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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
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第百二話

「では、全て知ってて……?」

「勿論。ティポタスとは12の時に遭遇して……十年くらいの仲になるのか。」


 ティポタスの事を聞き、エミオールはさらりと答えた。

 それでも一定の信頼を置いている辺り、ティポタスという悪魔の危険性を防ぐ術があるのは確かだ。性格なのか、条件なのか、はたまた代償か。それは分からないが。


「というか、かなり若いですね?」

「まだ見た目も若いだろ? ……老けてないよね?」

「えぇ、まぁ。」


 突然に顔を近づけられて、ソルは驚きながら離れる。美麗な顔ではあるが、突然近づけばびっくりする。

 見えていないからか、ソルが避けなければぶつかっていた気もする。


「というか、君が言うかな? いくつだい?」

「えっと……あと一ヶ月くらいで十七ですね。」

「ほら、僕より五つ以上、下じゃないか……でも、あと一年で成人だね。」

「別に何も変わりないですよね?」

「冷めてるなぁ。」


 上を見上げながら、クスリとエミオールは笑う。


「でも、それなら余計に来て欲しいな。ストラティもポイエンも、三十過ぎだしさ。僕は微妙に肩身が狭いよ。」

「王様なのにですか?」

「元々、人の上に立つのは慣れてないんだ。十近く上の人なんて特に。西は若手はとにかく居ないからね、僕と近づける人となると皆無だ。」


 首を振ったエミオールだが、別に悲壮感や寂しさは浮かんでいない。今に不満があるわけでは無いようだ。

 ソルとしては聞きたいことも聞けたし、緊張するこの場から帰りたいが、引き返すタイミングを失ってしまった。話題もなく、会話が途切れる。


「……とか?」

『了。取引成立。』


 ふと木陰から声がする。聞き覚えのある声に、二人は近寄ってみた。

 と、急に陽炎のような無貌が突きつけられ、ソルは驚いて飛び下がる。


「どうしたんだい?」

『ズィル、お前は分かんないだろうけど、今俺様の凛々しい顔が目の前だ。』

「ほんとうだ。って、君は顔無いだろ?」


 容赦なく顔を鷲掴みにされたティポタスの後ろで、ベルゴがそろそろと逃げ出す。


「で? 何してたんだよ?」

「えっ? あれ~、ソル君。奇遇だねぇ。」

「白々し過ぎるわ、アホ。」


 足を結晶に包まれる。いつの間にか器用になって……と泣き真似をするベルゴに、よほど殴ってやろうかと思う。

 ソルが畳み掛けて問えば、それにはティポタスが答えた。


『簡単な約束だ、少年。国で豪勢な飯を情報と交換しようとな。』

「本当かぁ~?」

「そんな、俺を信用出来ないのかソル君!」

「何を当たり前の事を。」


 とりあえず話してくれる様子でもない為、二人の取引とやらは気にしない事にした。

 本気で驚いていたベルゴが、この為に西に来たわけでも無いだろう。ならば計画的でもない筈で、警戒は最小限でいい。


「ティポタス、明日は王都に帰るからね?」

『おぅ、ぶらつき飽きたら帰るわ。』

「いや、朝には戻ってよ。」

『熱烈に求めるなぁ、おい。』

「視力の代わりをね。」


 ケハハと妙な笑いを返し、ティポタスは暗闇に消える。野放しにして良いのかと問うソルに、僕に縛る権利が無いんだよ、とエミオールは返した。

 ベルゴがそうそうに村に帰ったので、二人も戻ることにした。静かな村に耳をすませて、エミオールは呟く。


「……今日も、ここは無事だった。素晴らしい事だよね、こんな時代だと。」


