表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
103/201

第九十五話

 二人の兵士の対応が変わったが、誤魔化すのをやめて正直に言ったとて、余計に怪しい集団である。

 不味いとは思いつつも、今までと同じ答えを返すしか無かった。


「これは……あまり人と話すのが得意ではないので……」

「手、随分と白いね?」

「……そうですか? ありが」

「取れ。」


 二人のうち一人が、シラルーナのフードに手を伸ばす。相手の身分が低いならば、多少手荒にしても許される。シラルーナがフードを押さえた時には、頭は隠せてもその顔は隠せなかった。透き通る白い肌と髪、赤い瞳がフードの下から表れる。


「あっ。」

「白い忌み子、ね。眩しいからってのもあった訳だ。」


 不自然にならないように、日の光に眩むフリをするシラルーナ。同時に顔も隠せる。


「狂信者が嗅ぎ付けたら困るんだがな……最近ここいらじゃ変な事件も多いしね。」

「悪魔を相手にはしたくないのよ、分かるでしょ? お嬢さ」

「それは酷いなぁ?」


 すっかり追い返すムードだった二人は、あまり馬車を気にしていなかったのだろう。若干不機嫌なベルゴが、上から頭をひっ捕まえるまで気づかなかったのだから。

 別に力が強かったり体が大きかったりする訳でも無いが、音も気配も無く頭を鷲掴みにされては、流石の兵士も驚く。それでも、すぐに手を払うくらいには平静だった。


「市民の安全を考える事の、何が酷い行為かね?」

「変な事件が狂信者や悪魔のモノなら、もう手遅れだし? 白い忌み子が、単純に嫌いなだけでしょ? それにこんな夕暮れに平野に引き返せってのもあんまりだ。」

「見ず知らずの君の都合と、市民数千の安全。我等に大切なのは仕事と家族と友人だ。ピリピリしている中で、僅かな不穏分子も招きたくは無い。すまないが、引き返さないか?」


 正面から睨みあった二人だが、やがてベルゴが折れた。


「やっ、もっともだ。でも俺達は明日の朝には西に行く。一晩、ひっそりと居るだけで暴動になるかな?」

「一晩か……しかしだね。」

「あの、手……薬草の匂いですよね?」


 悩み始めた兵士の横で、シラルーナは後ろに立つ兵士を見る。


「ご家族、病気なのですか?」

「……そうです。」


 若い兵士はそれだけ答えた後、黙る。つい答えてしまったが、その顔には失敗した、と表れていた。


「自分で取りに行くくらいには、余裕が無いと……ふむふむ。」

「それが関係ありますか?」


 喧嘩でも売っている様なベルゴの態度に、若い兵士が噛みつく。もう一人に諌められたが、その目はベルゴを離さない。


「すいません。でも、それなら少しばかり人助けを、ね? 俺、宝石商ですから。」

「それが病気とどういう」


 兵士の言葉を遮り、ベルゴは彼に大ぶりのエメラルドを手渡す。目を見開く二人に畳み掛けるように、彼は言い放った。


「はいこれ、役立てて下さい。その代わりに一晩だけ泊めて、後は西に行かせてくれますか?」




 夜の街。最後の一団が入り、国境の街は門を閉じる。これからの時間帯、ここは強固な砦としての顔を見せる。


「もー、ソル君てば俺に丸投げしないでよねぇ。あの二人、賄賂で動くタイプでもないじゃーん。」

「シーナが気付いてたろ、あの手。ケントロン王国じゃ、医薬品はかなり売りにでてんだから、買わないのはおかしいだろ。あの薬草の効能、結構バカに出来ない部類だし。」


 街中をゆったりと馬車で歩きながら、宿を探す三人。道すがらに食料は購入出来ていた。


「ちなみに、どんなの?」

「脇腹に穴が空いても助かる程、血液を作るのと雑菌を殺す。」

「君はどんな経験してるの……?」

「シーナだぞ?」

「嘘ぉっ!?」


 勢い良く振り返るベルゴに、シラルーナは手を振って否定する。


「あれはソルさんが止血してくれたのと、御師匠様の魔術もあってですね。」

「いや、まず穴が開くってなにさ……」

「あっ、あの宿ですよね? ほら聞いた宿と名前一緒ですよ!」


 引き気味のベルゴの声に被せて、シラルーナが指差すのは少しボロい宿。確かに目立たないだろうが、事件云々を聞かされた後に泊まる宿だろうか?


「ほぇ~、崩れそう。」

「ド失礼だな。まぁ分かるけどさ。」

「まぁ事件だのなんだのは西に集中してるみたいだし、街中は大丈夫でしょ。」

「東にもあんだから、ここは真っ只中だ。多分、狂信者の類いだろ。」

「不安でしか無い~。」


 とはいえ、本当に狂信者なら彼達もあまり目立っては不味いだろう。ただでさえ、王都で大粛正が行われたばかりだ。人攫いはリスクが高い。

 今は白い忌み子も魔人の必須条件では無く、憑代も露骨に欲していると魔人化の実験に誘われる。成功例があるとは言え、あまり嬉しくは無いのが、悪魔達の心情だ。アルスィアからその辺りを聞いたソルは、そこまで心配はしていなかった。自分自身も、アスモデウス以外に執着された覚えも無い。


