第六話
「さて、魔力と悪魔については分かったかの?」
「はい、なんとなくだけど分かりました。」
「ならば次はその特性についてじゃな。ソル、覚えておるかの?」
「そこは覚えてるよ。魔力の色で判断できるんだろ?」
「どんな物かは覚えておるか?」
「出来ることが違うんだったよな。」
「うむ。魔力を扱う上で欠かせないのが特性じゃ。これは本人の魂の素質じゃ。」
「魂の素質……ですか?」
シラルーナが首をかしげてマギアレクを見る。すると、マギアレクは紙に図を描き始めた。
まずは怖そうな人物、優しそうな人物、火傷の人物を描く。
「このように人間は違いがある。環境も大きな要因じゃが魂の素質も感性に関わってくる。」
そう言ってマギアレクが怖そうな人物と優しそうな人物を示す。
「また、過去の体験や記憶も大きいのう。」
次は火傷の人物を示した。
「例えば、攻撃性のある人物ならば火、受容的な人物ならば土と言うようにな。
しかし、火傷を負う等で強い印象が残っている場合は特性が片寄る事もある。」
怖そうな人物、優しそうな人物と順に指差した後、火傷の人物の上に炎を描き、大きくXを描く。
「この特性によって使えん魔術や使いやすい魔術が決まってくる。」
「使えないというのは?」
「そうじゃな。普通の人は、水瓶に手で水を満たそうとするじゃろ?苦手な者は棒で、得意なものは桶で水瓶を満たすんじゃよ。」
「かなり違いますね。」
「極端な例じゃがな。」
そう言ったマギアレクは、自身の魔力を手に灯した。
「儂の金色の魔力は、六属性、全ての特性がある。その代わりに回復しにくいがな。」
「休憩下手なんだな。俺のは無色で、力場系統の特性だよ。付与も一応あるけど。」
ソルも手に無色透明魔力を灯したが、目では確認しにくい。水や氷の綺麗な物が同じように見えるが、炎のように揺らめくそれは気体に近い分、見えにくい。僅かに縁取る紫が視認を可能にしているが強い透明度で余り目立つ物ではない。
「特性……他にはどんな特性があるんですか?」
「えっとな、火、水、土、風、光、影、付与だったかな。後、ちょっと違う例で力場がある。」
「儂が知らんものもあるかもしれんから、全てとはいえんがな。」
「そうなんですね……あの、私のはなんなのでしょう?」
「ふむ、調べてみるかね。ちょっと待っとるとえぇ。」
マギアレクが上への階段を登っていく。倉庫から何か取ってくるのだろう。シラルーナはソルに振り向いた。
「どうやって調べるのですか?」
「悪魔でもない限り魔力って自分じゃほとんど動かせないんだ。特に慣れてないとあることすら気づかない。じいちゃんも自分の近くに出すので精一杯って位。だから触媒を使って引き出すんだよ。」
「触媒ですか?」
「うん、魔力を吸い出して流す物の事。魔方陣もこれで作るんだ。慣れると自分で込める量や速度を調節できるらしいよ。」
「らしい……なんですね。」
他人事の様に話すソルは実感するほど慣れていないのかな、とシラルーナは考えながらふと疑問に思った。
「ソルさんの具現結晶は付与……すか?付与は余り得意だとは言えないみたいだったけど……」
「あぁ、あれは別だよ。あれは……」
「さて、持ってきたぞ。これが魔力を強力に取り込む水晶じゃ。この辺りで採れる物を丸く加工したものじゃな。」
厚い布に包んだ透明な水晶の珠をそっと机の上に置くマギアレク。その扱いからとても高価なものなのではないかと畏れるシラルーナ。
「あの、これをどうするのです?」
「うん?触れればよい。こう、ガッと。」
「ガッと!?」
「いや、普通でいいから。こんな感じ。」
ソルが水晶に軽く触れれば、水晶が僅かに紫になり輝きが強く増す。
「眩しいっ!」
「あっ、ごめん。」
ソルが手を離して数秒すると光は収まった。ちなみにマギアレクはちゃっかり目を閉じていたりする。
「ま、まぁこんな感じに分かるんだ。俺程光るのはあんまり無いから大丈夫だよ。」
「そうなんですか?」
「ソルの魔力量はおかしいからのう。それだけ強く光るのじゃ。」
「そうなんだ……私はどうなんだろ。」
「やってみれば?」
「はい、やってみますね。えいっ。」
シラルーナが水晶に触れると、優しい緑色の光が辺りを包んだ。まるで水に絵の具を落としたように揺蕩うそれは、僅かに透明度のある光で向こう側が辛うじて透けて見える。
「風じゃなぁ。力場は弱いみたいじゃ。」
「そうなんですか?」
「力場の特性は特殊でさ。色が無いから透明度で判断するんだ。ただ……」
「強くなればなるだけ、他の特性を薄める。あれば便利じゃが、魔術を主に使う生活ならばむしろ要らんじゃろ。」
「そう言うこと。自分の魔術なら力場無くても動かせるしね。使いにくい特性だよ。」
若干拗ねたソルに、マギアレクが肩を叩き言う。
「お主はそれで十分じゃろ。というか覚えとったんじゃな?」
「言うに事欠いてそれ!? 覚えとるわ!」
