なかったことにしよう
「……う、ん」
(ここは簡易小屋のベッドか……?)
『気がついたようじゃな』
『主ィー!』
宗太はベッドから起き上がるとクロが飛びかかるように顔をなめ回した。
『主は丸一日寝ておったのだぞ?この小者がずっとそわそわしおってからに鬱陶しくてかなわんかったわ』
「え!?そんなに寝てたのか!?……まあ、おかけで今はかなりスッキリしてるけどな」
『……はあ。普通はワシと従魔契約なんてできんのだがのう。よしんばできたとしても一日で魔力が回復するんなんて有り得んことじゃ。ワシが一時的に魔力を渡しはしたが昏睡から回復させる程度なものじゃから、今の主のようにピンピンしておるなど普通の人族では考えられん』
シロは呆れながらも自らの主として宗太を頼もしく感じていた。
「ははは、そんな人を化け物みたいに言うなよ。俺は健康快癒ってスキルがあるから、毒キノコとか食っても一晩寝れば治るんだよ」
『なに!?誠か!昔おった性格最悪な偏屈な自称仙人のジジイがそのスキルを持っておったのじゃが、あやつは何をしても死なん化け物じゃったぞ!?』
「へぇー、昔の仙人も健康快癒って持ってたんだな。このスキルがあればほんとに霞だけ食って生きていけそうだな」
宗太は想像して含み笑いをした。
『霞どころか土まで食ろうておってわ。とんだ悪食ジジイじゃったぞ』
「マジか……」
(まあ、俺も毒キノコ食べてるから人のこと言えないけどな)
『主、主ィー!』
クロがずっと尻尾を振ってなめたり、のしかかったりして甘えてくる。
「おー、よしよし。心配かけて悪かったな、クロ」
宗太は大袈裟にワシャワシャとクロを撫でた。
撫でている途中で毛玉があることに気づき、心配をかけたお詫びにブラッシングをしてあげることにした。
「よーし、クロ。今日は全身ブラッシングしてやるからな!」
クロは小首をかしげて宗太を見る。
『ブラッシング?』
「ああ、毛繕いのことだ」
『ワーイ!主ニ毛繕イシテモラエルゾー!』
ワフワフと外を駆け回って喜ぶクロにシロも声をあげた。
『ワシにも毛繕いをするのじゃ!』
「はいはい、順番な。クロが先だ」
『な、なにぃ!?この神獣と恐れ敬われたこのワシを後回しとは……!』
と、シロはぶつぶつ呟きながら、久々に受けた雑な扱いを楽しんでいた。
(えーと、ペット用のブラシとか触ったことないから具現化できないけど、母親が使ってた大きめのブラシでいいよな)
「クロー、こっちおいでー!」
未だに外を駆け回っているクロを呼び戻し、小屋の中でブラッシングをする。
多少大きめに作った簡易小屋も、クロとシロが入ったら狭さを感じるほど圧迫感があった。
「クロー、気持ちいいかー?」
『ワフー。コンナ気持チイイ毛繕イハ初メテダゾー』
とろけるような表情で瞼を閉じたクロを見てシロが顔を歪めた。
『ぐぬぬ、ワシにもはようせい!』
「順番だって言っただろう?ちゃんと全身やってやるから大人しく待っとけ」
すでに出会った時とは立場が逆転してしまったことにシロは歯痒さを感じた。
しかし宗太に構ってもらいたくてシロは話し続ける。
『のう、主よ。ワシにもクロのような寝床は作ってくれんのかのう?』
「んー、そうだなー」
ブラッシングしながら宗太が考えていると、クロが突然上体を起こした。
『主、聞イテ聞イテ!昨日シロガ俺ノ寝床トッタンダ!』
『ふん!あのように立派な寝床は小者にはまだ早いわ!』
『グルル!何ダト!主ガ俺ノタメニ作ッテクレタ俺ノ寝床ダゾ!』
一瞬で険悪な空気になり慌てて宗太が取りなした。
「分かった分かった!シロの寝床も作るからケンカすんな!」
『そやつのより立派なものを頼むぞ!』
『グルルー!』
「ストップ、ストーップ!そこまで!ちゃんと同じものを作るからな。その上でシロの要望に応えれるものは応えるから」
『まあよいだろう。ここに作るのじゃぞ?』
「え……。ここ一応居間のつもりで空けてるスペースなんだけど……。外に作るんじゃダメなのか?」
『なにぃ!?ワシだけ仲間外れにするつもりか!?ここがいいのじゃ!』
(仲間外れって……)
