表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
101/200

第九十三話

 夜の闇に、火の粉が散る。焚き火をつついて形を整え、終わればソルは枝を放り棄てた。


「これで魔獣は来ない筈だ。火、消すなよ。」

「普通、野宿は火を消さない方が、危ないんだけどねぇ。魔術師って常識無いなぁ。」

「通じないだけで、無くはないだろ。」


 ソルが言い返しながら、少し火から離れる。丸太に座り、残りの魔炭の木を探す。


「少なくなってきたな……西には自生してるといいけど。」

「してるんじゃないですか? マナや魔力の濃度が低くても、生えていましたし。」

「まぁ、空気中に魔力が満ちてるのなんて魔界だけだし……西側が砂漠って話も聞かないしな。」

「西には海があるよー。その木って潮風は大丈夫なの?」


 ベルゴが尋ねればソルは首を傾げる。


「潮風?」

「うん、海の風。少し塩が混ざってるんだよねぇ。」

「塩……そっか、海には塩があるんだったか。」

「あぁ、そういえば、二人は内陸出身だね。東の方は海がないもんね。俺は何度も行ってるよ、羨ましい?」

「特には。」

「これぞまさしく塩対応!」

「……」


 面倒くさくなってきたベルゴは無視し、ソルは地図を広げる。昼間とは違う点が多い夜だから、ある程度の場所が分かりそうだったからだ。

 例えば星空、それに飛んでも人や魔獣にバレにくい。方角を星で確認すると、ソルは空に飛んで辺りを見回してみる。この暗闇では遠くの山さえ危ういが、人がいれば明かりはある。


