畑作りとキノコ
『ウォン!ウォン!』
「うおっ!なんだ?!あ、クロか。おはよー」
いつものようにクロが宗太を起こし、いつものように宗太がクロの声に驚き飛び起きた。
『ワフ!今日ハ何ヲスルンダ主?』
「ん?今日か?今日はな、昨日取ってきた種やらイモを畑に植える予定だ」
『俺ニモ手伝イデキルカ?』
「んー、いやー、さすがに植える作業だからな。今日は手伝わなくても大丈夫だからクロは外で遊んできな」
『ムー、分カッタ』
クロは尻尾を垂らし、しょんぼりしながら外に駆け出して行った。
その後ろ姿を見送った後、宗太は起きぬけの体をストレッチで伸ばし、昨日クロが作った畑に向かった。
「んじゃ、早速畑作業を始めますか!」
宗太は昨日集めた種の入ったビニール袋を取り出した。
(ん?待てよ?もしかして具現化スキルで前世の食物の種を出せるんじゃないか?とりあえずリンゴでも出してみるか)
具現化スキルを使うと宗太の手には種どころかまん丸なリンゴがあっさりと出た。
(ま、マジかー。食べ物まで具現化できるなんて、あのパソコンのスキル詳細にも載ってなかったぞ。ていうか、畑しなくても具現化スキルで安全かつ美味しい食べ物が手に入るじゃねーか。なんという無意味。いや、畑を世話しながらのんびり日がな一日を過ごすことに意味があるんだ!俺の目的は誰にも頭を下げることなく煩わしい人間関係から解放され、田舎でひっそりとスローライフを送ることだ!意味があるなしじゃない!俺のスローライフに畑仕事が必要なんだ!)
そう自分に言い聞かせるように納得しようとする宗太だったが、実際はこの異世界に来てからとても困惑していた。
宗太は人付き合いが苦手ながらも仕事上での人付き合いに問題はなく、官僚のエリートとして周囲からは優秀だと評価されていた。
持ち前の用心深さで最悪の事態を常に想定しながら動いていた宗太は、これといった致命的なミスはしてこなかった。
しかし、この世界に来てからというもの、いきなり魔の森に来たがために障気で命を失いかけ、何十時間もかけて考え抜いたスキルは完璧な構成とは言いがたく、また使いこなせていない。
もともと説明書等を隅々まで何度も読み返して脳内シミュレーションをしてから、先を読んだり対策を講じて動いてた宗太は、突発的なことや常識外ことや応用問題が苦手であった。
頭が良い宗太だが、それは前世での頭の良さであって、今世では通用せず勝手が違いすぎていた。
平和で安全な日本で学問に特化してきた宗太には、この世界のような自分の命は自分で守らねばならない魔物が闊歩するサバイバル生活をするには心構えが足りていなかった。
そのことを頭の隅では理解しながらも宗太はまだ直視してはいない。
「気を取り直して、前世の野菜や果物を片っ端から育ててみるか!どれがここの土に合うか分からないからな。まあ一応世界全書先生に聞いてみるか!」
宗太は世界全書に前世の植物とこの畑との相性について聞いてみた。
(んー、反応なしか。世界全書はこの世界の全てが載ってるだけで、地球のことは対象外ってことか。でもまあ、世界全書でも分からないことを自分で一から試していくのもなかなか楽しそうではあるな)
「よし、ここには地球の野菜を植えて、こっちは果物にして、また別の場所に昨日クロと取ってきた種を植えて育てよう!木はまた今度だな」
目的を決めたらそれに向かって一直線にテキパキと動く宗太には無駄が一切ない。
先ほど出したリンゴを食べて以降、食べるのも忘れて日暮れまで畑仕事をしていた。
最小限の飲み食いで休みなく働くことに慣れている宗太は、スローライフを掲げながらも未だに勤勉に働いていた。
「よーし、だいたい植え終えたな。もう少し時間かかると思ってたけど、この広さの畑じゃこんなもんか。んじゃ、植物操作でちゃちゃっと育てちゃいますか!」
宗太は植物操作のスキルを使い、畑全面の成長速度を上げた。
すると、芽が出て少しずつ大きくなり、あっという間に収穫できそうなほど実をつけたが、昨日クロと取ってきた木の実やイモは成長しなかった。
障気がある環境で育った作物なので、障気を完全に遮断された結界内では育たないようだ。
