第2話
「はぁっ!」
ソルの「飛翔」により、八の剣がマギアレクに迫る。それを見たマギアレクは、落ち着いてページをめくり、魔方陣に魔力を流す。
一秒もたたずに魔方陣は光り、魔術が発動する。
「甘いわ、「超下降気流」。」
「「凍結」!」
ソルと共に剣をはたき落とそうとする風の暴力に、ソルは気温を下げる付与で圧力を相殺した。
空にとどまるソルに、マギアレクは次々と火球を放つ。同じ魔術ならば、同時にいくらでも展開できる。魔力が持てば、だが。
「それで当たると思ってんのかよ!」
「相変わらず、すばしっこい奴じゃな。ほれ!」
火球がピタリと静止すると、同時にソルに向けて飛び出す。魔方陣の方向指定が、後付けだったのだ。動きを変える数十の火球。マギアレクはそれを全て御しきる。
とはいえ、ソルの「飛翔」は並大抵の練度ではない。息をするように自然に操作する事は、大前提だとして修練してきたのだ。減加速、ターン、方向、それらを次々と変化させて間を縫う。
「貰った!」
地面に落ちた剣と、創りだした剣。「飛翔」と腕で同時に振る。左右から挟まれたマギアレクは、咄嗟に待機させていた魔術を使用した。
せりあがる土の柱。それがマギアレクを上に運ぶ。続く風の魔術はソルの剣を八つとも遠くに弾き、創った結晶剣もはじいた。笑う彼は、新しい魔方陣のページを開き問う。
「続けるかの?」
「光の矢は流石に間に合わねぇかな。」
「なら儂の勝ちかのぉ?」
年甲斐もなくニヤニヤと喜ぶマギアレクに、ソルは下を指差した。
マギアレクの土の柱から、わずかに結晶の頭が出ている。確認するまでも無いが、それはソルの足元から伸びていた。
「最近は俺の方が、経験あるからな。」
「鈍ったかのう……じゃから集団の長なぞ嫌なんじゃ。」
別にこのまま続けても、互いに致命傷とは程遠いだろう。しかし、熱中して派手にやれば、森の中だった搭と違い被害がでる。
「お疲れ様でした。ソルさんもお師匠様も流石ですね。」
「ソルさん、最後の結晶はいつの間に仕掛けたのでしょう?」
「挟み打ちかけた時ですかね。」
「三方じゃったか。年寄り相手に念入りな事じゃな。」
ミダロスとシラルーナが飲み物を差し出し、二人は座りながら受け取った。
屋敷の裏でドンパチした割には静かだ。書庫に戻ったエアルを思い、少し迷惑だったかと考えた。
「やはり不思議な魔術だね、それは。」
「これですか?」
「うん。動き、出現場所、色彩から言っても魔力なのは違いないんだろう? 形を与えて……いや、繋ぎ合わせるの方が近いかな。」
「見てて分かるもんですか……」
「それ、ソルさんが言いますか?」
ミダロスは、おもむろに取り出した魔方陣に魔力を流す。それは淡い金色の結晶を一瞬創り、霧散した。
「私には、どうにも再現できなかったよ。形も定まらないし、延ばしていくことも。第一、消えてしまう。形成方法なのか、触媒や魔力の相性なのか……」
「いや、見ただけでそこまで行くのが凄いですよ。最初に見たのって三ヶ月前でしたっけ?」
「優秀な後継者がおると、楽でええぞ。」
「じいちゃん……」
「ありがとうございます、お祖父様。」
ソルは呆れたが、ミダロスは礼を言う。この辺りに、少し慣れきっていない感覚を感じた。
とはいえ、ソルがマギアレクと共に居たのは、幼い頃からだ。今年で十九であるミダロスとは、少し訳が違う。
「さて、そろそろかのぉ……」
「まだ聞いていないですけど、しょうがないですかね。」
