火星大接近
【夏のホラー2018】参加作品。
現在、地球と火星がとても接近しています。特に今回は火星との距離が15年ぶりの大変近い距離になっており、もっとも遠い距離の1億km以上に対し、その近さはおよそ半分の5,600万kmとなります。
とても明るく見やすいため、肉眼でも十分に観測することが出来、一般や夏休みの子供たちにも、気軽な天体ショーとなっていました。
オレンジ色に輝くその星は、宙を見上げる誰の目にも捜すことが出来ました。そして、皆が口々に「自分が観た火星」を語るのです。
最初に気付いたのは、夏休みの課題に火星観測をしていた子供たちでした。
「火星がだんだん近づいっている!」と言うのです。
火星観測を主宰していた『こどものための科学館』には、親をふくめ数多くの問い合わせがありました。しかし、すでにもっとも接近した時期は過ぎており、これ以上の火星接近は有り得ないのです。
そのため「火星がこれ以上地球に近づくことはありません。」と、公式に発表するほどでした。
ですが、子供たちの観測は続き、絵日記の火星は巨大となり「火星が近づいっている。」と訴えます!
一緒に火星観測をしていた親たちからも、
「火星が大きくなってる。」「火星は接近しているのではないのか?」などのSNSに対する書き込みや、メデイアや省庁への問い合わせが相次ぎ、関係省庁はこれに対し「科学的に火星の最接近は有り得ない。」として『安全宣言』を出すなど社会現象になりつつあったのです。
会社員も最初の挨拶が「火星は大きくなってますか?」になり、SNSの書き込みは過剰になる一方でした。
こうした、日本人の『火星大接近』に対する反応に海外では。
「日本人は感受性が強いからね」「禅の心で考えれば分かること」「やはり未来人なんじゃないのかな?」
と、一部を除いて好意的にとらえられました。
しかしいよいよ、隣に輝く月と比べられる程の大きさに火星が成長した頃には、それが感受性や禅の心、ましてや未来人の予言でないことが世界中の人々のその目で見て判断できるようになったのです。
それでも世界は、紛争や貿易戦争に血道を上げ、国連までも『火星安全宣言』をするといった対応だったのです。
擬人化された火星がSNSの一部で話題になったあたりでの火星の大きさは、すでに月の直径からすると二倍強。
お天気ニュースで大きくなった火星を「今夜はよく見ることができるでしょう」と紹介する画面での大きさは、月の約5倍でした。
夕方に火星が登ると、オレンジ色が夜を明るく照らしだし、夜の闇は幻となりつつあるのです。
ちょうどその頃。ある謎の症状が人々に現れていると、世界中で報告が有りました。
その謎の症状とは、瞳がオレンジ色になってしまうというモノで。それ以外にこれといって何か病状が出てる訳じゃなし、未知のウイルスが火星から降ってキタとかでもなさそうで、まあ火星の見すぎでしょう。火星が行ってしまえば症状も治まるんじゃなかろうか、ということで俗にこれを名づけて『火星病』と世間は呼んだのです。
しかしこの『火星病』。火星が近づくにつれ人数を増やし、先に症状の出ていた人たちの中で気が荒くなったり、犯罪者を捕らえてみれば『火星病』といった具合の、精神衛生上の病状といっていいのでしょうか?
とにかく、患者は増える一方で、捕まえる側まで今日はもう『火星病』に感染しているといった状況になっていました。
しかし国連は『火星安全宣言』を解きません。
『火星病』の感染は世界全土へ広がり、あらゆる犯罪行為がまるで元からやっても良かったことのようにまかり通りだしました。
暴行、傷害、窃盗、強盗、脅迫、恐喝、詐欺、薬物、ハイジャック、殺人、等々……
そして今、世界的空前の大宗教ブーム到来です! 伝統宗教を始め、とんでも無い新興宗教まで誕生し。カルト化して集団自殺は序ノ口で、銀行強盗、戦闘訓令、反政府活動、追われて仲間をリンチ殺人、挙句立て籠もって銃撃戦。なんてことが各国で日常茶飯事、もう珍しくもありません。
宗教家Aさん
これは神の試練です。神は乗り切れない試練をお与えになりません、必ず乗り切れます。祈りなさい。そして愛しなさいそして踊るのです!
