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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
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第九十二話

 業、剛、豪。

 辺りを照らすは赤い炎。ただただ、破壊的な熱量を秘めた消えない炎だ。


「またやっているのですか?」

「……アスモデウスか。久しぶりだな。」

「久しぶりですねぇ。ところで今回は何を?」

「無情の奴だ。水飛沫が鬱陶しいかったからな。」

「あまり派手に喰わないで下さいね。まぁ、せねば消える定めなのは、同情しますがねぇ。」


 アスモデウスが光の球を浮かべ、薄暗い室内を照らした。そこはアスモデウスの研究室だ。


「そんな事より、それはなんだ。」

「それ、とは?」

「何故今になって、過去の実験体の資料を?」

「あぁ、これですか……いえ、モナクスタロを棄てたのは失敗だったと、後悔したのですよ。あれは逸材だった、いえ逸材になって当たり前だったのかも。」

「……No.7705か。そういえば、何故あんなに小さな村をお前が監視していた? 無駄な事はしないと思っていたが。」


 あの村を焼いたのは、名も無き頃のアラストールだ。その規模は良く知っている。


「監視していた訳ではありませんよ。偶々、貴方を追っていたのです。頼みがありましてね。」

「その後の街か?」

「えぇ、貴方が最も力のある協力者でしたから。しかし、あの村、何かあったのは……確かでしょう。モナクスタロに付与は無く、結晶を魔力に戻す力は異質過ぎる。不可逆変化が起こっている。人間に持ち得る力ではありませんよ。」


 魔法に周囲を巻き込む事で、吸収は説明がつく。事実、アラストールの炎はその典型的な物だ。しかし、それ以外の付与は人の物だ。

 拡散も【具現結晶】の強度を考えれば、少し不自然だ。それ以上無い程、独つに削ぎ落とした結晶はそこから分かれない。その強度の物が拡散する事は、アスモデウスには引っ掛かる。


「つまり、No.7705は言うとおりの付与をしていないと?」

「もしくは本人にも自覚が無い……か。楽しいでしょう?」

「……厄介なのに、目を付けられているな、あいつも。」

「厄介とは失敬ですねぇ。」


 自覚はあるのか、アスモデウスは少し笑うだけだ。

 そんなアスモデウスに、アラストールは少し寒気を感じながら部屋を出る。


「もう帰るのですか?」

「お前の研究には興味が無い。あるのは、力と復讐心だけだ。今回は役に立ちはしないだろう?」

「そうですねぇ……貴方には、そうかも知れませんが。」


 アラストールが慣れぬ翼を歪に開いていく。痙攣するかの様な動きで炎の様な翼が広がると、アラストールは羽ばたく。


「行くのなら、ケントロン王国の中央は辞めた方が良いですよ。」

「何故だ?」

「マモンが暴れた後です。」

「アイツか! 生きていたとはな、また燃やしてやろう。」

「消えました。」


 炎の様な髪が逆巻いたアラストールに、アスモデウスは静かに告げた。

 一拍おいて、アラストールの炎が安定する。そのまま振り返るアラストールが、壊れた様に呟いた。


「消えた……? あれを消せるのは、【暴食(ガストリマルギア)】の特性を継いだ俺くらいの物だと思っていたが?」

「大した自惚れ……でも無いのが恐ろしいですね。事実あれは原罪の中でも、ベルゼブブとベルフェゴール、そして我等が王が消せる程でしょうか?」

「半分だな。」

「相性、という物がありましてね。ベルフェゴールもどうでしょう……私も把握しきれてはいませんから、可能性ですね。」


 若干ウザい悪魔を思い出し、アラストールは顔をしかめた。そんな事はどうでもいいと、頭を切り替えて問う。


「結局、消えたのは確かか?」

「えぇ、流石に協力者達が全滅しては、私も知りようがありませんねぇ。偽善の悪魔が数年前から居るようでしたが……違うでしょうね。」

「危険、か。それに、どうせ滅ぶ寸前、旨味も少なそうだしな。」


 助かった、とだけいえば、アラストールは滑空に近い飛行で飛び出した。アスモデウスはそれを見届けると、手元の資料を探る。


「魔人の記憶は、互いが喰い合い穴もある……そこに、何かあるのでしょうね。」


 彼の目は紅く輝き、獲物を追う狩人の様。魔方陣と魔術について、と書かれた資料には、ソルの事も乗っている。まずは知る、そして考える。彼は、己の成すべき事を知っていた。




「バカ! それじゃ追い付かれる!」

「んじゃ、どっち行くのさ!」

「あっち、水の匂いがします!」

「湖か! よし、そっち!」


 大量の魔獣に追いかけられている三人が、馬車の上で騒ぐ。レギンスは大量の強化をかけられ、今までに無い走りを見せていた。

 魔獣等、今のソルには簡単に蹂躙できるが、いかんせんデカイ痕跡は残したく無い。ケントロン王国では、魔術師の二人は追われる身。

 あまりにも広大なケントロン王国は、その国民も多い。長い歴史は技術と知識を生み、それが下層の人間にも行き渡って行くのに役立っていた。つまり、国を出るまで油断は出来ないのだ。


