二匹目の従魔
「なあ、クロ。隣の縄張りは何て魔物が支配してるか知ってるか?」
宗太はクロの背に乗りながらクロに問いかけた。
『グルルー。フェンリルッテイケスカナイ奴ダゾ!』
「ふぇ?!フェンリル?!」
パラパラパラ
【フェンリル】
種族平均
体力:C
攻撃:B
防御:C
魔力:A
魔攻:A
魔防:B
俊敏:B
器用:E
幸運:D
所持スキル
Bランク
・氷耐性B ・障気耐性B ・氷魔法B
・千里鼻 ・適応
Cランク
・爪術C ・風魔法C ・夜目
・追跡 ・感知
A級モンスター。
氷と風魔法を操る狼。
氷山や障気の濃い環境を好み生息する。
厳しい環境下でのみ生息しているため出会うことは滅多にない。
知能が高く無駄な争いを好まないため出会ったらすぐに逃げれば見逃してくれることが多い。
自らの縄張りを持ち繁殖期以外では他のフェンリルの縄張りには入らない。
繁殖力は低く数も少ないので群れることは少ない。
その見た目や過去に英雄が使役した魔物ということで一部の地域では神聖視されている。
(こんなに見づらい状況の中、世界全書先生わざわざ教えてくれてありがとう。って!フェンリルやべーー!逃げろって書いてあるーー!世界全書先生が逃げろっておっしゃっておりますーー!)
「……く、クロ?フェンリルってヤバくない?帰ったほうがいいんじゃ……」
『主、モウ奴ノ縄張リニ入ッタ。既ニ鼻デ感知サレテイルハズ。奴ハ礼儀ニウルサイ。挨拶ナシデ出テイッタラ追イカケテ来ルゾ』
「ヒィー!マジでか!」
もはや逃げることもかなわないので進むしかなかった。
『主、モウスグ奴ガ根城ニシテイル湖ガ見エル。挨拶スレバ魔石ヲクレルカモシレナイゾ』
と、恐ろしいことを言うクロに、宗太は一周回って冷静になった。
(挨拶って大事だもんなー)
『見エタ!アイツダ!』
そこには氷った湖の上に立たずむ真っ白な大きな狼がいた。
あまりの幻想的な光景に宗太は息を呑んだ。
『ほう、人間か。これは随分と珍しい客人だのう』
フェンリルに声をかけられハッと正気に戻った宗太は慌てて挨拶をした。
「初めまして。国見宗太と申します。このたびは突然の来訪をお許し下さい」
『ほほう、なんと礼儀正しい青年じゃ。気に入ったぞ。して、国見宗太とやら、ワシに何用じゃ?』
「はい。私は今、火と水の魔石を探しておりまして、そのためにこちらに寄らせて頂いた次第です」
『……ふむ、そうか。なら質の良い水の魔石をくれてやろう。しかし、ここらで火の魔石というと、よもやドラゴンの山に行くつもりじゃなかろうな?』
「……そのつもりでございます」
フェンリルは目をカッと見開いて心底楽しそうに高笑いをした。
『カーッカッカッ!小僧、いや宗太よ。そちは近年稀に見る面白い奴よの。その歳で死なせるには惜しい。よし、ドラゴンのクソジジイ共からワシが守ってやろう』
「あ、ありがとうございます!」
(なんだ、どうなってる?このフェンリルも従魔になるってことでいいのか?)
宗太は未だ緊張が抜けきらず状況が把握できなかった。
「あの、従魔契約とかしたほうがよろしいのでしょうか?」
フェンリルがカッと目を見開いて殺気を放ち、クロも宗太の発言に驚いて凝視している。
(やべっ!なんか不味いこと言ったか?)
『ほほう、そちはこの神獣と恐れ敬われたこのワシを従えると申すか?』
「……え、いや、そんなつもりでは……」
宗太は滝のような冷や汗を流しながら己の失言を悔やんだ。
(魔物支配スキルがあるから油断した……!このクラスの強い魔物が黙って従うわけがないよな。どうする俺?まさか多重結界を貫通するような攻撃とかしてこないよな?)