投資家Bさん
これはですね、火星が大接近してる中でどう株価が動くのかということですね。これはですね、過去にこういった前例がないので分かりません!
心理医Cさん
これは『火星病』などという病気ではありません。ただのパニック症状です。世界的な集団パニックが起きていて『火星病』という呼称を付け、火星に責任転嫁をしている『代償行動』に過ぎません。詰まり、火星が犯罪を起こさせているのではありません。人が、人間が元々こんな性質なのです。
一般市民Dさん
オレ、もう『火星病』になりたいよ、周り皆『火星病』だよ、親も友達も、皆『火星病』! オレもう『火星病』になりたいよ……
人々は『火星病』に恐怖しました、それと同時に、自らが『火星病』に感染することを恐れ、そして感染を望んだのです。
宙いっぱいの火星を見る頃には、いよいよ地球の大気圏に接触して、天候に影響が出始めました。大気の対流が変化して異常気象を起こし、エルニーニョ現象、ラニーニャ現象、ダイポールモード現象まで発生。夏と冬が逆転し、真夏に雪が降り、真冬のハリケーン、タイフーンももう幾つ目でしょうか?
国連の『安全宣言』は解かれぬまま、各国政府は反政府化する『火星病』の対策に頭を悩ませ、火星大接近の対策は中々取れずにいます。
そんな中、近づく火星に『火星移住計画』を打ち出す財団が現れました。
「地球より火星の方が治安が良い」のうたい文句は好評を博し、応募する人々はうなぎのぼり。
応募に漏れた人でも「飛行機で火星へ行ける時代、気球でも可」と、こぞって火星を目指す人々が続出しています。
行って帰ってキタという人が登場し、曰く「地球の大気圏に触れてる場所では息ができる」とのこと。
しかしそんな中、先住した人々が『火星暫定政府』を樹立しました! 移民制限を打ち出しますが自家用飛行機で行けるとあって不法移民は後を立ちません、『火星暫定政府』は壁を作って不法移民を防ぐとの方針発表に、批判が殺到しています。
火星集団移民を教義にしていた某新興宗教団体は強硬移住を宣言し、一触即発の状況で小競り合いは続いていましたが。本日未明、戦争状態に突入したと双方が宣言し、人類初の〝宇宙戦争〟が始まってしまったのです!
火星が、遂にエベレストに接触した。エベレストは3センチ削れて低くなったものの、未だ世界一であると発表されました。
ぶつかって壊れるのはどちらなのか、賭けの胴元では地球がやや優勢であるものの、火星人気も根強く、締め切りまで予断を許さぬ情勢です。
ここに至って、やっと国連は『世界非常事態宣言』を発令、しかし焼け石に水でした。地球から見上げる火星の大きさは、もはや宙の4分の3を占めており、『火星病』は治る気配もなく、個人犯罪はより変質化し、組織犯罪はよりカルト化していきました。
しかし、一つの救いがありました、『火星病』の増加が止まったことです。一旦は『火星病』と診断されても、症状の改善が診られる患者も出てきており、患者が『火星病』とどう付き合うのか、社会が『火星病患者』とどう向き合うのかが課題になっています。
『火星暫定政府』対『移民宗教団体』の死傷者は、第二次世界大戦に迫る4,000万人を越え、まだまだ激化をたどりそうです。
もう、地球と火星の激突は避けられない状況だと発表されました。
地軸がずれ地磁気のN極とS極が逆転し、地球のあちこちで大地震が起きています、それにともなう津波や、火山だけでなく大地は割れて、歯磨きチューブを押したように溶岩が吹き出しました。
それはもちろん、火星も同様です。見てください、もう大きく3つに砕けているではありませんか。移民した人たちにも地球に残った人たちと等しく〝死〟が訪れるのです。
あゝ、もうすぐ人類の歴史も終了です。少しでも早く世界中の人々で力を合わせることが出来ていれば、地球人の運命がココで終わるような失態は無かったのではないでしょうか!?
いや、生物の霊長を自称しておきながら、人間は他の生物に対してこの醜態をどう償うと言うのでしょう。
子供たちが皆で言いました「ほらー!」
【夏のホラー2018】参加作品。