 今を見ていない、物思いにふけるエミオールの目は、一体いつを写しているのか。

 ソルは答えることも出来ず、去っていく若い王を見送った。




 燃焼。

 光と熱を伴い、物体が酸化する現象。

 しかし、この場においてそれは適切では無い。魔力を燃やすマナの熱。それは、ただただ怒りによる復讐だけの感情でのみ巻き起こっていた。

 焼ける、焦げる、そして果てる。延々と繰り返される地獄だ。


「貴様ぁ!」

「愚かだな。火中に飛び込むとは、お前のような者の為にある言葉なのかもしれんな。」


 黒いコートは長く、死人の影のように翻る。途端、吹き出す炎は飛び掛かった人影を灰塵へと変えた。

 燻るそれを踏みつけ、復讐の悪魔・アラストールは進む。どこへ進めど、地獄しかないが。


「獣臭いのは叶わんが、火が広がるのはいいな。」


 アラストールの火は、彼の魔力から以外は引火しない。しかし、炙られた物が発火すれば話は別だ。油に木、自然の火であるそれはたちまちに袂を広げた。

 獣人達の悲鳴があちこちから聞こえる。まるで獣の群れだな、とその声を評したアラストールは、面白そうな者を探す。無論、復讐心を滾らせる、という意味だ。


「……しまったな、皆死んだか。まぁ、腹が膨れたのは良しとするか。」


 獣人達の領域はケントロン王国、アナトレー連合国、その南を覆う様に広がっている。西は陥落した後だ。

 アラストールが歩き始めたのは北に。必然的に憐れな獲物は多い。この度は……ケントロン王国である。


「……ん? 貴様は確か、魔人だったな?」


 炎の林をでた所で、白髪の少女が目に入り、アラストールは足を止めた。彼女は嫌そうな顔をする。


「そんな顔が出来たのか、拒絶の魔人。」

「……」

「相変わらず無愛想だな、貴様は。久方ぶりなのだ、愛想くらい振り撒けばどうだ?」


 深くフードを被ると、外套を掴み走る。特に意味は無いが、逃げるなら追ってやろうと、アラストールは回り込む。


「どいて。」

「何故だ?」

「貴方は嫌い。苦しいのは嫌い。」

「あれはアスモデウスに、協力したに過ぎんだろう。父でなければ嫌などと、可愛い事でも言うのか?」

「……」

「……ハッ、滑稽だな。」


 アラストールが嗤うのは、拒絶の魔人の境遇か感情か。どちらにせよ、好意的には受け取れなかった彼女は再び駆ける。

 その背を見て、アラストールは魔法を展開した。彼は餓えているからだ。


「【剣となる炎(クシフォス・フロガー)】。」

「っ【天衣無縫・法衣インヴァリアル・カーテン】!」


 揺らめく光の布に、夜闇を裂く炎の剣が飛来する。突き立てられれど、それは【天衣無縫】だけを燃やして向こう側、拒絶の魔人には熱さえ届けない。

 しかし、魔法が燃えた事に拒絶の魔人は驚く。魔力を燃やすとはいえ、アラストールの炎は魔法を燃やす事はなかったからだ。


「【暴食(ガストリマルギア)】と統合した炎だ、お気に召したか?」

「そんな訳ない。【輝く光(ランポ・フォス)】!」


 強い光が突然に輝く。視界を潰されれば、人の真似をした生態の悪魔は、同じように眩む……筈だった。

 そこにいたのは大きな炎の巨人だった。いや、腰から下は地面に広がり炎の林を広げている。天に伸びる二本の角、大きな翼、爪のような手。

 そして、その手に握られた拒絶の魔人だ。布と肉の焼ける臭いが、辺りに立ちこめていく。聞こえる悲鳴に耳をすませて、アラストールはつまらなそうに呟く。


『どうした? そんなものなら、もう喰われてもらうぞ?』

「あっ、ぐ。【天衣(インヴァ)……無縫(リアル)……」


 声が消えた。つまらなそうにアラストールは口を開き、呑み込もうとする。

 と、唐突な雨。あまりにも急で強いそれは、あっという間に炎を消していき、温度を下げていく。