「……うん? 火が出てる。家が燃えてるよな、あの大きさは。」


 夕飯が遅ければ、今の時間で火が出る恐れはある。少なくとも、人がおらずに立つ物では無い。

 火がある所は、悪魔か人間がいるしかない。逆に、他の生物や自然現象で発火するのを、ソルは見たことは無い。火山という物が噴火する事を、本で読んだ程度だ。


「ソルさん、何か見つかりましたか?」

「燃えてる。多分、民家だな。」

「大丈夫でしょうか……」

「さぁ。でも、人がいるのは確かだから……多分、今はここかここ辺りかな。」


 ソルは地図をベルゴに見せながら、場所を指し示した。そこを村と過程した場合だが、燃えるような家を魔獣の出る地に建てる以上、ある程度の集団かつ裕福では無いだろう。


「ふーん、じゃあ明日くらいには、砦に行けるかな?」

「多分な。少し強行軍になるけど……ん?」

「冷たいっ。」

「わぉ、雨だねぇ。」

「てことは雨乞いとかだったか? あれ。」

「悪魔に頼んでたりして。」

「あの距離に悪魔とか、冗談でも止めてくれ。」


 雨乞いで確実に雨が降る保証は無いが、雨乞いには大きな火を使うことが多い。上昇気流や雲の原理からくるが、それは今は関係ない。

 ソルは顔をしかめながら、馬車に結晶で支柱を作る。蝋を塗った布を被せれば、簡易的ではあるが雨宿りが出来る。


「用意良いねぇ。」

「西は雨も多いらしいからな。シーナが作ってたんだよ。」

「私は塗っただけですけどね。」


 いくら魔術を使えても、シラルーナには下準備も設備も無くして、馬車を一つ囲う布は作れない。

 三人で馬車に入り、ソルがランタンに火を灯す。焚き火が消えて暗くなった辺りが、その光に照らされる。


「結構、本格的に降り始めたね。」

「準備する間にも濡れたな……寒い。」


 コートを脱げば、半袖なソル。段々日の沈みも早くなった季節には、会わない格好だ。

 しかし、真に悲惨なのは二人だ。シラルーナは厚手なローブとはいえ、水を吸っているため重く冷たい。ベルゴにいたっては、ろくな防寒着さえ来ていない。

 上着という訳でもないので、脱ぐに脱げないのだ。


「魔術師の妙技は、今こそじゃない?」

「俺は、炎の系統はからっきしだ。こんな雨の中、細かい調整は無理だ。」

「風では、少し寒いですけど……やりますか?」


 ガタガタ震えながらだが、少しずつ水気を飛ばしてシラルーナが言う。

 余計冷えそうだったため、ベルゴは遠慮しておいた。


「ランタンの熱、少し吸収した結晶でいいなら、ここにあるぞ。」

「「ください!」」

「ちっこいぞ?」


 吸収をやめた結晶は、炎の熱により若干暖かい。二人はそれを手で包んだり、顔に当てて暖を取る。


「ソル君、良く平気だねぇ。」

「自分になら付与出来るからな、寒さ対策を少し。濡れてないから少し寒い程度でな。」

「い、いつのまに……それ俺には?」

「自分にならって言ったろ?」

「うぅ、私も中に来ておけば良かった。」

「俺のコートって、鎧の役目もあるからな?」


 シラルーナのローブは、旅装束かつ普段着の側面が強い。ソルのコートとは用途が違う。


「そういえば、馬は良いの?」

「アイツは勝手に木の下にでも行ってるさ。濡れたくらいで体調崩さねぇよ、魔界さえ往復する奴だ。」

「君のおじいちゃん、本当に人間?」

「多分な。」


 オークションの度に魔界を走ったレギンスが、ただの馬とは言いづらい。どしゃ降り程度なら、問題ないようだ……今から思えば、魔獣なのでは? とさえ思える。魔界の空気を耐えるのだから。

