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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
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第九十七話

「少し騒ぎすぎたな……」

「か、髪が固まっ、て。塩ですか?」

「アッハハ、アハハハハ! いやぁ、やっぱり若いねぇ二人とも。はい、お湯で流すと良いよぉ。」


 触って、舐めてみて、波に足を取られてコケて。既に頭から濡れ鼠になった二人に、ベルゴは乾いたタオルとシラルーナには本も渡す。

 軽く拭いた二人は、お湯と風で服とともに体を洗い乾かした。魔術で水を創るのは、魔力を多く消費する術だがソルには微々たる物だ。風はシラルーナに任せてある。


「ソル君ってどの魔術も使えるの?」

「いや? 力場と付与以外は簡単な物だけだな。それも魔力をデカく使ってだし。後、火はからきしだ。」

「魔方陣、使わないんだね。」

「魔人だからな、分かってる癖に。」


 簡単な理論はベルゴにも話してある。どうせ、そこから大半は推測出来る奴だ。事実、ベルゴは笑って誤魔化した。


「さて、それ以上水を垂れ流しても、砂に埋まるだけだよ?」

「おっと、足元の砂が、流れてったのか。」

「綺麗になりましたし、馬車に戻りますか?」

「真っ先に飛び込んだのは、君だったけどねぇ?」

「うっ、すいません。」


 少し落ち込んだシラルーナに、可愛い反応だねぇ? とベルゴが笑う。

 今度は照れて顔を伏せてしまったシラルーナに、ベルゴがもう少しイタズラをしようかと考えれば、ソルに叩かれた。


「あんまり遊ぶな。朝は穴蔵を移動しながらだったし、昼はしっかり食おうぜ。」

「すぐに飛ぶ。頭が痛いや。」

「じゃ、足を蹴るか?」

「暴力反対!」


 背の高いベルゴには、ソルの身長では届かない。せいぜい肩に届くくらいだ。成長期に期待である。

 馬車に戻れば、寝ていたレギンスが起き上がり、ソルを頭でつつく。出発か訪ねているのだろう。


「まだだぞ~、飯食ったらだ。」


 首筋を撫でながら言えば、レギンスは再び馬車の側で横になる。その馬車からは、シラルーナとベルゴが食材を出していた。


「野菜なんかは、冷やしててもダメになっていきますし……今日のうちに使っちゃいましょう。」

「ヤーホイ! 乾物じゃない食事!」

「犬の肉、取って来れば良かったな。」

「旨いの?」

「不味い。」


 んじゃいらないじゃん? と首を傾げたベルゴ。ソルとしては乾物でない肉が欲しいだけだった。

 朝と同じように、塩のきつい乾燥肉を、今度は野菜とお湯に入れる。煮込んでいけば簡易的なスープになる。まだ残っていたパンと合わせれば、昼食にはうってつけだ。


「ん? 風の向きが変わってる。」

「あぁ、昼になったからかな?」

「……陸の魔獣は鼻もきく奴が多いし、早めに行くか。」


 海から陸地へ、つまりソル達の方から内陸へ風が吹く。

 さっと昼食を取れば、三人は馬車に乗り込んだ。レギンスを馬車に結び、ベルゴが御者席に乗り込む。


「北かい?」

「あぁ、広くなるまで進もう。多分、人が集まりやすい所とか……安全な場所っぽい所があるとは思うから。」

「曖昧だなぁ。」


 彼等は山に沿って進む。これから寒くなるにつれ、海の魔獣は大型化する。寒い気候は大型の縄張りであることが多いからだ。

 とはいえ、魔界に近いここは暖かい方だ。冬は段々と深まるが、北上を続けても、雪を見ることさえまだ先だろう。




「やれやれ、やはり王国にはいないか。難儀だな。」


 黒い外套から雫を垂らしながら、男は言う。彼の周りは小雨が降り続けているが、百メートルも離れれば見事な晴天だ。


「ならば西か? 全ては再創造の為に……」


 彼……ヴローヒは北西に向けて歩きだす。その歩みは早い。

 後悔の悪魔と契約した彼は、悪魔の討伐者として知られる傭兵団を討つ為に、一人行動していた。

 今までの活動から西部北、もしくはケントロン王国北部を拠点としていると睨んでいたが、アナトレー連合国でも同様の事例が発見されたと言う。彼が追っていたのは、アナトレー連合国で見たというその男だ。