「んー、魔の森の恵みは諦めて地球産の作物のみの畑にするかあー。なんか物足りないけど仕方ないなー。木になる作物はまだ育ててないけどリンゴの木だけは畑の横に一本だけ育てよう。もぎたてリンゴは朝食にしたいからな。そのうち果樹園も作ろう」
(とりあえず収穫は明日にするか。それにしても植物操作も万能スキルだな。収穫まで時間をかけずに育てられるんだからな。なんかスローライフとして風情がない気もするが、時間の節約は良いことだ。なんだかんだで今はやることが沢山あって忙しいからな)
いつの間にか帰ってきてたクロは、邪魔しない位置で宗太を見守っていた。
その傍らには宗太への土産として沢山のキノコが置かれていた。
「あー、腰痛てー。もう真っ暗じゃねーか。お?クロ、帰ってきてたのか」
『ワフ!主、土産ヲ持ッテ来タゾ!』
「おー、ありがとな。これは、キノコか?」
『昨日言ッタ少シ遠クニアルキノコ取ッテキタ!』
「え!?あれ危ないとか言ってなかったか!?大丈夫なのか、クロ」
『主ニハ危ナイ。俺モ少シ危ナイケド慣レテルカラ大丈夫!コツガアル』
「大丈夫ならいいんだけどさ、あまり無理はするなよ?でもわざわざ俺のために取ってきてくれてありがとな。美味しく頂くよ」
『ワォーン!』
クロは褒められて嬉しさのあまり宗太の周りを駆け回った。
(いろんなキノコがあるな。どれどれ、世界全書先生に聞いてみるか)
パラパラパラ
(うん、ほとんど毒キノコだな。なぜ取ってきたし。俺を殺す気か?健康快癒があろうが俺は不老不死ではないから死ぬ時は死ぬぞ?毒耐性ないし。あー、クロは毒耐性Aだから毒キノコも食べ物なのか!おっ、このキノコは!)
【マナキノコ】
超高級食材。
魔素の濃い環境でのみ育つ毒キノコ。
かなり繊細で育てるのは非常に難しく自然に生える場所も限られている。
様々な種類の毒を少量ずつ含んでおり食べても死ぬことはないが様々な症状が現れるため死ぬほどつらいと言われている。
魔素を取り除くなどして毒素を無効化すれば珍味とされる。
魔の森で育ったマナキノコは更に美味で毒素も強いとされるので扱いには注意が必要。
人間社会では王候貴族の間で最上級の贈答品として扱われる。
絶対に死なないキノコで食べれば様々な毒耐性が得られるということで友好の印として大切な者に贈る習慣がある。
(おおー、絶対死なない様々な耐性を上げれるスーパーキノコか!食べたらすっごく、すっごくつらそうだけど耐性が欲しい!超欲しい!)
「クロ、俺は毒耐性持ってないからこのキノコは食べれないんだ。だけどこのマナキノコだけは毒素が少ないから食べれそうで、しかも食べたら色んな毒の耐性がつくみたいなんだ」
『クゥン』
クロは役に立てなかったとしょんぼりした。
「俺はずっとこの森で暮らしたいから耐性が欲しい。だからこのマナキノコをできれば沢山欲しいんだ。キノコ取りは危険な仕事だけどクロ頼めるか?」
『ワォン!任セテクレ主!コノマナキノコ?ダケヲ取ッテクレバイインダナ!』
「ああ、頼むクロ。耐性は死活問題なんだ。人は弱い生き物だから耐性がないとあっさり死んじまうからな」
『ワォーン!大事ナ仕事!俺デキル!任セテクレ主!』
大事な任務を任され、はち切れんばかりに尻尾を振って駆け出そうとするクロを宗太が慌てて止めた。
「ま、待て!今日はもういいんだぞ!外も暗いし明日でいいからな」
『クゥン』
少し残念そうにしたクロだったが、宗太と一緒に小屋へ向かった。
宗太はベッドに腰をかけ早速マナキノコを食べようとした。
(様々なつらい症状が現れるとかすごい怖いけど、今日はもう寝るだけだからそのまま横になって休めば健康快癒で治るだろ)
宗太は意を決してマナキノコを口へ放りこんだ。
「ッ!ンーッ!」
(グアーーーッ!!!のどが焼けるー!ぜ、全身が痺れて激痛がッ!)
そのままベッドに倒れこんで動かなくなった宗太を寝たと勘違いしたクロは、静かに自分の寝床へ行き目を閉じた。
(こ、声が出ないッ!誰か!クロ!助けてくれッ!)
のたうち回りたいくらいの痛さだったが、あまりの痛みに身動ぎも出来ない宗太は死を予感した。
(グッ!グォーッ!か、かゆい!堪らなくかゆい!痛い!手を動かせないからかけない!かゆいッ!!)
その後も様々な症状に見舞われた宗太は最後のほうには、酩酊しているかのよう気持ち良さの中、気絶するかのように眠りに落ちた。