の悪魔・レヴィアタン。アスモデウスの少ない友人であり、海の覇者。それがすぐ傍。テオリューシア王国が、常に臨戦態勢なのはその所為だ。悪魔が居なくとも、西の地なら全員が臨戦態勢ではあるが。


「でも、逆にチャンスじゃない?」

「ぬ?」

「防衛線だとか言って、ケントロンから兵力ぶんどれるぞ。確か、俺の荷物に勲章とか入ってたし。通行許可証も。」

「許可証はあるわい、エルガオン商会はアナトレーまで行くんじゃぞ……しかし、勲章か。説得力は増すのう。」


 防衛戦が出来て、実際に戦力が必要。勲章、魔獣の素材、この角。恐らく隻眼の黒狼ことラダムが、角については反応してくれるだろう。材料は十分ではある。

 とはいえ、ケントロンも魔界進軍がある。おいそれと、出来立ての小さな国に()()()()はくれないだろう。


「一応、勲章がある事は陛下に通しておくかの。選択が変わるやも知れん。」

「変わるって事は既に決定済みか。」

「うむ、刺激はしない方向でな。ほれ、魔術師のおる国じゃから。」


 ケントロン王国は悪魔を過剰に拒否する事で、平穏を保ってきた。悪魔の秘術を真似る魔術師は、悪魔の契約者と変わらぬ様に写ることは実感している。


「まぁ何が言いたいか、と言えばのぅ。お主には再び南に行って貰いたいんじゃよ、儂の独断じゃがなぁ。」

「南? なんで。」

「すぐとは言わん。少なくとも拾の月にある建国祭までは、お主におってもらわんとな。何があるとも知れんからの。最悪、数年遅れる位でも構わんと思うとる。」

「魔獣か。拾の月なら沈静する……建国祭?」

「毎年あるんじゃよ。城の完成と、国になった日を祝う物じゃ。」

「拾の月だったんだな。」


 ソルが王城を振り向きながら、マギアレクの話を聞く。年は越したが、大きな行事は他に無かった。それでも年に一度、ちゃんと息抜きはあるらしい。

 楽しむ、人間の大きな原動力だ。国を発展させるにも、人が目標を持てるのは良い。それを抜きにしても、単純に大きな祭りは心踊る物がある。


「冬に出るのもきつかろう、早くとも来年の話じゃ。悪魔の動きを知りたいが、儂は遠征するには色々と抱えすぎてのぅ。安心して頼めるのもお主くらいじゃ。」

「俺も調査とか素人だけど……まぁ個人的にも気になるし。準備が出来たら行くよ。」


 そう言ったソルは、王都を越して南を……魔界のナニカを見ている様だった。無論、見えるものも無い。しかし、それでも、マギアレクにはそう感じた。




「失礼します、御師匠様。」

「シラルーナか。どうしたかね、こんな夜更けに。」


 マギアレクが扉を開ける。いつの間にか大きくなった弟子。段々と離れていく事に、頼もしさや誇らしさと共に、少し寂しさも感じる。自分の元で保護した、あの小さくか弱い幼子たちは、既に何処にも居ない様だ。


「その、ソルさんと何を話していたのかなぁ……と思ったので。聞いてもいいですか?」

「ソルに言わんならな……少し、縛らせて貰っただけの事じゃよ。」

「縛る……?」


 首を傾げるシラルーナに微笑み、マギアレクは外を向く。暗い夜影の落ちた街は、今も人を受け止めている。許された居場所、それは得難く、そして去りやすい。


「帰ってくる目的、かのぅ。」

「何処かに行くんですか?」

「分からん。あやつは昔から、自身の過去について何も言わん。儂にも良く分からん。ただ……」

「ただ?」

「儂の最初の弟子じゃ。何処へ行こうと、戻って来て欲しい物じゃ。今度こそ、のぅ……」


 マギアレクの話は、シラルーナには全て理解することは出来なかった。情報が足りないからだ。しかし、最後の一言は、深く賛同した。

 ソルはきっと、一つのところに留まる運命には無いのだろう。しかし、彼の帰る場所で有りたいと、二人は願っていた。




 少し時間を戻そう。それは半年近く前、年が明けてソルが十七になった頃まで。


「……はぁ、撒いたか?」

「親分、こっちゃ大丈夫でさ。」

「親分、コイツあんまし発育良くねぇよな。」

「……訂正しまっす、こいつの頭は大丈夫じゃねぇでさ。」


 廃村の中、マシな家に潜んだ男達。彼等は外の天気をしきりに確認している。


「馬鹿なこと言ってねぇで、嬢ちゃんの手当てはしたのかよ。」

「直に覚めるってよ? 兄貴が。」


 そんな二人の頭を叩きながら、奥から男が入ってきた。


「今夜が山って言ったんだ、アホ……親分、コイツは右目が反応ねぇぞ。外傷はねぇ、先天性か、伝染病か、或いは……」

「白い忌み子だから、だ。いいな。」

「あいよ、仰せのままに。」


 親分と呼ばれた男……クレフは兄貴と呼ばれた男の言いたいことを察して、先んじて止めた。もし拾った子供が悪魔の契約者なら、殺さない自信はないからだ。

 故郷は悪魔に滅ぼされ、妻も友ももう居ない。今の自分を動かすのは、死を恐れる心と悪魔への恨みだけだ。


「つーかよ、なんすかあれ! 雨がザーザーうざったい!」

「なんで追われてんだかなぁ。やっぱり、親分の顔がいかにもだからか?」

「それの何がやっぱりなんだ、何が!」

「痛たたたたたた!」

「バーカ……ん? 親分。」


 外を見ていた男が、クレフを呼ぶ。示す外は、雨。


「来やがったか……!」

「いい加減、殿でも置きましょって。ちゃちな盗賊風情でも、なんとかなりまっすよ。」

「生き残った奴が、次は自分だって怯えんだろが。」

「自分が心残り作りたくないだけな癖に……」

「何か言ったか?」

「別に言ってねぇよ。」


 その時、ガタリと音が響く。振り向く彼等に、少女は言った。


「貴方達を拒絶しない……逃げるなら手伝う、よ?」

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