第九十八話
その後、山の西にも段々と平地が増えるに連れて、一行は多くの戦闘をした。東に魔獣、西から盗賊、南から狂信者。
こんなところにも盗賊が出る辺り、人間はたくましい。海に近づけば、西からの魔獣も増えそうだったが。
「疲れた……」
「ほとんど、ソルさんがやるからですよ。少しは任せてください。」
「この辺の速くて多いだろ。魔術師には相性悪いって。」
馬車の中で寝そべるソルに、シラルーナは少しむくれて抗議をぶつける。素知らぬ顔で返されれば、返す言葉も無いが。
「それよりも、段々と寒くなってきたね。そろそろ雪でも降るんでない?」
「そしたら、馬車では動けませんね。」
「それまでには新しい国、見つけたいな。」
「場所も知らないで動いてんのが敗因だね。」
「まだ失敗してねぇから。」
第一、ケントロン王国にあれ以上留まるのは息が詰まる。
そういいながらソルがフードを被れば、シラルーナも首にかけた頭巾に触れた。
「複雑だねぇ。」
「別に行き先があるから、出てくのは良いんだけどな。端からその予定だったし。」
フードを再び取り払い、ソルが地図を取り出す。一応、迷わないように、簡単な地形は書き込んでいるのだ。と言っても、海岸線以外は平地で、書き込むのも低めの山脈だけだが。
始めから書き込まれている山脈とはかなり離れたが、その距離も感覚的な物に近い。ソルが飛んで上から見ているのだ、単純な好奇心で。
「そうだ、上からソル君が探して」
「疲れるからやだ。」
「飛んでよ!? そこは飛ばないの!?」
「だって方向も何も分かんないのに、どうやって戻るんだよ。高空域は、宛もなく彷徨う時にしか飛ばないぞ。」
「そんな経験どこですんのさ~。」
「人生。」
ソルはベルゴに半分適当に返してはいるが、実際飛んで探せば速い。魔力を持っていかれる点と、戻れない点を除けば、だが。
流石に遭難は避けたい。とはいえ、早急に落ち着きたいのも事実だ。
「……ソルさん。」
「うん? 何か来た?」
「西から、人と金属の臭いが。かなり大勢です。」
わざわざ金属と言うのは、それだけ濃い臭いだったのだろう。大量の金属、この無法地帯においてそれを所持できる団体。
「金属……か。ベルゴ。」
「うん、明らかに大きめの拠点が無いとね。錆の臭いはしないんでしょ?」
「はい、それに食糧品もあります。」
「行軍……はする先が無いな。」
山を背に、平地を睨む構図。最悪、馬車とその積み荷は捨てるべきかもしれない。
やがて、馬車を引く一団が見えてきた。囲むのは明らかな戦闘員だが、その中にいるのは……
「商人か?」
「とまれ……少年、貴様は何だ?」
先頭にいた、一際大きなハルバードを担いだ男が問う。頭部は何もつけて無いが、金属の全身鎧を着こんだ男だ。武人、を体現するような彼に、ソルは前に出る。
「何者、じゃ無くてか?」
「頭を隠してから言うんだな。」
フードを被り忘れていたソルが、咄嗟にこめかみの角を押さえた。
男は手を動かせば、一団は大きく回りながら山に移動していく。ソル達の視線が追おうとすれば、彼はハルバードを大きく振り構えた。
「我々の財源を絶とうと言う訳か。エルガオン商会を狙うのだけはいい判断だ。」
「話が見えてこねぇよ……待て、エルガオン商会?」
ソルが何かにひっかかったが、彼が突撃する方が速い。他に二人、馬車の方に駆け出す。
止めようとするソルだが、大きなハルバードの予想外の重量に、全力で抗わざるを得ない。
「何を代償に戯れを得た? 狂人。」
「何の……事だ!」
「その剣……既存の物では無いだろう。加工できる結晶等、聞かん。挙げ句この反応だ。」
見ればハルバードの刃が、段々とソルの剣に食い込んで行く。剣を横にずらして、ソルは回避を試みる。
途端、地面を割ったハルバードの柄が、ソルに向けて回される。腹を打たれ、軽いソルは何度も転がる。
「硬くはないが……手応えが薄いな。」
「コイツ……どんな反射神経してやがる。」
ソルの体は【具現結晶・加護】によって、破壊する直前は結晶と同程度の強度を誇る。痛みはあるが、動くのに支障は無い。
「「高圧弾」!」
「隊長、此方もです!」
「二人? 厄介な。」
馬車の方では、一人が尻餅をつき叫ぶ。もう一人が矢を射る事でシラルーナとベルゴの追撃を防いでいるようだ。
ハルバードを構え直す男に、ソルは右目から魔力を漏らす。異変と肌にひりつく感覚を覚えた男が、部下に叫ぼうとする。
「ぬっ? 何か」
「【具現結晶・戦陣】!」
瞬時に辺りは結晶に包まれる。乱立する柱と壁が妨害し、下に刺さっている武器がフワリと浮く。
「これは……!」
「敵対すんなら消えろ。【具現結晶・狙撃】!」
多数の武器と共に、鋭い結晶が男に飛ぶ。弾き、払い、突く。長大なハルバードの重量を、ものともせずにそれを捌く。
それは驚愕の技だったが、ソルはその間に残る二人に向かっていた。
「ソル君、目的の国の人かもよ?」
「馬に隠れんなよ……分かってる。」
