“怪物”へ改造された転移者の復讐譚 〜始まりの物語〜
「いや、本当に頑丈だねぇ。いい、実にいいっ! これだけやって壊れない素材というのは貴重だからね、君にはもっと役に立ってもらうよ」
忌々しいクズの声は、今日も鳴り止まない。
全身が痛くて堪らない。
手、腕、脚、胸、内蔵、首、そして頭、凡そ全ての身体を構成するパーツを勝手に実験台にされて、今の僕は以前の僕ではなくなった。
「普通なら魔石を一部位にでも移植すれば、肉体が持たずに精神も崩壊して化物になってしまっていたのに……これも君が召喚者の端くれだからかね? まぁ、私は研究が出来ればそんなことはどうでもいいのだがね」
そう、僕はこの国に召喚された人間の一人だ。
他にも同じクラスの人が召喚されているが、彼らとはもう会うことはないだろう。
僕は既に、いないものとして扱われているのだから。
「ミツキくん、痛いだろうによく粘るねぇ。私は嬉しいよ、素材は大切に使いたいからね」
「……だま、れ、アドミ、ス……」
「君の苦しげな声を聞くのが楽しいのだから、私は喋るのをやめないよ?」
纏わりつくような気持ちの悪い声で、心底楽しいと言わんばかりに悪辣な笑みを浮かべる男ーーアドミス。
こいつが、僕を僕ではない化物に変えた。
この世界での僕は召喚者の中でも特に弱い部類だったため、“使えない”と判断されて、研究の実験体にされたのだ。
初めはとある薬の効果を確かめるものだった。
アドミスは新型の霊薬だと言っていたが、それを投薬された結果、僕の身体は女になってしまったのだ。
人体が作り替えられる痛みに悶絶し、嘆き、絶望した僕とは裏腹に、アドミスはいいデータが取れたと非常に喜んでいたのを覚えている。
その後は身体のパーツに魔石を埋め込まれ、僕は化物へと変貌していった。
魔石は魔物の核となっている石のことだが、それを人間に移植すると、元になった魔物の特性を得ることが出来るらしい。
内蔵はディンダロス、片眼は時見鳥、腕はクラーケン、脚は……と、様々な魔石が使われている。
中には貴重なものもあるらしいが、僕が普通の人間よりも壊れにくいというのと、この世界に来た時に手に入れてしまった【自然治癒】という力が原因だった。
これのせいで僕は無理な研究にも耐えられてしまい、身体を弄ばれているのだ。
「……ぜったいに、お前を、ゆるさない……っ!」
僕の心は、こいつに実験体にされる間に黒く染まってしまった。
それこそ倫理観が吹き飛んで、今すぐにでも殺してしまいたいくらいに。
しかし、それは叶わない。
手術台という名の鳥籠に磔にされて、研究とは名ばかりの拷問じみた行為で弄ばれる。
どれだけ身を焦がす憎しみが渦巻こうと、身体がバラバラになるような激痛に苛まれても。
次々に変わっていく僕という存在は、いつ崩壊するかわからない。
すぐかもしれないし、一日後、一週間後、はたまた一年後かもしれないという恐怖が、常に付き纏う。
「アハハっ、誰がどう許さないのか是非教えて貰いたいものだねぇ!」
耳障りな高笑いが始まって、同時に身体にメスが入れられる。
麻酔なんてものはなく、皮を、肉を切る度に痛みが駆け巡り、赤い飛沫が舞う。
そしてーー暗転。
「あぁ、壊れちゃったかな? とはいえ、一人から取れる情報としては格別だったし、よしとするかねぇ」
虚ろな瞳のミツキを見下ろしながら、平常運転の調子で取れたデータを書き込んでいく。
そこに同情や憐憫といった感情はなく、大切にしていた宝物が壊れてしまったという後悔だけが僅かに滲むだけだった。
「コレも捨ててこないとねぇ。出来れば手元に残しておきたい傑作だけれど、それをすると怒られてしまうからねぇ」
見納めとばかりに頭から爪先までを舐めるように眺めて、クツクツと笑う。
実際、これほどの素体で実験をすることは難しいし、何よりここまで耐えられる精神を持った人間自体が珍しいのだ。
ミツキは召喚者という性質上、身体が他の人間よりは丈夫ではあったが、まさか精神まで同じくらいの強さを誇っているとは想像してもいなかった。
それだけに、非常に残念なことになってしまった、とアドミスは悔やんでいた。
が、それも後の祭りであって、もうコレは廃棄処分するしかない。
「また召喚者で実験させて貰えないかねぇ。……交渉すればどうにかなったりするかねぇ」
少しだけ新しいおもちゃが手に入るかも、と希望を抱きながら、アドミスはミツキの身体をいつものように転送装置で送り出した。