二人が立ち上がって、ソルから距離をとる。シラルーナが本を捲りながらそれに続いた辺りで、顔をしかめてソルは辺りを探りだした。
途端、足下が赤く光る。瞬時に見えた限り、抑えてはいるものの出火。確実に火傷はするだろう。跳んで避ければ、案の定というべきか炎の柱が立ち上る。空に飛んだソルの目には、屋根の上で挑戦的に此方を睨むカークが見える。
「師匠相手に随分とやるな、おい。」
「よし、こうしよう。じいちゃんに勝ってから俺な?」
「ソル、面倒を師に押し付けるでない!」
「面倒じゃねぇだろ!?」
所構わずちょっかいをかけるのを、面倒と言わずに何と言うのか。少なくとも、ソルとマギアレクには面倒だ。
マギアレクからソルへ視線を戻したカークが、魔術を展開して揺れる炎の剣を握る。形成、圧力保持、熱、それと術者へは防熱の保護。見かけは単純だが、その実は高度な魔術だ。
「どうよ!」
「ん。」
結晶でより精巧な剣を、ソルはすぐに創った。魔法ではなく、ちゃんと自分用に作ったアーツの魔方陣で、だ。明らかな挑発である。
「大人気ないのぉ……」
「じいちゃんもやるだろ。」
「否定はせん。」
この場所、精神年齢が低すぎる。当然、カークがそれに乗らない訳もなく、すぐに斬りあいが始まる。
魔術師とは精神、イメージをどれだけ的確に早く、形に出来るかが鍵だ。魔術をなすほどの感情の制御など、できる人間の方が圧倒的に少ない程。大概は体力にまで気を配る余裕はない。それを考えれば、カークはかなり動ける魔術師だった。足運び、重心移動がこなれている。体力も持つ方だ。
「若さかのぉ……」
「カークも最近は、アルキゴス侯爵の訓練を覗きに行っているとか。向上心の逞しいことです。」
「怒られんのか、儂は追い出されたが。」
エミオールに合流した経緯を聞き、ストラティを散々弄ったマギアレクに、誰も返事を返さない。もし返すなら、当たり前だ、以外に無いのだから。
そんな外野を他所に、カークはどんどんと踏み込んで行く。
「これで、どうだ!」
「熱いっつ、の!」
先程落とした剣まで下がったソルが、それを蹴り上げた。カークが咄嗟に後ろへと跳べば、ソルはその間にカークを結晶に閉じ込めた。
「なんだよ、これ!」
「最近完成した魔術だよ。っつか、この剣で見たろ……?」
魔力の塊であるアーツの表面は、魔力が走る。足から地面をつたい、カークを囲む結晶の柱に繋がっていた。よって、霧散はしない。
とはいえ、その所為で動けない。ソルはマギアレクを見て……ミダロスを見た。マギアレクが手伝うわけ無いからだ。
「すいません、ミダロスさん。土とかで。」
「流石にカークも疲れたろう、大丈夫だと思うよ。」
「チックショー……次こそ、負かす……」
「息切れしとるじゃないか。まずは力み過ぎずに、集中出来る所からじゃのう。炎が乱れておった。」
「う、うす。」
ソルが、アーツから足を離す。霧散した結晶を眺めながら、カークが文句を言う。
「お前の特性、力場じゃなかったのかよ。」
「力場だよ、これは特性とか関係無いから。力場だと形成の動作が感覚近いから、慣れやすいけど……てか、しょっちゅう見てたろ。」
「こんなでかくねぇし。」
段々と剣呑な雰囲気で睨み合う二人に、マギアレクは冷水を被せた。頭を冷やせという意味だが、半分は嫌がらせだ。
「その辺りで止めぃ。儂の家が燃えたらどうする。」
「一番燃やしそうなのが何か言ってる……」
「ソル、聞こえとる。それより、これは広めて問題ないかの?」
