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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
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第百四話

 朝早く、まだ暗い廊下を一人の少年……いや青年が走る。赤いバンダナからは、僅かに結晶の角が覗く。新しく新調した、袖の長い薄紫のローブは、高価な物に見劣りしない。


「わっ!?」

「あっ、すいません!」


 こんな薄暗い朝靄のなかでも、仕事をする人はいるようだ。ぶつかりそうになったことを謝罪して、彼は走り続けた。そのまま窓から飛び出した青年を、昇った朝日が受け止める。急に訪れた眩しさに、目を細めながら彼は飛ぶ。


「あちゃ~、間に合うか?」


 少し離れた場所、柵で囲まれた花畑。そこに飛び込んだ青年に、同時に瓶が飛ぶ。掴んだそれに、咲いている花から蜜を取っていった。

 何個か取れた時、朝日を浴びた花は急速に萎んでいく。


「あっ……少し少ないなぁ。」

「およ? ソル君、おはよう。どったの?」

「んあっ? ベルゴか。おはよう。」

「あぁ、それの蜜か。少ないところを見るに、寝坊したな? ぷふー!」

「わざとらしくて、一周回ってうざい。」

「戻っても、うざいだよね、それ。」


 瓶の蓋を閉めて、ソルが立ち上がる。ソル達がこの国に来て半年が過ぎた。湿気の多く雨模様の続く季節がすぎ、今日は久しぶりに晴れそうである。これからは雨を待つ季節だ。


「お前がここまでくるなんて珍しいな。なんかあったか?」

「ほら、一応さ、俺って情報屋だしね。お仕事してたのですよ。」

「面白いことでも?」

「無いから話題になる事しない?」

「サボんな、あと俺はただの一般魔術師だ。」

「えぇ~?」


 ソルは王都の端に家を造った。一人でという訳では、勿論ないが。それでも、かなりの出力と精度の「飛翔」を使えるソルは、実際ほとんどの作業を肩代わり出来た。それでも最初の建材加工は、一切関われなかったが仕方ない。技術者が優れており、混ざればかえって邪魔になる。

 そんなこんな、今のソルは【具現結晶】の魔術化と、「闇の崩壊」の研究を続けている。合間に、テオリューシア王国の手伝いだ。そう、王国の、である。


「今の一般魔術師って、訓練生がほとんどでないか。出来たばかりとはいえさ、国から依頼が来てる時点で、ねぇ?」

「シーナもだろ。あとじいちゃん。」

「シラちゃんのはお手伝いだし。それに侯爵様と比べるのが、ねぇ?」

「あ~、うるさい。人を話題にしようとすんな!」


 ソルとしては煩わしいのは嫌いだ。精々十人が限度、それ以上は精神に来る。これも孤独だからなのか、元々が人見知りなのか。それは検証しようもないので放置だ。


「あっ、そだ。それとアルキゴス興が呼んでたよん?」

「そっちを先に言えよ……」

「てへっ♪」

「寝てろ。」


 いい年した男のする仕草ではない。結晶を顔に投げつけておいて、ソルは飛ぶ。王都に朝の光が段々と広がっていった。



「全体、構え!」

「はっ!」

「突撃! ……三人、次に混ざれ。構え!」


 隊列を乱さずに走る。戦場では思うより難しいもので、訓練だけでも完璧は求められる。飛び出たり遅れた兵は休むことなく、次の隊列に加わり走る。

 なん組かの部隊が、ひたすらに武器を構えて走る訓練場。そこが朝、訓練を始める前のストラティ・アルキゴス侯爵の居る場所である。


「……むっ? 来たか。総員、解散! 各自で組み手!」

「「「はっ!」」」


 空を見上げたストラティが、切り上げて室内に行く。正面の門まで移動すれば、ソルが着地して歩いてきた。


「アルキゴス興、おはようございます。今回は?」

「そう急くな、ソル殿……と言いたいが、少し急の依頼だな。貴殿なら朝食を作るよりは、手間でも無いだろうが。」


 ソルの料理の腕を知り、ストラティはそう言う。別に下手では無い、手際が悪いのと味気ないのを除けば。


「少し離れた場所に、大型の魔獣だ。ここより南の村、種は猿だな。」

「特異種ですか?」

「いや、だが群れだ。我々では村が壊滅した後になりそうなのでな、移動の早い貴殿に頼みたい。死骸の回収、及び後始末はやっておく。」

「分かりました。」


 飛んだソルの頭には、既に朝食は何にするか、という事が浮かんでいた。

 空から飛んで来て、辺りを結晶の大地へと変貌させる。圧倒的な強さと、透明な美しさを持つ彼の魔術師を、人々は「飛来する結晶」と呼んだ。






「ソルさん、おはようございます。」

「ん、おはよう。もう来てたのか。」


 ソルの家は、一つの建物の隣に造られている。植物や動物の素材を見渡せば、全て触媒であるその建物。元はこの国の侯爵の一人の家だった小屋である。

 そんな場所へ、朝から出ていたとベルゴから聞いたシラルーナが、簡単につまめる朝食を作って訪れていた。


「その蜜ですか?」

「あぁ、これなら、いい反応を示してくれると良いんだけどな。」


 描いてある下書きはかなり簡素なものだ。魔力が触媒の力だけでも巧く流れるように、かつ手軽に使える様に。ありとあらゆる機能を、削っては繋げ直した魔方陣だ。既に【具現結晶】の魔法陣とは大きく違っていた、しかし魔力に形を与えるという、基本は忠実に再現した。


