畑の危機
宗太は露天風呂完成後、木の囲いや脱衣場を作ったりなど、のんびりしながら畑の作物を収穫したりと優雅に過ごしていた。
「いやー、やっぱり風呂のある生活っていいな」
今日も朝風呂に入ってのんびりしていた宗太にシロが不満を言った。
『主、風呂に入りすぎじゃぞ。ワシの食事の時間が遅れるではないか!』
「シロも風呂に入れば良さが分かるってー」
のほほんと間延びした口調で言う宗太はシロを逆なでした。
『ワシは風呂は好かんと言っておろう!ワシは氷の狼じゃぞ?熱い湯なんぞに入るわけなかろう!水浴びで充分じゃ!何度も言わせるでない!』
宗太はシロをシャンプーで洗って綺麗にしてふわふわの毛並みにすることを目論んでいたが、どうやらしつこく風呂に誘い過ぎたようだ。
最近はクロでさえも一日に何度も風呂に入る宗太に付き合ってくれなくなり、毎日夜に一回宗太と一緒に風呂に入るのみとなっていた。
「悪かった悪かった。無理強いはしない。もう風呂から上がるから」
『ふん、分かればよいのじゃ。はよう朝食の仕度をするのじゃぞ?』
「はいはい、今準備しますよ」
(これじゃあ、どっちが主なんだか分からないな)
体をふき着替えた宗太は畑に向かっていつものように植物操作スキルを使って収穫しようとした。
しかし、いくらスキルを使っても作物は実らなかった。
「あ、あれ?おかしいな、もう一回植物操作!……あれー?」
宗太は何度スキルを使っても実らない作物に首を傾げているとシロとクロが寄ってきた。
『遅いぞ、どうしたのじゃ主』
「い、いや、植物操作スキル使っても作物が実をつけなくてさ」
クロは地面をくんくんと嗅ぎまわり、爪で少し地面を掘った。
『主、土ガ何カ変ダゾ!』
「え!?マジで!?」
それを聞いたシロも地面を少し掘って、掘り返した土の臭いを嗅いだ。
『ふむ、どうやらクロの言う通りのようじゃのう』
「え!?ど、どうしてだ……、結界内にある畑だぞ!?誰が何かできるわけじゃないだろ!?」
『いやなに、ただ単に土の栄養がなくなり弱っているだけじゃ。畑の回り一帯も臭いが変わってるとこをみると、この辺りの土の栄養が根こそぎなくなっているようじゃのう』
「……は?」
一瞬停止した宗太の思考はまた動きだし原因に思い当たった。
(植物操作スキルで無理やり成長させまくってたから、そのたびに土の栄養を使って強制的に実らせてたのか……。土を人に例えると、俺は無理やり居座って畑という名の事業を始め、その土の財産で赤字を補填して、じり貧の土にちょっとジャンプしてみろと言って小銭の音がしたから、まだあるじゃねぇかとカツアゲのごとく根こそぎ奪ってく強奪者ってとこか……。お、俺は、魔法やスキルなんて便利なものがあるからって、何でも不思議パワーってことで完結させて考えることを放棄してしまっていた!)
宗太がぶつぶつ独り言を言っているのを心配そうに眺めるクロと不気味そうに眺めるシロ。
「なんてことだーー!!」
ビクッとし跳ねたクロは宗太に寄り添った。
『主、大丈夫カ?』
「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと、なんていうか……、自分の考えなさに落胆したというか」
『なんじゃ、いつものことじゃな。主はいつも何か足りていないからのう』
と、バッサリ切り捨てるシロにダメージをうける宗太。
「うっ……。と、とりあえず、肥料を作って畑に栄養を与えないといけないな!」
(と言っても肥料なんてどう作るんだ?偏見かもしれないが、糞を発酵させたりした肥料は使いたくないぞ!臭いも景観も気になるしな。確かリンとかカリウムとか窒素とかいろいろ必要だったはず。ここは臭くない安全で手軽な肥料作りを世界全書先生に聞くしかない!先生、お願いします!)
パラパラパラ
(ふむふむ、この世界の肥料作りは魔物の骨を砕いたり、寝かせた落ち葉を使ったりするのが主流か)
そこへゼルギオンが飛んで来た。いつものように降りる途中で人型になって宗太の元へ駆け寄った。
『おはようございます、主殿』
「ああ、ゼルギオンか。おはよー」
ゼルギオンは集まって話している宗太達の不穏な感じに気づいた。
『何かあったのですか?』
「うん、それがな……」
宗太はゼルギオンに事のあらましを伝えた。
『……なるほど。でしたら肥沃な大地にある土の魔石を使うのが良いのではないでしょうか?』
(な、なんだって!まさかここでも魔石万能説が!ていうか世界全書先生教えてくんなかったし!肥料の作り方聞いたら本当に作り方しか教えてくんないし!聞き方が重要すぎるー!)