レギンスの後ろからベルゴが言えば、ソルは結晶の柱を伸ばし、遥か上に二人を放置した。
数十メートルはある高さで、皿形に窪んではいるが良く滑る結晶の上。きっと生きた心地がしないだろう。
そこまで終えたソルが振り向けば、男がハルバードを投げつけていた。咄嗟に【精神の力】で制止させる。
「はぁっ!」
止まったハルバードに、騎士剣を打ち付けて再始動させる男。避けたソルへの狙いは逸れ、硬質な角に打ち当たる。
衝撃で左右にずれるハルバードとソルの頭。騎士剣がソルを追った。
「【具現結晶・貫通】!」
「くっ!?」
咄嗟に放ったソルの魔法。戦陣の中だと言うのに、その発動はギリギリだ。挙げ句、男はそれに剣を当てて難を逃れた。
曲がった騎士剣と、へこんだ鎧。殺しても構わないと放った一撃で、得るには小さな物だ。
「強固な水晶だな。いや、材質が分からない以上、結晶か。」
足元に転がっていたハルバードを手にし、男は再び構える。
全身鎧さえ軽く思えるその身のこなしに、シラルーナは追い付くことが出来なかった。
「せめて話さないか? 誤解は誰にでもある。」
「流石に四度目は聞き飽きたぞ。」
「くそっ、嘘つきがいるから、正直者が損をする!」
別に、ソルが潔白の正直者、とは言わないが。
「貴様らの戯れ言は聞くだけ無駄なのは、先刻承知だ。話すも聞くも、このストラティ・アルキゴスを倒して見せろ。」
「堅物が! 【具現結晶・武装】、戦陣吸収。」
軽鎧を纏い、【反射する遊星】を八つ浮遊させる。剣は最初から持っていた物だ。
更に戦陣が魔力と熱の吸収を開始し、辺りの気温は低下を始める。もっとも、まだ感じる程では無い。
「続けていくぜ、放出!」
ソルが【反射する遊星】を操り、一度の光線を何度もばらまく。流石に武器で受ける気は無く、ストラティは回避する。
滑る結晶の上だと言うのに、その姿勢は崩れもしない。体感も舌を巻くセンスだ。
「こうなりゃ……拡散!」
「何!?」
早々に退避した馬車を確認して、ソルは戦陣中を拡散させた。入り乱れる結晶の乱舞、唐突に消失する足場、その全てがストラティを無差別に襲う。
ソルも防御に必死になったが、人の身では物理的に防げない。ストラティはダメージこそ最小限に押さえたが、膝をつく。
反射を繰り返し、細く集束した光線が足を撃ち抜き、ストラティは呻いた。
「あー、回収したかったんだけどな……まぁいいや。」
「……それでも疲労一つ無いか。やはりそこが知れんな、契約者は。」
「俺は少し違うけどね、っと。」
上の兵士もおろし、手足を結晶で拘束する。少しすれば、二人を乗せた馬車を引き、レギンスも帰ってくる。
「ソルさん、この人達は?」
「さぁ? 今から聞こうかと思って。」
「必要無いよん。」
ベルゴがハルバードを引きずって歩く。その刃先をソルに見せれば、ソルがそれに触れた。
「魔力が抜け出てる……高品質の触媒が合金に入ってんのか。」
「貴殿、どこまで知っている?」
「お前たちが、悪魔斬りって呼ばれてる事?」
「違うと言えば?」
「てことは当たりか。」
鼻を鳴らして不満げにするストラティに、ソルはハルバードを返す。とはいえ、拘束したままなので地面に置いただけだが。
「さてと。山、道があんのか?」
「何故だ?」
「馬車が行ったろ。」
「……ある。ケントロンを通り、アナトレー連合国まで行けば、珍しいものは出自関係なく売れるからな。チャンスの宝庫だ。」
「自信はある品物って事か。保存も良さそうだな。」
頷くソルに、ストラティは視線を向けて問う。
「それで? そちらが話すことは無いのか?」
「そうだな……じゃあ質問。魔術師が、この辺りに居るか聞きたいな。」
ソルがそれを聞いた途端に、ストラティは目を細めた。
ただでさえ鋭い目が、より攻撃的になり、ソルは少し構える。
「噂を聞いたと言うより、噂を知っているか問うような言い方だな。どこまで知ってる?」
「隠すような事でもあんのか?」
「無い。しかし、その先の目的を聞こうか。」
動けないとは知りつつも、威圧感を感じる。とはいえ、ソルもやましい事は無い。
もっとも、マギアレクが何もしでかしていなければ、だが。
「知人だよ、少し用がある。いや、知りたい魔術がある、かな。」
「……魔術師に、知人? テオリューシア以外にか。」
「テオリューシア?」
「魔界の生き物か、貴様。」
「違……うとも言い切れないけど! なんか嫌だな、その表現は。」
「なるほど、少なくとも狂人達では無い訳だな。」
戦う意思は無い、と腕を持ち上げるストラティに、ソルは結晶を取り払う。後の二人は、頭も鎧をつけているため良く分からないが、多分気絶している。
自分の加護や武装は取らずとも、拘束を解除したソルに、ストラティは礼を言う。軽く手首を回し、ハルバードを担いだ。
「どうせ、俺では止められないんだろう? この距離なら時間の問題、案内しよう。」
「何処に?」
「我等が王国へ、だ。」