「まぁ、とりあえずは試してみるしか無いだろ。この前は重さがなぁ……」

「軽すぎたんでしたっけ?」

「ゼロになった、んだと思う。浮いてく椅子とか、笑い話にもならないだろ。」


 せめて周囲と同じだな、と続けるソル。一部の書き直した跡がそれらしい。その為に触媒を変えたのだ。シラルーナも、今日は触媒液を取りに来ていた。そろそろ魔導書を書き直す頃だからだ。ページとして綴じる関係上、長く持つ触媒より強力かつ安定した物が求められる為、半年が限界なのは変わらない。


「魔獣、増えましたね。今朝もですか?」

「あぁ、南から。山脈の所為かな、獣人達が西まで勢力が伸びてないからな。魔界からフリーで上ってくるんだろ、厄介な事だ。」

「暑くなってきたからですかね?」

「そろそろ陸の月だしな、段々と海からも来てるらしい。アルキゴス興から聞いたか?」


 全部で十二の月のうち、既に半分が過ぎた。ソルも今年に入ってすぐに十七歳になっている。シラルーナも春には十五才になった。

 久しぶりに大勢に祝われたのを、かなり困惑したのは覚えている。シラルーナはすぐに喜んだが、ソルは最後まで驚きに塗りつぶされていた。


「御師匠様が、そろそろ顔を出せって言ってましたよ。」

「えぇ……まぁそのうちな。」


 少し嫌そうな顔をして、ソルは返事を濁す。別にマギアレクを嫌った訳でもないが、それは置いておく。そんな会話の合間に、さっと書き上げた魔方陣に、魔力を流していく。保存加工はしないなら完成まで早い物だ。


「どれ……」

「わぁ……やっぱり、いつ見ても綺麗ですね。」

「そうか? よっ、と。うん、とりあえず浮きはしないな。」


 いつも創るからか、片刃の剣を創ったソルはそれを軽く振る。しかし、その剣を放ったならば、落ちもせずに漂い、やがて霧散した。


「こうなると戻せないな……魔力消費が少なくても使えるのが目標なのに、まるごと消費したらなぁ。」

「離れたら消えちゃうのは、【具現結晶】と違うんですね。」

「流石に削ぎすぎたか……まぁ何回かテストして、問題なければこれでいいかな。離さなきゃいいんだ。」


 魔法の魔術化。確定で無いにしろ、それの目処がたった瞬間だ。


「名前、名前はどうするんですか?」

「えっ? ん~……アーツ、かな。」

「ソルさんの初めての魔術ですね!」

「そうなるな。俺は多分使わないけど……」


 確実に【具現結晶】の方が使える。とはいえ、実際に弄り回して、己の固有魔法への理論的理解が深まったのは大きい。

 ソルの性格なので完成までこじつけたが、利用は他人に任せるだろう。対外的に魔人ではなく、アーツ使いの魔術師として通せるのはかなり有用なのだが、それは外交上の話。ソルには実感できる機会はない。したくも無い。政治は嫌な事が多すぎる。


「テストも終わったら、御師匠様にも見せに来ませんか?」

「それは「闇の崩壊」の実用化が出来てからでも……」

「ソ~ル~さ~ん?」

「分かった分かった。行くよ。」


 少し慎重に進めよう、と心の中で決めながらソルは魔方陣を片付けた。データもかなり集まっているし、別に急ぐ必要はない。

 最初、旅に出たのは住むところを追われて、だった。今、定住できる場所はある。一つの旅が終わった。しかし、全ての旅は終わっていない。ソルの中では、今も炎が消えていない。まだ時折、夢に見ることさえある。

 その炎を消す為に、力の無い人間の幼子であった自分に、過去に決別を告げる為に。その手段と力をソルは得る。


「きっとですよ?」

「あぁ、終わったらな。」


 現実に引き戻す声に、ソルは軽く返す。先の事は先だ、囚われるのは良くないだろう。とりあえず、ソルは朝食に取りかかった。






「かーつて現世のそのはしにー

 ひーかりのさす地がありましたー。」

「ある時闇持つ人間がー

 その地を暗くそーめましたー。」

「やーみは集いて型つくりー

 翼を開いて飛びましたー。」

「世界を手中に納めようー

 全てを嘆くその前にー。」


 白い衣服は長く風に揺られ、その唄を支えた。美しい虹色の粒子が、その綺麗な声に追従する。稀に赤が多く混ざり、その度に男は足を止めた。


「あぁ、分かっている。分かっているとも。けど譲れないし譲らないよ。僕はね、君とは違うから。」


 彼はゆったりと歩き続け、そのリュートを鳴らす。心を落ち着かせる優しい音色が、虹色の粒子に調和を戻す。


「虚空も混沌も、反する二つはどちらもハオスと呼ばれるなんて、不思議な物だけど。君はそのどちらも冠する事は出来なかったろう? 知らざる者の定めだよ。」


 ゆらりゆらりと歩を進め、遂にはその歩みは魔界を越えた。明確に変わるわけではない。しかし、確かに一線を越えたのだ。

 左に海を眺めながら、彼は北へ北へと歩く。延々と、時が来るまでに。しかし、早すぎない様に。


「君はまた変わったらしい。それでも混ざらず一つの、いや独つの輝きなのかな? 早く答えを聞きたい、君の出す答えを。」


 どんな結末でも、それは彼の何れかが認める結果だろう。彼は独りに非ず、常に代弁者であり、当事者であり、傍観者なのだ。

 明るい空は澄みわたり、海は青い。木々の緑に身を委ねながら、彼の瞳は景色に重なる物を見る。



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