黒雲が天を覆い、光が届かない空模様。
そこへ新たな来訪者が、虚空より姿を現した。
一糸纏わぬその身体には縫合された痕跡が至る所に存在しているものの、傷自体は見受けられない。
しかし意識というものをどこかへ忘れてきたかのように、その者の身体は微動だにせず自由落下を続けていた。
ヒュウ、と風切り音を鳴らしながら落ちる速度は緩むことはない。
数秒後、身体が赤茶けた地面と接触しーー轟音。
土煙が舞い、砕けた地面の破片が高速で周囲に撒き散らされる。
その衝撃で目が覚めたのか、「かはっ」と息を漏らし、吐血。
鮮やかな赤が地面を彩るが、それ以上の傷は見当たらなかった。
あれだけの速度で地面に激突したのに、だ。
それどころか既に衝突時の傷は回復しているようで、そこに着いたままの赤い跡だけが痛々しい。
「……こ、こは」
状況が上手く把握出来ていないが、朧げには覚えていた。
アドミスのクソみたいな実験に耐えれなくなった僕は精神を壊してしまい、廃棄処分にされてこの世界のどこかへと転送された。
その結果がーーこの惨状だろう。
「生き、てる」
力の入らない手を握ったり開いたりして、自分がまだ生きていることに安堵すると共に、消しされない憎悪が湧き上がる。
生きているなら、僕は、アイツを、殺せる。
それだけが唯一の救いだった。
「……でも、ここどこだろ」
辺りに見知ったものはなく、どこか不気味さを感じる場所なのだろうが、あの研究室よりはどう考えてもマシだ。
そんなことを考えていると、僕の鋭敏化された感覚に何かを感じ取った。
かなり近いと判断して、その方向を向くと、そこには一人の少女がいた。
闇を纏ったようなゴシックドレスの金髪碧眼の美少女だ。
ややあどけなさの残る顔立ちながら、感じる威圧感は半端ではなかった。
思わず全身が硬直し、視線が離せなくなる。
彼女が一歩、また一歩と近づいてきて、口を開く。
「そなたはどこから来たのじゃ?」
鈴を鳴らしたような、澄み切った声。
同時に、少しだけ警戒心が解けて、僕は返事を返す。
「……王国」
その一言を返すと、逆に彼女の警戒心が増した気がした。
と言うのも、スイッチが入ったかのようにさっきの柔らかい印象が消え去って、猛獣の目の前にいるような錯覚すら感じたのだ。
「……そなたは、王国の、何じゃ」
じっと見つめる彼女の視線は、何かを見定めるようなものであった。
僕は……なんだろう。
少しだけ考えて、僕は答えた。
「……僕はーー復讐者。必ずアイツを殺すと、そう誓った……復讐者」
それ以上でも、それ以下でもない。
僕は王国のものじゃない。
僕は僕で、今やるべき事はアイツへの復讐以外に有り得ない。
そう答えると、彼女は一瞬キョトンとしてーー声を上げて笑いだした。
「ふふっ、あははっ……そなた、面白いのじゃ! 名はなんと申す?」
「天城……深月」
「ミツキとな……良い名じゃ。妾はクローフィア・アルカンシェリア。またの名をーー」
そこで一旦区切って、星の輝きにも似た笑みを浮かべて、
「ーー魔王。そんな風にも呼ばれたりしている……のじゃ。ミツキさえ良ければ、我らの元へ来るが良い。妾はミツキを歓迎しよう。ーー同じく王国へ憎しみを抱くものとして」
差し出された手は天使か、悪魔か。
「魔王」の手なのだから、普通は悪魔側なのだろうけれど、僕にはどうしてか天使どころか神様の導きにすら思えて仕方がなかった。
僕と同じ憎しみを持つものと言ったからか、それとも変わってしまった僕を僕として見てくれているからかわからないけれど。
「僕は、アイツを殺せればそれでいい」
「それでよい。ミツキはミツキがやるべき事をすればよいのじゃ。それが我らの望みと繋がるのじゃからな。……それで、どうするのじゃ?」
そんなの決まっている。
利害の一致も含めて、なんの問題もない。
それに、協力者はどの道必要になるはずだ。
「僕は、君に着いていこう。そして、アイツをーーアドミスを、この手で殺す」
「あいわかった。妾はミツキの復讐に使われる。ミツキは妾達の復讐に使われる。それでよいか?」
「アイツを殺せるなら、なんでもいい」
そう答えると、視線が交わった。
そして、二人は手を取り合った。
青く澄み切ったクローフィアの瞳には狂気の熱が宿り、僕の黒と赤の瞳には冷たい復讐の炎が灯る。
ーーこの日、復讐者と魔王の物語が始まった。
お楽しみ頂けたでしょうか。
よろしければポイントや感想を頂けると嬉しいです。