「盗賊団の首領、ナイフ使いの男。細身で端整な面相だが、目は狂暴……これだけで探るのは、やはり無茶だな。悪魔嫌い等、珍しい特徴にもならん。」


 目撃されたと聞いて来たが、無駄足だった様だ。狂信者の網から逃れるなど、並大抵の者では無いのは確かだ。


「アナトレー連合国のエーリシの街、ケントロン王国の南部……南の国の亡霊か? いや、三十代ならば可能性は低いな。」


 南が亡国になったのは今から三十年前だ。その頃は赤子か、生まれてさえいない。親や親族の関係では、探す手がかりにはなり得ないだろう。


「難儀だな、非常に難儀だ。」


 雨は移動する。空の涙は尽きることを知らず、地上を濡らし続ける。通った後は濡れ、その足跡は沈み続ける。彼の後悔は、今も後ろからついて来る。




「ソル君、後ろに六じゃないかなぁ?」

「三だろ?」

「五だと思いました。」

「マジか、俺の索敵って意味ある?」


 匂いを確かめるシラルーナに、ソルが少し落ち込む。流石に数が違いすぎる。

 北上を続けて、数日。山が段々と低くなり、僅かずつ内陸にずれていく。地図とは明らかに違うため、地図には最初に越えた方の山脈が描かれているのだろう。

 大規模な製図隊では、誰も越えなかったのだろう。重なっていた二つ目の山脈が、今ソル達の沿っている山脈だ。

 低くて見えなかったのかもしれない。地図も精巧なのは一つ目の山脈までだ。


「うーん、十四本の足音だと思うんだけどな。」

「一匹、犬ですよね? もう一人いるかなぁ……」

「分からん。やっぱり、気づかれないような結晶だと、さっぱりだな。」


 尾行は朝からだった。夜のうちに見つかったが、音を出して知らせる魔方陣の範囲を悟られたか?ともかくソル達が動き出してからの行動だった。

 ソルは索敵に参加するのは諦めて、結晶を霧散させる。レギンスはこんな中でも堂々と歩き続けるのだから、案外に肝が座っている。


「どうする? 殺すのも、遺恨が残る相手だと嫌なんだけど。」

「無法地帯で尾行ってさ、殺してくれって事じゃないの? 俺としてはソル君にさっとやって欲しいね。」

「何か事情とか聞いてあげれば……解決できたら、それが一番だと思います。」


 ソルは興味薄、ベルゴは安全策。シラルーナは困ったときはお互い様、と言うことだ。三人で見事に別れたが、結局は用があるなら勝手にしろ、と様子見にながれた。

 事態が動いたのは夕刻。山から魔獣が降りてきた時だった。ソルが魔力を吸い出して、失神した蛇を斬り殺した時だった。


「ようやく見つけたぞ。」

「悪魔に逆らう愚か者よ、死んでもらう。」


 四人の外套の人物と、一匹の犬が馬車を囲んで立っていた。ソルはその外套に見覚えがある。


「最近よく見るな、狂信者。」

「アゴレメノス教団を、狂人の集まりと愚弄するか!」

「落ち着け、中の人質は一人、殺しては不味い。」


 一人が松明を掲げ、他の三人は剣を握る。レギンスはまだ生かされているが、あれだけ囲まれて火まで持たれては、強行突破は難しい。


「一人?」

「惚けるなよ、愚者。すぐに武器を置いて投降しろ。」


 とりあえず火は不味い。今の馬車は乾燥はしていなくとも、表面に薄く塩がある。海が近い所為だ。風や力場では火は消せない。

 ソルは結晶で創った片刃の剣を前に投げた。見た目に反した軽い音で、それは地面に転がる。


「回収しろ。」

「了解。」


 一人が無機質な返答で剣をしまい、ソルの剣を握る。あれはアスモデウスのオモチャだな、とソルはどうでも良いことを考えた。