「わ、分かったよ。ここに作ればいいんだろう?!」
宗太は狭苦しくなる小屋を想像し溜め息をつきながら、クロのブラッシングを続けた。
『アオーーーン!』
クロは絹のような滑らかな光沢のある黒い毛並みに喜びの遠吠えをあげた。
そして早速その毛並みを汚すかのごとく外を駆け回って行った。
ようやくシロの番になりブラッシングしようとすると。
『先に寝床を作るのじゃ!クロみたいにフカフカの寝床でワシも毛繕いされたいのじゃ!』
(のじゃのじゃうるさいな。まったく、騒がしい従魔が増えたもんだ)
「はいはい、じゃあ机と椅子をどかすから退いてねー」
居間の机と椅子を宗太のベッドの部屋に持っていこうとしたら、スペースが足りなくて置けないので椅子だけ残して机を無限収納にしまった。
『そ、そち!いや主!今何をした!?』
「へ?ああ、無限収納ってスキルでしまったんだよ」
『な、なにぃ!?無限収納じゃとおー!?道理で収納スキルと発動が違うたのか!』
「え?収納スキルと発動条件が違うのか?どんな風に?」
『収納スキルは発動すると空間に自分の魔力に応じた大きさの穴ができるのじゃ。その穴の中に物を入れるから高い魔力保持者でない限り大きいものは収納できん。主のようにいきなり大きなものを穴も出さずに一瞬で収納するなど聞いたこともないわ』
「へ、へぇー。そうなのか。人前では使わないようにしたほうがいいな」
『そのほうがよい。要らぬ争いに巻き込まれるのがオチじゃ。ワシも長く生きておるから無限収納スキルの使い手がいると昔一度聞いたことはあったが、それでも実際この目で見るのは初めてじゃった。短い寿命の人族であれば噂話し程度しか情報は残っとらん伝説のスキルじゃろう』
「おおふ」
(思ったよりAランクスキルはヤバそうな代物だな。極力スキルは他のスキルも含めて他人に見られないようにしよう)
「まあ、そこは気をつけるとして、早速シロの寝床を作るか!」
宗太は作業がしやすいようにシロを外に出すと、入口を入ってすぐのスペースに大量の低反発マットレスを敷き詰めた。
(立派なのがいいって言ってたからマットレスは二段にしてやろう)
素早く具現化し羽毛布団も大量に出して、五分足らずでシロの寝床は完成した。
『な、な、な!』
シロが驚きにうち震えているのを見て、感動したのかと思った宗太は、じゃじゃーん!と言ってシロに完成した寝床をアピールした。
『主、今、何をしたのじゃーーー!!』
宗太は、え?じゃじゃーん!って言ったのが気に入らなかったのか?と検討違いなことを考えながら頭をかいた。
『今のはスキルじゃろう?無限収納から出したにしては、一つ出すごとに魔力の消費があったから、無限収納ではないのであろう?一体何をしたのじゃ!』
「あ、ああ、具現化っていうスキルで、一度触れたことのあるものを具現化できる能力なんだ」
『なんと!無から有を生み出すなどまるで神の所業!昔、胡散臭い錬金術師が蔓延っていた時代があったが、もしや具現化スキル保持者がいたのではあるまいな……』
シロはぶつぶつ言いながら自分の世界に旅立ってしまった。
仕方ないので宗太はシロが正気に戻るまで畑の手入れをすることにした。
リンゴを食べながら休憩していると正気に戻ったシロがとてつもない速さで駆け寄ってきた。
『主ー!この畑はなんなのじゃー!』
「ああ、おれの故郷の作物を植物操作ってスキルで育てたんだ」
『しょ、植物操作!?かつて王国を救い導いた英雄のスキルじゃぞ!食糧事情を解決し戦争を終らせた伝説のスキル……』
またぶつぶつ言い始めたシロを見て長くなるなと思い、もう一つリンゴをもいでシャクシャクと食べ始めた。
すると外を駆け回っていたクロが駆け寄ってきて食べたそうに見ているので、三個ほどもいで渡してやるとすごい勢いで食べ始めた。
目の前で美味しそうにシャクシャクしている姿を見たシロはすぐ正気に戻り、リンゴをねだった。
(もうワシは何聞いても驚かんぞ!主がスゴいのはクロから聞いて知っておる。こんな常人の住めぬ地で生きていけるのは結界スキルと魔物操作スキルがあるからじゃとな!)