 風で湿気を外に出しながら、三人が眠る準備を始めた時だった。唐突にシラルーナが、フードをとって耳を出す。


「……足音?」

「えっ? 聞こえるか?」

「さぁ? 俺にはさっぱりだよん。」


 三人が僅かに警戒した時、唐突に馬車の中に雨がなだれ込む。


「うおっ!?」

「「風纏い」!」


 ソルが正面から水を受け、シラルーナは全員に高圧の風を纏わせる。それは水を弾くが、代わりに馬車は水浸しだ。

 堪らず三人が外に飛び出せば、そこには外套の男が一人。ソルには見覚えのある仮面を身につけている。


「……発見。少し離れているが、支障無し。」

「狂信者!? なんだってこんな所に!」


 ソルが【具現結晶・武装クリスタライズ・アームド】によって臨戦態勢に入れば、狂信者はナイフを片手に迫る。

 慣れない小物の刃に、ソルは戸惑いながらも剣を合わせる。雨で滑る地面を物ともせずに、狂信者は一気に畳み掛けた。


「「爆風」!」


 巻きおこった突風は、ソルと狂信者の狭間。吹き飛ばされた両者だが、ソルが「飛翔」で持ち直す方が早かった。

 着地した狂信者が再び走り出す頃には、ソルの両側に結晶が二つ、穂先を向けて浮いている。


「【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】。」

「っ!」


 地面を穿つ結晶。身を投げ出して回避した狂信者は、泥の中を転がり立ち上がる。すぐに走り出した先は、風を起こしたシラルーナだ。

 本を広げ、戦況を観察していたシラルーナは、此方に走る狂信者に冷静に魔術を放つ。高圧の空気が素早く飛び、狂信者を押し倒す。


「……見事。」


 一声称賛したかと思えば、狂信者は後ろに倒れる勢いをそのままに、後ろへと一回転する。迫っていたソルの結晶をナイフで弾き、二人ともから距離を取る。


「誤解の様だ、武器を下ろせ。」

「断る、お前達みたいな訳の分からん奴らに従う気は無い。」

「訳の分からん……? ふむ、誤解でも無いか。ならば消えて貰う。」


 男が手を掲げれば、夜空を覆う雲は更に分厚くなり、滝とも思える豪雨になる。


「のわっ!? 前が見えねぇ!」

「ソルさん、ベルゴさん! 居ますか!」

「何々、何だよもう!」


 水が地面と己を叩く音、白い霧の様な雨、水に濡れた土の匂い、冷たい水滴。

 およそ辺りなど把握できない、暴力的な雨だ。かろうじて聞こえる声を頼りに、三人が合流したのは、奇跡的にも馬車の側だった。

 三人が慌てて入り込むと、バシャリと音がする。


「げっ、水が溜まってる。」

「荷物が全滅だね、これ。」

「乾かせば使えますかね……?」


 馬車の中にも横殴りの雨が降り込み、最早乾かすといった行為は意味をなさないだろう。

 少しして、外から水を掻き分ける音が聞こえた。馬車の縁から、レギンスが顔を出す。


「おっ、無事だったか。よしよし。」

「あっあ~……ソル君、それどころでも無いみたいよ?」

「ん? おい、水が……!」


 レギンスの足は全て水面の下。この平地で、地面が水に沈み始めているのだ。勿論、馬車も既に底板まで浸水し、段々と足元から水が染み出してきた。


「ソルさん、どうします?」

「ここまでの量とは思わなかったな……まだ降ってるし。」

「離脱しようにも、これじゃ走れないねぇ。」

「仕方ない。目立つかもしれないけど、飛ぶぞ。捕まってろよ!」


 ソルがその両目を紅く染め、右目からは魔力さえも吹き出す。馬車とその荷台に【具現結晶・固定】をかける。

 辺りは滝さえぬるい大豪雨。そこから離脱する出力は……


「【精神の力(プネマ・ズィナミ)】!!」

「うおわあぁぁぁぁーーー!!」


 捕まり損ねたベルゴが絶叫し、咄嗟に端に捕まる。レギンスは結晶に包まれ、馬車と一緒に飛ばされる。

 まるでバットに打たれた様に飛んでいく馬車は、固定されていなければバラバラではすまないだろう。魔力を消費しやすい力場を低魔力で運用するため、働く力が面ではなく点だからだ。


「ぶはっ! 抜けた!」

「舌噛んだよ……」

「あの……ソルさん、この馬車って……」

「ん? あぁ、落ちるよ?」

「えっ?」


 一瞬の浮遊感。そこからは落下。シラルーナは目を開ける事さえしない。


「着地も俺か……「飛翔」!」


 緩やかに減速していく馬車は、地面に派手に落ちると数回バウンドして止まる。【具現結晶・固定】のおかげで壊れはしなかったが、着地の衝撃は直接響いた。


「し、死ぬかと思った……」

「ソルさん、せめて一言……」

「悪かったよ。」


 痛む腰を擦りながら、ソルに抗議する二人の視線を避けて、ソルは飛んできた方向に目を向けた。

 そこは外から見れば、巨大な水の柱のようだった。一ヶ所にあれだけの雨が降るのは、境もはっきりしており、異常でしか無い。


「魔法……に近いけど少し違ったな。悪魔憑きかな?」

「悪魔って、契約者から離れるんですか?」

「基本的に気紛れだからな、契約って。代償で欲しいものを得たり、単純な遊びだったり……狂信者なら礼ってのもあるかも。」


 なんにせよ、僻地とはいえ、まだここは魔獣さえ見たこと無い人もいるケントロン王国内部だ。そんな所に契約者がでばってくるということは、それだけ活動範囲が近づいたと言うこと。


「魔界、絶対広がってんな。西も無事だと良いけど。」

「とりあえず休もう。俺はもう動く気が無い。」


 至極真面目な顔で言い放ち、本当にその場で突っ伏した濡れ鼠のベルゴ。ソルはレギンスを馬車に繋ぐと、彼を馬車に放り込んだ。


「レギンス、アイツと少し離れたいから、もう少し頼むな。」


 唸って返事をして、レギンスは歩き出す。簡単に身を隠せそうな場所を探して、三人と一匹の馬車は動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