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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
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第百話

 結晶を飛ばす。剣が打つ。目の前にいる。剣が迫る。剣で防げど、その一撃は重すぎる。

 ソルが地面に転がるのに、僅か数秒と必要なかった。咄嗟に結晶で自身を包み、身を守る。硬質な音が響き渡り、剣はソルの結晶をゆっくりと断っていく。触媒素材だ。


(嘘だろ、おい!?)


 金属にも勝るとも劣らぬ結晶とはいえ、その構成は魔力。触媒はそれを易く裂いていく。

 ソルは結晶を拡散させ、その勢いとともに距離を取った。咄嗟の拡散では威力が出ず、一つとしてエミオールを傷つけた物はない。


「厄介な力だね……アスモデウスの物では無いよね?」

「……っ!?」


 言い換えそうとしたソルは、自分の声がでないことに気づく。慌てていた為に気づかなかったが、【煌めく超新星】の影響で固定が変に働いたのかもしれない。

 黙ったままのソルに、返答する意志が無いと考えたか。エミオールはその剣を再び構える。仕方なく、ソルも再び剣を創り構える。


「これだけ近くに、原罪の進行があるとはね。僕としては、お引き取り願いたいのだけど、どうかな?」

「……」


 喋れないソルに、返答の手段は無い。頭を働かせるよりも、今は自衛が先である。魔力を迸らせたソルが、戦陣を展開すると同時に、エミオールは一歩を踏み出した。

 その一歩は、二人の間合いを急激に詰める。二度目の現象に、ソルは結晶を突き上げて対応する。空は相手も飛んでいた。戦陣を広げにくい空では、ソルの領域から外れそうだ。

 よって、ソルは地上で応戦する事にした。結晶を次々と隆起させ、吸収と拡散を使い徐々に追い詰める戦法だ。


「……なるほど、魔力で織り成す結晶か。このままだと不利かもね。」


 紺碧の双眸を紅く染め上げ、エミオールは剣を振るう。空間にほんの僅かな波が広がった様な錯覚の後、戦陣は跡形もなく消え去った。

 結晶の後ろで魔法を展開していたソルが、エミオールの前に曝される。


「っ!」

「そこか!」


 煌びやかな剣がソルに迫り、その胸の軽鎧を突く。細身な体からは考えられない、強い一撃が鎧より先にソルの姿勢を崩す。

 結果、ソルは吹き飛んだ。「飛翔」で上に逃げるが、エミオールは既に上で待機してきた。頭の上から振り下ろされる剣は、反射的に避けたソルの角を打つ。

 凄まじい勢いで地面に飛ぶ。土を、岩を、大地を砕いたソルは、結晶さえ全て壊れ、加護でかろうじて動ける体を保つ。遅れて、断たれた赤いバンダナが地面へと落ちる。


「埋まっても死ぬほど柔でもないだろう? ……いや、本体でないなら、そのくらいなのかな?」


 エミオールが地面に降り立てば、砕けた地盤から結晶が飛ぶ。

 飛来したそれを翳した手で受け止め、エミオールが呟く。


「頑丈だね、欲しいくらいだ。」


 放り捨てた結晶は、落ち始める前に消失する。上空に飛び出したソルが、大量の結晶を創りだす。それを、自身を中心に回し、エミオールを牽制した。


「……攻撃はしないんだね。」


 罠を警戒するエミオールが攻めあぐねる。その間にソルは狂った【具現結晶・固定】を治そうと急ぐ。

 しかし、その時間は致命的だった。目を紅く染めたエミオールが、巨大な魔法陣を展開する。


「【無限虚空(アピロウデン)】!」


 ソルの周囲の結晶だけでなく、武装の遊星や軽鎧、加護までも無くなる。と、同時にソルに乱れて残った固定も消えた。

 空中にいるソルに踏み込むエミオールに、ソルは【具現結晶・加護】をかけなおす。振られる剣を、自分を下に撃ち出して避けた。


「判断が早いね、でも最適じゃない!」


 ソルの下、砕けた地面。その破片がいくつも、上に向け飛び出す。ソルは腕を前にして受けるが、加護の上からだとしても、何度もぶつかれば痛みもする。

 ついに内側で出血が始まり、コートの下で腕に痣が広がる。右腕は結晶に侵食されているため無事だったが。


「くっ、がぁ!」


 より強い力場で岩くれを凪ぎ払い、ソルは魔法を展開する。とにかく隙が無さすぎて、対話が出来ない。

 相手が再びその気になるか、自分で安全を確保しなければ。一つ確かなのは、ソルに勝利する術が見当たらない事だ。


「【捕らえる力(ハイレイン・ズィナミ)】。」

「【具現結晶・牢獄クリスタライズ・プリズン】!」


 純粋な力場がソルを四方八方から押さえつけ、エミオールを細かい結晶が全方位から押さえつける。互いに潰し合う中で、ソルの結晶は魔力を吸収する。


「しょうがないか、【無限虚空(アピロウデン)】。」


 一つしか魔法を展開出来ないのが契約者だ。力場を操るのは悪魔が宿っているからだろうが、自分を押さえる結晶を消す為に、ソルを解放せざるを得ない。

 互いに自由になった瞬間、先に動いたのは魔法を使ったエミオールではなくソルだ。山に向けて全力で飛ぶ。遮蔽物があるなら、結晶で包めば探知が出来るソルが逃げやすい……筈だ。