「とりあえず、部屋空いてるか聞いてこようか。俺だけだと不味いし、全員で行こう。」


 確かに今のソルは、紫のコートにフードを深く被っている。おまけに右手だけグローブ、そして肩当てや脛の鎧。

 しかし、ベルゴは全員で行く、という部分で首を傾げた。


「なんで?」

「もしもの話をすると。俺以外、契約者相手に出来るか?」

「なるほど、君だけの行動がダメで、君抜きの行動もダメと。いやぁ、愛されてるぅ~。」

「お前が単独で行くか? 部屋取ってこいよ。」

「皆で行こう? 仲良くね?」


 とはいえ、流石にレギンスは外で待機だ。何処かに行くことも無ければ、持ち主が近いと分かる、あからさまな位置の馬車を襲う盗人もいないだろう。


「ヤッホー、夜分にすんません!」

「……何部屋?」

「わぉ、超クールだね。何部屋ぁ?」

「三あれば、値段にもよるけど。一部屋は?」


 ソルが尋ねれば、壮年の男性は五つ指を立てて答える。


「それ、少し高過ぎじゃないか?」

「一つ桁を下げろ。」

「三部屋で。」


 すぐに硬貨を渡したソルに、男性は鍵を三つ渡してくる。こんなボロでも鍵がある辺り、やはり街なのだと変な感心をする。

 レギンスと馬車を裏の空き地に連れ、二階の部屋に上る三人。


「って、これは鍵の意味……」

「まぁ、在室の目印にはなる……かぁ?」


 ほとんど外れかけた扉、サイズが細く明らかに開閉自由な扉、その他諸々。

 鍵の意味が無い、あげく部屋の家具も少ない。法外に格安なのも納得だ。


「これ、室内とはいうけどさ。土の上と変わらねぇな……」

「まぁ、寒くは無いよね。すきま風は隣の建物が防いでくれてるし。この部屋じゃなくて……」

「一晩だけですし、しょうがないですよ。せめて水でもいいから、体拭ければ良いけど……」


 少しはゆっくりと出来ると期待した分、落胆は大きいが宿は宿である。人目があり、ある程度は安全なのは事実だ。街中の路上と、同じレベルだとしても。

 三人はそれぞれの部屋で、ベッドに身を沈めて休んだ。馬車の中や地面よりはマシだった、とだけ追記しておく。




 朝、三人は起きるが早いか宿を出て、西の門に向かう。並ぶのを避ける為だったが、西の門には驚く程に人がいない。


「あれ、いないもんだな。」

「だから、言ったじゃない……ふあぁーあ。好き好んで西に行くのは少ないって。それも南下してから。」

「まぁ、この街にも用は無いし、早く出て悪いことは無いか。」

「そうだけどさぁ……俺は惰眠を貪る為に生きていたい……」

「ダメ人間め。」


 門のそばまで来たところで、ソルは影に溶けて隠れる。ベルゴが御者席に、通行許可証と騎士団長の勲章を準備する。


「うん、緑髪の青年、ね。フードの少女は?」

「あり? 俺ってば有名人かな?」

「恩師に頼まれてね、早めに出ていくなら手を貸してやれとさ。一応、荷台は改めさせてよ。人拐いや盗賊って疑うのが仕事なんだ。」

「違うって証拠、ちゃんと見つけてねぇ?」


 手薄な荷物は、主に食料品だ。それ以外には僅かな紙に、布等。魔獣の素材は既に切れ、魔炭の木や薬草が少し転がっている程。

 シラルーナと、彼女の抱えている魔導書は、荷物のように寝ているが荷物では無い。


「なんというか……まじで大丈夫かね? 死ぬなよ?」

「大丈夫じゃないかな? ほら、資金はあるからさ。」


 あまりにも隠す場所が無い、少ない荷物のしたから、大きめの袋を取り出す。そこには大粒の宝石がボロボロと出てくる。


「おぉ!? こりゃまた……なるほど、宝石商で納得せざるを得ないわな。」

「通って良いかな?」

「許可証ね、はいは……い!? 勲章まで? あんた何者……」

「あぁ、道中もこれ見せびらかせてたら、早かったかな?」

「狙われて死ぬぞ……へぇへぇ、なんも聞かないよ。早く行きやれ、緑のあんちゃん。」


 門を開けて馬車を通す兵士に、手を振りながらベルゴは馬車を進めた。少し不機嫌そうな鼻息を鳴らし、レギンスが歩を進める。

 過ぎた門はすぐに閉じられた。西は危険が多いため、できる限り閉めておくのだろう。


「ふぅ、後は少し離れれば、魔術に魔法で楽し放題?」

「そうでもないだろ。」

「わぉ、ソル君ったら急に喋んないでよ、驚くからさぁ。」


 リアクションは小さくするものの、明らかに大袈裟に驚くベルゴに、若干苛立ちながらソルは後ろを見る。

 段々と遠くなる砦が、ケントロン王国の端。マモン、アルスィア、拒絶の魔人、偽善の悪魔。良いと言いきれない縁が多かった国だ。


「すぐに楽したがる同行者が増えたしな……」

「でも結構やるっしょ? 俺。」

「金食い虫でさえ無ければな。」

「……ん? 今、遠回しに褒められた?」


 困惑したベルゴに、前向き過ぎなんだよ、と呟いて魔術をとく。一息入れて空を見上げれば、澄んだ青。憎らしいくらいの晴れ間が照らす西の大地は、その景色が急速に荒廃へと変わって行く。


「魔獣と悪魔の入り乱れる土地、か。アナトレーよりも酷いのかな。」

「そりゃ、比べ物にならないでしょ。東は魔獣も悪魔も細く北上するしか無いし。」

「獣人が広がって生活してるしな……はぁ、荒れそうだ。」


 分かりきっていた事だが、自分の目と肌で体感すれば、理解は実感になる。

 知らず知らずのうちに、ソルは握り込んでいた拳をとく。その手を寝ているシラルーナの頭に乗せれば、耳がそれに反応するのがフード越しにも伝わった。

 少なくとも、魔界で独りってのよりはマシだな。ソルはこの西の大地において、少女の夢見た無敗の英雄でいる事を、決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