『冷たいな……消えずとも勢いは弱まるのだがな。」


 人形に戻ったアラストール。炎のままでは、顕現しているだけで寒い中では消耗が強くなる。魔力の自己回復を一切なくす暴食の呪いは、節約する事を強要してくる。

 と、アラストールに猛然と突き進む人影。炎を振り撒けば、その細身の男は炎を切り裂く。


「んだよ、くそ! ここは魔境かっての!」

「親分、女の子ゲット!」

「可愛い面してんぜ! 火傷まみれだけど!」


 気づけば後ろに二人。熱を探れば、さらにいるようだ。雨が霧になり、その姿を詳しくは見ることが出来ない。


「あぁ!? 獣人か?」

「人間!」

「……っち! 連れて撤収!」

「獣人でも連れてく癖にぃ!」


 素早く離れていくのは、十人はいる。いや、その倍近いかも知れない。

 それを追うように、雨が横に降る。しかし、彼等を足止めするには至らない様だ。


「貴様らぁ! ……っくそ。見つけたと思えば逃げる。まったく難儀な連中だ。」


 走りながら文句を言い続ける男も、アラストールの前を走り去っていった。


「……なんだというのだ。アスモデウスの奴に、少し聞く必要があるかもな。最近の動きが欲しいものだ。」


 西に走る彼等を見たあと、アラストールは南に歩く。ふと、雨が止む。どうやら、なにかの契約らしい。


「しかし……俺の炎を裂くナイフ……か。人間もやる、うかうかしていられないな。」


 炎の翼を開き、アラストールは魔界に向けて羽ばたく。彼の頭の炎は、黒く赤く燃え上がっていた。




「ソル殿、シラルーナ嬢、起きているか?」

「ストラティさん、おはようございます。」


 随分と早くに起きたシラルーナは、既に頭もシャキっとしている。ただ、ソルは少し眠そうだ。


「眠れなかったか?」

「あぁ、ちょっと昔の夢をな。」

「ふむ、陛下と同じか。」


 外に出てみれば、なるほどエミオールも眠そうだ。

 ベルゴが馬車に乗ってきた。馬はレギンスともう一頭、村の馬を貸し出してくれた。これで魔術を使わずとも、レギンスがへばらないだろう。

 外で待っていたポイエンに、ソルはふとした疑問をぶつけた。


「かなりの厚待遇ですね?」

「今さらね? まぁ、テオリューシアは名前も知られてないような国ですから、四方八方に良い顔をしておきたいのですよ。味方は無理でも、敵を作るのは勘弁ですから。」

「こんなとこまで攻めてくる奴は、いないとは思いますけど。」

「来た人はいますから、攻めて来ないとも限りませんよ?」


 ソル達を示したポイエン。さらっとソル達を攻めてくる者と分ける辺り、釘を刺されている。決して敵には回らないよな? と。


「エミィも、じゃなかった。陛下も屍を積むのはお嫌いですし。」

「……そうですか。」


 結構ヤバい人かもしれない。そっと距離をおいたソル達に、エミオールの号令が聞こえた。

 馬車に乗り込み、彼等の列についていく。


「そういえば、今さらだけどなんでここまで来てたんだ?」

「ん? 多分、商売の前線にしたかったから、下見と計画の打ち合わせとかじゃない? 王様若いし、経験を積む意味でもさ。護衛も立派だし。」

「商売の……あっ、思い出した。アナトレー連合国でエルガオン商会ってのがあったんだ。あれかぁ。」

「アナトレーって大陸横断してない?」

「東に砂漠あるし、大陸では無いだろ? 生存圏は横断してるけど。」


 積み荷を考えれば、移動だけで数ヶ月はいる。国力は無いかもしれないが、個人や一団の力はその限りでは無いようだ。

 王の一声で、彼等は更に西に、無法地帯の真ん中へと進みだした。

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