すぐに言い合いを始める二人を、おろおろとして止めようとするシラルーナに唐突にマギアレクが振り替える。
「まぁ、自身の魔術以外にも力場を発生させることが出来るのが力場じゃ。いってみれば念力じゃよ。」
「念力、ですか?」
「例えば、コップとか皿とか。結構、便利ではあるよ。固体限定だから魔獣の素材とか取りにくいけど。」
「儂みたいに水を使って窒息出来んもんな。」
「うっさい。」
遂にそっぽを向いてしまったソルに、シラルーナはどうしようかと頭を悩ますがマギアレクの声が耳に入ってきた。
「...う訳で特性は以上じゃな。さて、では話を戻そうかの。魔法とは何か、じゃ。あぁ、ソルはほっとけば機嫌治すからほっとけ。」
「あっ、はい。えっと、魔法ですよね?……魔力を使う奇跡、ですか?」
「うむ。近づいてきたの。人智を越えた奇跡よりも魔術に近くなってきとるぞ。」
自分の望む方向の回答を得られて、嬉しそうに頷くマギアレク。どうせ教えるならば、その成果が分かりやすい方が飽き性なマギアレクには丁度よい。
「では魔法の発生について話そうかの。魔法とは、魔力を通してマナを決まった形、バランスで動かして発生させるものじゃ。」
「……マナ??」
今だかつてない程ハテナマークを浮かべるシラルーナに、マギアレクは説明を続けた。
「マナとはこの世界中、全ての物質に潜むエネルギーじゃ。空気、水、大地、生き物。全て、じゃ。」
「それはど、うなるのですか?」
「決まった形とバランス、魔法陣を描くことで様々なモノになる。火、水、土、風、光、影、はたまた重力や圧力の発生まで、の。何でもありじゃ。」
「何でもあり……私の色も創れますか?」
「むっ? それは……まだわからんな。しかし、全てを知っていけば、どんなことも理論上可能じゃろう。何せ、魔法とは人智を越えた奇跡じゃからな。」
一瞬見えたシラルーナの危うい表情を頭から打ち消して、説明を続けるマギアレク。彼は人の感情に寄り添ったりするのは苦手な部類なのだ。際どいバランスには下手に手をだすと泣く目を見ると知っている。
「ここまで来れば分かるじゃろうが、魔術とは魔力を取り出せる触媒によって魔方陣のレールを作り、悪魔しか使えぬ魔法を再現したものじゃ。
魔力で捕まえたマナを操り発動した魔法の軌跡、魔法陣。
それを先に作り、触媒によって魔力を動かしてマナを操り発動させる秘術。
これが儂の発明、魔術じゃ。」
マギアレクはそう締めくくった。
マギアレクから魔術について教わり、魔力特性にあった風の魔術から習得を目指す方向で練習を初めて一月が過ぎた。
森は静かで、この辺りには不釣り合いな魔獣もめっきり見かけなくなった。捜索を諦めたのか、その段階は終わったのか。どちらにしろ今は此方に出来ることはない。
触媒を張り付けた羊皮紙が山の様に積まれた広間に台所からシラルーナが顔をだす。
「マギアレク様、ソルさん。御飯出来ました。」
「ふむ、ここまでにするかの。」
「だぁ、疲れた!」
最近のマギアレクは、新しく魔法陣を観察に行かずにいる。その代わりに新しい魔方陣の開発に着手している。模様の規則性を組み合わせた際の反応や、新しく効率的な組み合わせ方を模索している。
ソルはその手伝いとして僅かに模様をずらした魔方陣を大量に作らされている。触媒も無限ではないため再利用し試した魔方陣の分解も行う。途方もない量を一人で行う為、ひどく疲れているのだ。
「午前中でもうあれだけ試したんですか?」
「いや、あれの倍。信じられるか? 分解して二回目だぜ?」
「あれだけしか試しとらんのじゃよ。正確に真似れば良かった今までが楽すぎたんじゃ。」
「マジか……俺、午後は飛んで来ていい?」
「触媒の調合もするかの?」
「ワー、マホウジンヅクリタノシイナー。ちくしょう!」
やり場のないもどかしさを消化する様に猛然と食べ始めたソルに続き、マギアレクとシラルーナも食事にうつる。
「シラルーナはどうじゃ?どこまで出来たかの?」
「まだ操作が難しいです。ゆっくりな早さですけど、大きい的になら当てるだけはできます。」
魔術は魔方陣と魔力があれば発動ならば誰にでも出来る。しかし、その後の操作は強いイメージによって行われ、細かい調節は魔方陣へと流れる魔力で行う。
1ヶ月、毎日高品質な触媒や、ソルの指輪で魔力を引き出し続けたシラルーナは、魔力の操作の感覚を僅かに掴んでいた。だが、精神的な物をコントロールすると言う未知の作業にそれ以上は伸び悩んでいる。
「触媒が無くても、魔力を体外に出せるお二人がどれ程凄いか分かりました。」
「慣れじゃろう?」
「慣れだよな。」
「あっさり言い切られた!?」
自分の立ち止まる所が、慣れの問題。十才の少女には少し納得出来ない理屈だった。
「まぁ、風の刃作れるならいいんじゃない? 圧縮すれば切れ味だけはかなりのもんでしょ。」
「それが難しいって相談なんですけど……」
「頑張れとしか……」
頼りにならない兄弟子だった。