シロは心の中でもう取り乱すまいと誓った。
しかしシロは勘違いしていた。
本当は、結界ではなく多重結界スキルで、魔物操作ではなく魔物支配スキルである。
そのことに気づいた時にはまた驚くのだが、今はそんなことより目の前の果実に心惹かれていた。
シャク。
『なんたる美味な果実じゃー!長年生きてきてこんな美味な果実は初めてなのじゃー!』
驚かないと誓った矢先にもう驚いてしまったシロは、宗太の次の言葉で更に驚くことになる。
「そりゃそうだろ。これはこの世界にはない食べ物だからな」
シロは固まりながら首だけ動かし宗太に訪ねる。
『この世界とな……?』
「ああ、俺は異世界からの転生者なんだ。その異世界、まあ俺にとっては故郷だな。その故郷の食べ物なんだ」
シロは口をパクパクさせながら頭が完全にフリーズした。
長い時を生きてきたシロは、まさかこの歳で今まで生きてきた中で一番驚く事態に出会うなど思ってもいなかった。
しばらく畑作業をした宗太だったが、完全に動かないシロを押して新しく作った寝床まで移動させた。
「うーん、この小屋は入口が広くてドアがないから中が丸見えなんだよなー。しかも入口の目の前にシロの寝床があるから何だかシロを祀ってるみたいに見えるんだよなー。ま、いいか」
(しかもマットレスを二段にしてるから何か高さまであって祀ってる感がハンパない)
シロについて考えていたら世界全書がパラパラとめくれ始めた。
【シロ】
体力:B
攻撃:A
防御:B
魔力:A
魔攻:A
魔防:A
俊敏:A
器用:C
幸運:C
所持スキル
Aランク
・氷耐性A ・聖耐性A ・氷魔法A
・同種支配 ・神獣化 ・魔力活性
Bランク
・全状態異常耐性B ・風耐性B ・水耐性B
・風魔法B 水魔法B ・聖魔法B
・爪術B ・千里鼻 ・適応 ・回復
・言語理解 ・危機察知
Cランク
・雷耐性C ・雷魔法C ・強化魔法C
・夜目 ・追跡 ・感知
Dランク
・土耐性D ・緑耐性D
Eランク
・主従の絆
種族フェンリル。
超A級モンスター。
国見宗太の従魔。
魔の森の中腹を縄張りとして支配している実力者。
アインヘル大陸の氷山で生まれ育ち英雄シャンダルと共に旅をして魔王ヘルを倒した。
アインヘル大陸では神獣として扱われている。
今は人族の寿命の儚さを嘆き俗世を離れ魔の森で余生を過ごしている。
魔の森のあるカサドラ大陸に生息するフェンリルはシロのみである。
得意技は氷魔法による攻撃と神獣化による攻撃。
「ふぁ!?」
(な、何事だ!?魔王を倒した!?え?シロ先生ってば主人公じゃん!英雄じゃん!ステータスほとんどAなんて化け物かよ!)
宗太は口をパクパクさせながら世界全書とシロを交互に見た。
『クゥン?』
どうしたの?と言うようにクロが宗太に寄り添ってきた。
クロを撫でている内に平静さを取り戻した宗太は何も見なかったことにした。
(シロには明日ブラッシングしてやるか)
「よし、クロ。今日はもう寝るか」
『ワォン!主オヤスミー』
「おう、また明日な。おやすみ」
(おっと、忘れずにマナキノコを食べないとな)
パクッと口に放り込み、宗太はあらゆる苦痛に悶えながら眠りについた。
この日の出来事を宗太とシロはお互いになかったことにするのだった。