宗太は暇さえあれば読書と称して、世界全書にこの世界のことを質問しては読みふけっていた。
そして宗太は質問の仕方を少し変えるだけで全く違う事実が書かれていることを何度も目の当たりにしてきたため、薄々は世界全書の意外な不便さに気づいていた。
もう少しこの世界の常識や人々の在り方などを知っていれば、宗太の明晰な頭脳で的確な質問もできたかもしれないが、いかんせん宗太は異世界の人間。この世界の常識も何も知らないので、世界全書という全知の書があっても、いつも事態解決が後手に回ってしまう。
『主……、大丈夫カ?』
一人の世界に旅立った宗太を心配したクロが不安そうに寄り添ってきた。
『僕、何かいけないことを言ってしまったのでしょうか?』
正気を取り戻した宗太は焦るゼルギオンに慌てて否定する。
「いやいや、違う違う。大丈夫だ。あー……、肥沃な大地の魔石ってのはその土地の栄養も蓄えてるってことでいいのか?」
『は、はい。魔石の特性としてはそう聞いてます。その特性を活かして汚染された大地などの処理も行われているそうです』
「へぇー、なるほどねー。ところで、そんな肥沃な大地の魔石ってどこにあるか知ってるか?」
シロは呆れたように宗太を見た。
『そんなもん、この辺にいくらでも転がっておるわ。魔素を大量に吸った肥えた土など、この魔の森以上のものはそうそうない代物じゃぞ』
「ま、マジでか!?」
宗太は驚きながらも近場にある事実に喜んだ。しかし一つ疑問があった。
「この森は魔素も多いけど障気も多いだろ?障気まで吸ってたら作物に影響でないか?」
またも呆れたシロのため息が聞こえた。
『そこを勘違いしておる輩が多いのう。そもそも大地は障気を吸収しないのじゃ。まあ水に溶かされた障気や有害成分は吸収してしまうがの。まあそれはよいが、植物は障気の影響を受け枯れるものがほとんどじゃから、障気のある土地は枯れておったりするわけじゃ。この魔の森は例外的に障気に順応した植物どもでひしめき合っておるがのう』
なるほど、と頷く宗太。その宗太の傍らには、全く話が分からないが宗太に頭を撫でられご満悦なクロが尻尾を振っていた。
「てことは、この結界で障気を遮断してさえいれば問題なく植物は育つということだな」
『そういうことじゃ』
話の成り行きを見守っていたゼルギオンは宗太の役に立とうと口を開いた。
『土の魔石でしたら僕が上質なものを探して来ましょうか?』
宗太が、おお助かる、と言い終わる前にクロが声をあげた。
『主!俺モ土ノ魔石アル場所知ッテル!俺ガ取ッテ来ル!』
クロとゼルギオンはお互い自分が宗太の役に立とうと火花を散らした。
その様子を意地の悪そうな笑みを浮かべたシロが参戦した。
『では、誰が一番主を満足させる魔石を取ってこれるか競争でもするのはどうじゃ?』
クロとゼルギオンは目をギラつかせ、
『乗りました!』
『負ケナイゾ!』
と、戦意をむき出しにした。
あわあわする宗太をよそにシロが進行していく。
『よし!よう言った!ではこれから日暮れまでに一番主を満足させる魔石を取ってこれた者が勝者じゃ!……始め!』
シロの合図でクロ達は一斉に散っていった。
取り残された宗太は小さな声でおーい、と言ったが誰にも聞こえなかった。
日暮れになりクロ達は拠点に帰って来た。
とにかく沢山の量を持ってきたクロ、大きな土の魔石を二つ持ってきたゼルギオン、そしてゼルギオンには劣るが大きい土の魔石一つ取ってきたシロ。
『どうやら僕の勝ちのようですね!』
ふふん、と勝ち誇ったゼルギオンにシロはまたもや意地の悪い笑みを浮かべていた。
『誰がこれだけと言うた?ほれ、これもじゃ!』
そこには緑の魔石があった。
『主よ、この緑の魔石は植物の育成を助けるぞ。もちろん魔素を多量に含んだ一級品じゃ。土の魔石と一緒に使えば効率的じゃぞ?』
「マジか!シロ気が利くな、ありがとう!」
クロとゼルギオンはぐぬぬという表情をして抗議した。
『勝負は土の魔石の質だったはずです!緑の魔石は勝敗には関係ないはず!』
『ソウダソウダ!』
クロはシロに負けるのが嫌で抗議したが、判定が覆ったとして自分に勝ち目がないことは失念していた。
『ふむ。ワシは一言も土の魔石とは言うておらん。よく思い出せ。ワシは魔石、と言うたんじゃ。土の魔石を限定してはおらん。それに主を一番喜ばせたのはどう見てもワシじゃ。おぬしらは目先のことばかりでまだまだ先んじて主を慮ることができておらん。これはその結果じゃ』
ゼルギオンは膝をつき敗北にうちひしがれ、クロは主の一番の座に危機感を抱き恐れおののいていた。
宗太はクロ達のやり取りを眺め、頬をポリポリとかき、どうしたもんかと思いながらフォローした。
「みんなありがとな!俺のためにしてくれた気持ちだけでも嬉しいのに、実際にこんなに魔石を集めてくれて本当に助かったよ。早速、畑に埋めるから手伝ってくれ」
宗太の言葉に元気を取り戻したゼルギオンと、お手伝いを頼まれたことを喜ぶクロは意気揚々と宗太についていった。
ゼルギオンの大きいな魔石を一つとシロの大きな緑の魔石を畑の中央に埋めて、クロの集めた沢山の小さな魔石は結界内のあらゆる場所に埋めた。
残りの魔石は拠点を拡張した時のために取っておくことになった。
宗太は自分のためにみんなが動いてくれたことが嬉しくて、畑で取れた作物の他にいろいろな料理を具現化してみんなを労った。
『みんな頑張ってくれたから今日はごちそうだ!さあ、遠慮なく食べてくれ!』
ワァーッと歓声が上がって、賑やかで楽しい夕食となった。
宗太は始め、誰とも関わらず一人で生きていこうと思っていたが、目の前の光景を見て苦楽を共にできることの幸せに気づき、クロ達を大事にしようと思った。
そして、人間の欲望からかけ離れたこの場所で、いつまでもクロ達とのんびりできたらいいな、と強く願った。