「……今、そっちに行くのは困るかな。うちの商人には手出しさせないよ。」

「前提が狂ってるってのっ……!」


 この速度で聞こえる筈もないが、呟かずにはいられないソル。簡単に距離を詰めてくるエミオールに、ソルは右に左に動きながら山へ飛び込んだ。

 岩、木々、海から離れたここではかなり鬱蒼としている。それらに隠れながら、ソルは魔力を高ぶらせていく。


「【具現結晶・戦陣クリスタライズ・フィールド】!」

「またこれかい? 何度も展開出来るとはね。」


 今度は積極的に攻める。魔法を展開させないこと。それが唯一、安全である方法だ。

 集中的な猛攻は、エミオールに魔法を展開させる余裕を与えない。徐々に戦陣が魔力を吸収し、いずれは魔法を使えない所までいく筈だ……だった。

 数刻、集中力が持つのが奇跡的なほど、連続的な魔法の展開で均衡を保っていた。それを、エミオールの呟きが裂く。


「空虚に近ければ近いほど、無になる力は増していくんだよ。【無限虚空(アピロウデン)】!」


 早かった。魔力が動いたと感じたときには、すでに魔法陣が輝き、魔法が発動していた。

 ソルのすぐ横だった。後数歩ずれていれば、直撃。振り向けば遥か遠くに大きな山脈が見える。

 つまり、今まで居た山が、無い。ソルは洞穴を穿ったが、そんなのは比べ物にならない。山脈が丸ごと、ポッカリと消えた。


「山が……消えやがった……」

「喋れるんだね。」


 唖然とするソルの首に、剣が突きつけられる。加護がなければ血が滲んでいただろう。

 反射的にソルが、創った剣を振り向き様に薙ぐ。剣を弾き飛ばしすぐに返すが、その斬撃はエミオールに届く前に剣が消えてかなわない。

 その右手を掴んだエミオールは、怪訝な顔で中指を探る。そしておもむろにソルのグローブを取った。


「……ティポタス、《顕現》。」

『はいはーい、俺様の参上だ。』


 身構えるソルの前で、エミオールはティポタスに問いかけた。


「彼は本当に例の魔力を?」

『持ってるさ……あれ? アスモデウスで無いね?』


 無貌の顔が近づき、無意識に一歩退いたソルに、彼の悪魔は首を傾げた。それにエミオールは深い溜め息をつく。


「やっぱりか。狂信者なら、あの指輪を潰すことはしないだろうしね。」

『惜しい、もうあっち。』


 ソルの右手を見ようとしたのか、首を巡らせたエミオールだが、ソルは彼の剣を拾いに行っていた為にかなりずれていた。

 剣をエミオールに差し出すソルは、前を向き続けるエミオールに問いかけた。


「目が見えてないのか?」

「わっ!? ……いきなり話しかけないでくれないかな?」


 完全に気が緩んでいたのか、左から声をかけたソルに驚いて向き直る。

 差し出した剣を右手に持っていけば、気づいたエミオールは受け取って鞘に納めた。


「さっきまで見えてたろ?」

『普段は俺が瞳にいるからな。俺がコイツから離れてなきゃ、視覚を模倣できるのさ。』

「だから今の僕は何も見えないよ。明るい暗い程度なら、なんとなく分かるけどね。」


 さて、と前置きして、エミオールは姿勢を正す。その姿は気圧される程に堂々としていた。


「君が孤独のモナクスタロだね? 話を聞かせて貰えるかな。」




 西にきた目的と、アスモデウスの傀儡と会ってからを話終えると、エミオールは一つ頷いた。


「そういう事だったか……傀儡とはいえ、原罪の前で生きている者がいるとはね。」


 そして、すぐに頭を下げる。急に笑い出すティポタスを他所に、エミオールはソルに詫びた。


「すまなかった。此方の勘違いで、多大な迷惑をかけた。」

「別に疲れただけだから良いけどさ……それよりも例の魔力って何か、教えてくれないか?」

「それは……ティポタス。」


 エミオールが呼べば、辺りを漂っていた悪魔が戻ってきた。話は聞いていたのか、すぐに口を(?)開く。


『原罪なら皆混ざってる奴さ。アンタも知っているだろ?』

「知ってたら聞かないと思わないか?」

『……それもそうか。名持ちの割には、情弱なのだな。』


 事実なので黙っておく。それよりもソルは先を促した。


『まぁ、俺様程になればその理由も知っている。あれは元ルシファーの物さ、全ての悪魔の始祖の魔力だ。直接繋がりのある原罪は、それが濃いんだ。』

「それが俺にあるのか?」

『薄いけどな。傀儡というにはちょうどよかった塩梅に。他の悪魔よりは、よっぽど濃いんだけどな。』


 なんとなく顔の輪郭が笑ったように見える。顔も無いのに、表情豊かな奴だと思った。


『心当たりはあるかね?』

「いや、まったく。」

『だよなぁ。まず感じるのが難しいからな、あの野郎のは。』

「そうなのか?」

『俺様以外、気づいた輩は聞かねぇな?』


 先程から、なんとなく態度や口調が一定で無い。分かりづらい奴だとも思った。


「まぁ、立ち話をする場所でもないだろう。ストラティがいる村に戻ろう。」

「そういえば、なんで王様が村に居たんだ?」

「うん? 僕の国が人手不足だからだね。色々、自分でやらなくちゃいけない。ティポタスのおかげで、僕が行えば早いから。」


 戻んのか、と言いながらティポタスがエミオールに重なる。少しして、エミオールの焦点がソルに合った。


「それじゃ、行こうか。君のお連れも待ってるから。」

「なんか複雑だな、さっきまで死ぬかと思ったんだけど。」

「……その件に関しては、本当にごめん。まさか始祖の繋がりがあるとは思わなくて。」


 色々と知れることはありそうだ。ソルは一気に疲れを感じながら、前を飛ぶエミオールについていった。

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