「いかにも悪魔を殺す剣、だな。」

「こんな世界に生きる奴等が、好む物か? なぁ? 少年。」

「悪魔をそれで殺すには、月単位いるぞ。」

「報告よりは劣化したが、年単位はかかる既存の剣よりは良かろう?」

「知るか。原罪にこっちからは手は出さないし、帰ってくれないか?」


 とにかく、黙って松明を持っている一人、あれを遠ざけたい。シラルーナの身体能力は、半獣人とは言えど少女の物。大人三人に距離を詰められては厳しいだろう。

 ベルゴも言わずもがなだ。カローズに軽くのめされていた記憶は新しい。

 ソルがすぐに対処するなら、一人が限界の距離。まさか尾行をするものが、火を持ち出すとは考えていなかった。


「帰れと言われて、君なら帰るかね?」

「間違いないな。面倒事は御免だ。」

「君がその面倒なのだよ、悪魔斬りの一団め。」

「人違いだって言ったら?」

「しつこい。」


 聞く耳を持たない彼等に、ソルは視線を外して馬車を見る。爆発しては大問題なので、すぐにでも遠ざけたいのだが。

 内心、火の粉が散らないか心配していたが、次の瞬間には問題は消えた。一陣の風が、火を消したからだ。


「なに?」

「小娘、何をし」

「多連、【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】。」


 三人は見事な身のこなしではあった。しかし、馬車に松明を近づけるよりも早く、中の人物に斬りかかる事は出来ない。

 ソルが三つの結晶を飛ばすほうが、早い訳である。咄嗟に守っても、剣越しに吹き飛ばされ、馬車は無事になる。


「無事か、シーナ。」

「はい、大丈夫です。この人達って……」

「あぁ、どうしようか……放っといてまた来られても、厄介なんだよな。」


 とりあえず、目ぼしいものは全て貰う。命をとりに来て、物ですまされるなら安い物だろう。

 犬は唸るだけなので無視だ。ここまで来るぐらいなら、何処へともなり行くだろう。最後の一人はやはり無言なだけだ。


「……あれ? この人、臭いが変ですよ。」

「ん? ……これは、なんというか。」


 黒い外套をめくった顔は、木の削られた物。見事な木目のそれは、人形の頭だ。


「どいつかが、契約者だったのかもな。」

「人形を操る、ですか?」

「まぁ、どうでもいいか。どうせ、この場所に放っとけば死ぬだろう。それよりも……」


 ソルが振り向いた先で、ベルゴが木から降りてきた。硬い表面の木は、登ってもびくともしなかったようだ。


「怖い顔しないでよ、ソル君。俺いたって邪魔でしょ?」

「そうじゃなくて、いつ逃げたんだよ。」

「ソル君、鈍チンだから気付かな冗談冗談。剣は下ろそう?」


 即行でシラルーナの背に回るベルゴ。なまじ長身なので、小柄なシラルーナの後ろでは、まるっきり隠れていないが。

 ふと、シラルーナが鼻を押さえた。ベルゴに振り返ると、その背中に回る。広くは無いが、そこにははっきりと血痕。


「やっぱり。ベルゴさん、ケガしてます?」

「なんで?」

「なんでって、血が。」

「ありゃりゃ、そんなところに。まぁ、痛くも無いし、放置放置。」


 早々と馬車に戻るベルゴ。色々と聞きたくはあったが、今は離れる方がいいだろう。騒ぎと蛇の血の臭いが、魔獣を惹き付けないとも限らない。

 彼等は、すぐにその場を後にした。

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