『カーッカッカッ!よいよい。そんなこの世の終わりみたいな顔をするでない。冗談じゃ。そちの魔力でできるものなら従魔契約をやってみせよ。仮に契約できずとも手は貸してやるから安心せい』
宗太は汗を拭い乗り切ったと安堵して、従魔契約を始めた。
「あ、ありがとうございます。では行きますよ」
クロと同じように従魔契約をしようと念じると、宗太の体中からクロの時には感じなかった魔力が抜け落ちていく感覚があった。
フェンリルに名前をつける間もなく宗太は倒れ、昏睡状態に陥った。
宗太は薄れゆく意識の中、クロとフェンリルの驚きの声が聞こえた気がした。
『ア、主ー!』
『よもやこのワシと契約できるほどの魔力があるとはのう。どれ、ワシの魔力を注いでやろう』
『早クシロ!』
『黙れ小者が!またワシに可愛がって欲しいのか!』
『グルルー!』
フェンリルは宗太の体に尻尾を巻きつけ持ち上げると、そのまま大量の魔力を注ぎ込んだ。
「……う、ん」
『主ーー!』
「……クロ、か?ああ、俺、魔力切れで気を失ってたのか……。って、何で俺は尻尾で締め上げられているんだ?」
『カーッカッカッ!軟弱なそちにワシ自らが魔力を注ぎ込んでやったのじゃ。感謝せい。あのままじゃったら数日は目を覚まさなんだ』
「あっ!その、私を助けて頂いてどうもありがとうござ……」
慌てて取り繕った宗太をフェンリルが制した。
『よい。これからはそちが主じゃ。普段通りに喋ればよい。それより、ほれ、はようワシに名を寄こさんか』
宗太は気まずさを覚えたが、これから長く一緒にいることになるなら敬語は邪魔だと割り切った。
「そ、そうか?じゃあ、この口調で話させてもらうことにするよ。それで、フェンリルはオスとメスどっちなんだ?」
フェンリルが答えるより早くクロが答えた。
『ババアダ!』
ダン!とフェンリルがクロを前足で踏み潰した。
『グギャー!』
『ワシはメスじゃ』
「そ、そうか。うーん、メスで狼で白い毛並み……」
心の中でクロに合掌しながら宗太はフェンリルに相応しい名前を考えた。
(やっぱりアレしかない!決して考えることを放棄した訳ではなく、真っ白な毛並み相応しい名前なんだから仕方ないんだ)
宗太は心の中で言い訳しながら考え抜いた名前を口にした。
「よし!今日からフェンリルはシロだ!よろしくな、シロ!」
シロの目がカッと見開いたので宗太はヒッと短い悲鳴をあげたが、殺気は放たれなかった。
『うむ。今日からワシはシロだな。ではよろしく頼むぞ、主』
(よもや、またこの名前で呼ばれる日が来るとはな。それにしても人族は毎度毎度、名付けを安易に決めよって)
奇しくもシロの前の主によってつけられた名前と同じだったため、シロはとても驚いたが同時に納得もしていた。だから従魔になってもいいと思ったのかと。
宗太にどことなく前の主を重ねていたかもしれないことに、シロは内心驚きながらもこの変化を楽しんだ。
長く生きたシロには、滅多に動くことがない自分の心の動きは娯楽となっていた。
(あー、名前気に入ってもらえてよかったー。気に入らなくて殺されるかと思った……)
宗太は安心したのと、名付けでまた魔力を消費したのとで、一気に眠たくなっていた。
本来従魔契約とは、従いたくない魔物を無理やり従わせるために自分の魔力で魔物との通路を作り、名付けでその通路を固定する役割がある。
当然、魔物は魔力を跳ね返したりして自分と相手との通路を作るのを邪魔してくるので、強い魔物になればなるほど何度も魔力を使って通路を作らないといけなくなり、魔力がいくらあっても足りなくなる。
しかし今回は、シロが初めから受け入れていてなお、通路を作るのに宗太の全魔力以上のものを持っていかれたのだ。
そこら辺のA級モンスターなら宗太の健康快癒で一日寝るくらいで魔力は完全復活するのだが、シロはフェンリルの中でも神話の領域に片足をつっこんでいるS級に限りになく近い魔物だったため昏睡状態となった。
宗太の魔力ではフェンリルとの従魔契約には魔力が遥かに足りなかったが、魔物支配スキルの隠れた特性、“全ての魔物に強制的に通路を繋げることができる”のおかげで契約は成った。
つまり、魔力が足りなくても強制的に通路を繋げることができるので、通路を繋ぐのに必要な魔力を補えるまでは昏睡状態になる諸刃の剣なのだ。
魔物支配スキルは魔物から悪感情を抱かれないので、従魔契約までしなくても襲われないのだが、そのこともスキル詳細には載っていないので宗太は気づかないままである。