「湖でどうすんのさ! 飛んで逃げようよ!」

「渡るんだよ、上をな!」


 飛ぶのにも結晶がいる。生き物の本能の様な意思が、他人の魔力を抵抗するように魔力を動かすからだ。

 そして重さを乗せた大きな結晶を、長くは飛ばせない。やがて追い付かれるだけだ。


「見えた……広っ!」

「好都合だろ! 【具現結晶・固定クリスタライズ・ロック】!」


 ソルが水を固めては戻していく。「飛翔」も併用すれば、さながら水上を走る馬車である……戸惑うことなく走り続けたレギンスにも驚きだが。


「なるほど、向こうは大回りな訳か。」

「水を泳ぐ種類はいなかったからな。はぁ、疲れた。」


 湖を渡り終えれば、すぐに林となったが、あまり密集してはいない。魔術の補助があれば、十分に抜けられる。


「もう追って来てないと思います。」

「半分とはいえ、ちゃんと獣人だねぇ。鼻と耳かな?」

「あんまり、見られるのは好きじゃ無いんですけど……」

「あらら、失敬。」


 前に向き直ったベルゴが、林を抜けるのを確認する。その先はまた平地、人里も道も見られない。

 ソルの外見は怪しく、完璧に隠せたとは言いにくい。おかげでここ数日は見慣れた光景だ。


「ねぇ、今どれくらい?」

「あー? えっと、地図はと……あった。で、ここ何処だ?」

「知らないよ……」


 流石に誇るだけあって、ケントロンの地図は精巧だった。しかし、なんの目印も無いのに分かる程でも無い。


「どっか村に行って……あれ? 次どっち行けば村だ?」

「え?」

「しくじったなぁ……方向確認くらい、しとけば良かった。」

「そりゃ無いよぉ……俺の甘味が遠ざかる……」

「宝石で買える菓子は無ぇぞ。」


 避けることばかりに注意していた為に、軽く遭難だ。もっとも、目指すのは西に変わらない為、太陽があれば大まかには分かるが。南北には、そうずれていないはずだ。


「まぁ暫く行こうぜ。どうせ王国から西に行くとこは、視認できる距離ごとに砦くらいあるって。」

「そこでも、これか……地方にも届く権威、結構偉い人の助けがあったもんだね。」

「俺、人の運はあるからな。悪魔にも良く会っちまうけど。」


 ベルゴが、通行許可証を振りながらソルに言う。ソルは紙に触媒を溶かした塗料を塗りながら生返事をした。

 揺れる馬車の中の事だからか、ソルは「飛翔」で紙も塗料も筆も浮かしている。同時に器用に動かしているが、シラルーナには一つでもかなり難しい事だと分かる。

 表情からベルゴにも伝わったのか、渋い顔を作った。


「そんな事してんなら、飛ばしてくれれば良いのに。」

「難問だって、慣れれば書き写しと同じだろ? あんまり疲れないんだよ。重いものを動かす出力は魔力使うから、慣れてても疲れる。」

「ケチ~。」

「書き写しで覚えるのは、どうかと思いますけど……」


 日常的に「飛翔」で物を動かすソルは、体力を若干犠牲にしたかもしれないが操作が巧みだ。

 それはともかく、ベルゴはダメだと悟って諦めたのか、ソルの書いている魔方陣に視線を移す。


「それは?」

「お前、さっきから暇なのか?」

「冷たい対応だなぁ。このイケズぅ~。」

「あっ?」

「ごめんなさい。」


 引き際は鮮やかだが、端から挑発しなければとも思う。代わりにシラルーナに尋ねれば、彼女は知っていた様だ。


「多分、【具現結晶】を魔術に落とし込もうとしてるですよ。」

「固有魔法を? 確か魔術って魔法を展開したら出てくる模様を、紙とかに写し取るんだよね? 固有のって、自然物じゃなくて感情経由の現象の魔法でしょ? 複雑じゃない?」

「無駄な所を省いて、形だけでもと思ってる見たいです。応用出来そうな部分は、規格化した魔術にはいらないですから。」


 それなら新しい魔方陣を作った方が、複雑化せずに魔力伝達が良いらしい。悪魔並みに魔力を使えない前提なので、それで良いのだ。

 そんな説明を段階分けてするシラルーナを、ベルゴは改めてまじまじと見た。


「シラちゃんって、何歳?」

「えっ? えっと……多分、十四くらいです、けど。」

「うーん、年の割にはしっかりしてるねぇ。良く分かってるし、考えてる。だから分かりやすい。」

「あ、ありがとうございます。」


 少し戸惑いながらも、嬉しそうに笑う彼女。素直な所と分かりやすい所は、少し幼ささえ感じさせ、ベルゴは笑みをこぼした。


「口説くな、怠け男。」

「怠けてないだろ~、働いてますぅ~。」

「無職が座ってるだけだろ、平地でレギンスに指示は要らないんだから。」

「バレてたか。」


 ソルが魔方陣に魔力を流しながら、写し取った魔法を魔術にしていく。少しずつ、薄く紫に縁取られた透明な魔力が出ていき、結晶の形を作る。

 が、すぐにそれは崩れた。ソルが魔力の供給を止めたのだ。


「ダメだな、まだ無駄が多いし形に出来ない。さっき消したのは……あぁ、この部分、もしかして固定を維持する所か?」

「無いとどうなるの?」

「魔力が垂れ流される。固めてるとは言えないな……」

「なんで、そんなの作るのさ? 君には【具現結晶】があるのに。」


 不思議そうなベルゴに、ソルは簡潔に答えた。


「金になるだろ?」

「世知辛いねぇ……」

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