アーツの魔方陣を一枚、マギアレクはヒラヒラと振る。目を輝かせるミダロスを見ないフリをしながらソルは懸念を返す。
「普通に道具とか買った方が、早いと思うけどな。」
「練習にええんじゃよ。それに、お主の事じゃから、利用法を考えとるじゃろ?」
「それはそのうちにな。」
ソルが言えば、マギアレクは頷く。おおよそ答えは知っていたのだろう。
そんな彼等の元に、木の上から一人が飛び降りる。
「【具現結晶……」
「わぁ! 待った待った! 殺意高すぎるよ!?」
「お前なら良いだろ。」
着地したのは、ベルゴである。侯爵家に侵入するとは、大それた真似をしている。
「お兄さんに甘えてるな?」
「あっ? 兄弟?」
「んな訳あるか。」
カークを射殺さんばかりの目で睨んだ後、ソルはベルゴに視線を戻す。ついでに足も出す。
さらりと避けたベルゴが、マギアレクに視線を向けた。その顔は真剣そのものである。
「セメリアス卿、彼を拝借しても?」
「ふむ……まぁ構わんよ。これは儂で紐解いておくとしよう。」
「ありがとうございます……という訳で、ソル君。デートと洒落こもう。」
「最後まで真面目なら少し尊敬してた。」
「しくった!」
のけぞるベルゴを、ソルは引きずって出ていった。明らかに緊急の用なのに、何故あんな態度なのかは不明だ。
「ソルさん、常に何かに巻き込まれてませんか?」
「そうなんですか?」
「色々あったみたいです、強欲の悪魔とか……」
「それは……やらかしてるね。」
「儂、聞いてないのぉ、それ。」
王都を出て、ここは西の村。そこまで行ってから、ようやくベルゴは口を開いた。
「実はさ、頼まれたんだよね、個人的に。」
「誰に?」
「俺がここまで面倒な事するってさ、もう分かんないかな?」
「何人か思い当たるんだよ。」
うそ、そんなにいるかな? とベルゴが首を捻る。しかし、すぐに向き直ると答えを口にした。
「ティポタスだよ、虚無の悪魔・ティポタス。」
「あぁ、ティポ……はぁ!?」
明らかなバケモノの名がサラリと出てくる辺り、ベルゴが頼まれた理由が本当に謎だ。とりあえずソルとしてはすぐにでも逃げたかった。
「待った、ソル君! ここで逃げられると、お兄さんピンチ!」
「ヤバい要件かよ!?」
「そうなんだけど違って! とにかく話だけでも、ね?」
とりあえずエミオールがソルの排除をしても、利益にならないだろう。おそらく安全だと考えて、ソルは行くことにした。その気なら、ソルなど簡単に捉える事が出来る筈だからだ。
虚無の悪魔・ティポタス。無貌のそれは、歴史を感じる布を長く羽織った人形に見える。透けるその像はさしずめ亡霊。契約者越しに山を消す悪魔。
「本当に大丈夫だろうな?」
「まぁ、とにかく西に行こう。捕まえたんだって言ってたからさ。」
「捕まえた?」
結晶に乗って飛ぶ二人。疑問を唱えたソルだが、すぐにそれを理解することになる。しばらく飛んで眼下に、いや目の前に見えたからだ。
「で、でけぇ……」
「アルキゴス卿の軍も、相手にするには半壊覚悟の大物だよ。陸地で、ね。勿論、常駐じゃなくて全勢力集めて。」
それは、巨大な蛇の様だった。しかし、鱗も背鰭も、陸では見ない形状。つまり、海の生物である。それが国の西端まで迫っていたのだ。
「気づいたティポタスが掴んでるよ。魔法って凄いねぇ。」
「掴んでるって……このサイズをかよ。」
『そのとおおぉぉぉりだよおおぉぉぉ! 俺様だぁぁあ!』
叫び声と共に瞬時に現れた無貌は、ニヤリとその輪郭が歪んだように見えた。