ドラゴン
「シロ!待て!」
『ちんたらしておる暇なぞないぞ!ドラゴンに気づかれた以上、無傷で逃げるのは不可能。殺らねば殺られるだけじゃぞ!』
そうシロに言われ逃げられないことを悟った宗太は、クロにまたがりシロの近く行くように命じた。
シロの側にいるのが一番安全だと思えたからだ。
『カーッカッカッ!いたぞ!ドラゴンだ!存分にいたぶってやろうぞ!』
待ち構えていたドラゴンは大きな口を開けて炎のブレスを吐き出した。
「ギャーー!」
『氷壁!』
シロは自分と宗太を守るように氷の壁を幾重にも作り出した。
(ん?咄嗟に主にも氷壁でブレスを防いでしもうたが、主の結界の強度なら重ねがけすればあの程度の攻撃は防げそうだのう)
『主よ、ワシは攻撃に専念するぞ!主は結界を重ねがけして逃げておればよい』
「なにー!」
(何のためにシロの側にいると思ってるんだ!守ってくれるんじゃねーのかよ!)
「すでに俺とクロには多重結界を張ってるぞ!あんな炎、とてもじゃねーが防げねーよ!」
声を荒げる宗太をシロは驚愕の視線を向けた。
(た、多重結界じゃと?なんとまあ末恐ろしい主よ)
『カーッカッカッ!多重結界のう!それはよい!クロ、お主のほうが素早いのじゃ、しっかり攻撃を避けて主を守れよ』
『ウォン!当タリ前ダ!』
「クッ!」
(守ってもらえそうにねーな。くそ!どうしてこうなった!)
宗太は敵を前にしてぐじぐじと後悔していたが、クロが臨戦態勢に入ってたおかげで致命的な隙は生まれなかった。
クロは神経を研ぎ澄ませドラゴンの動向を見た。そしてドラゴンが動く前に攻撃を察知して回避行動をとった。
さすがにドラゴンを攻撃するために懐に入れば叩き潰されてしまうが、回避に専念すればクロでも充分ドラゴンと渡り合えた。
『こら、若造!よそ見しておってよいのか?氷槍乱舞!』
弱い者から潰そうとしたドラゴンをシロの氷の槍が襲う。
『ギーギャー!』
ドラゴンは炎のブレスで氷の槍を溶かした。そして尻尾を振り回しシロを攻撃した。
『遅い、遅いぞ!愚鈍なドラゴンの若造よ!』
空中へ回避したシロにドラゴンはまたもや炎のブレスを吐いた。
『チィ!』
(し、シロがやられる!まずい!)
「多重結界!」
宗太は慌ててシロに多重結界を張った。
シロを襲った炎のブレスは多重結界によってかき消えた。
『ほう』
(すごい結界じゃな。熱も通さんとは。もしやこのワシでも傷つけることができんかもしんのう)
『感謝する、主!これで攻撃に専念できるぞ!』
そこからはシロの独壇場だった。
シロの素早さに翻弄されたドラゴンは、怒りと焦りで暴れ回り体力と魔力を消耗させ勝手に自滅していった。
ドラゴンの炎で上がっていた洞窟の温度は、いつの間にか息が白くなるほどシロの氷魔法によって下がっていた。
そして氷魔法で地面に這いつくばって凍らされたドラゴンの頭をシロが前足で踏み踏みした。
あまりにも呆気なくドラゴンを倒したシロに宗太は口をポカーンと開けたまま固まっていた。
クロはシロの動きをよく観察し今後のための参考にした。
『よ、よくも!離せ、離せー!』
ドラゴンはシロに抗議するように暴れた。
『主よ。記念にこやつの牙や鱗を剥いで武具でも作ろうではないか!カーッカッカッ!』
『ひぃ!』
震え上がったドラゴンは降参とばかりに人化して手を上げた。
そこにはまだ幼さの残る少年が立っていた。
宗太はいきなり人化したドラゴンに驚き、さすがに人の姿をしている者を殺すなんて考えは起きなかった。
「……し、シロ。ご苦労さん、助かったよ。あとこのドラゴンは殺さないからな」
『なんと、殺さんのか?せっかくの戦利品じゃぞ?』
生存の望みを感じたドラゴンの少年は全力で謝った。
『も、申し訳ありませんでした!もう二度と歯向かったりは致しませんので、どうか命だけはお助け下さい!』
先程までの恐ろしさは見る影もなく、憐れみを誘う少年の謝罪に宗太は罪悪感を覚えた。
(よく考えたらこっちがこの少年の住処に勝手に入って魔石を取っていこうとした、いわば強盗だよな。そしてボコボコにされたあげくに土下座までさせられて……。あれ?俺等、極悪人じゃね?)
『これ、勝手に喋るでない』
『グキャ!』
シロに頭を押さえつけられて少年は勢いよく地面にキスをした。
「や、やめろよ!まだ子供じゃないか!それに勝手に住処に入ったのはこっちだぞ!」
『フン、弱い者に存在価値はない。強い者に全てを差し出すのは当然じゃ』
「お、お前!どこのジャ○アンだよ!」
シロのあまりの理不尽さに叫んだあと、宗太は少年を離すように促す。
『むぅ、つまらんのう。こやつは子供故、歯ごたえがなかったから消化不良じゃのう。そうじゃ!こやつの親も叩き潰してこの山一帯を主の縄張りにするのはどうじゃ?』
シロの発言に少年と宗太は目を剥いた。唯一クロだけが、ナイスアイディア!と言わんばかりに尻尾を振った。
「いやいやいや、やらないし!むしろお隣さんなわけだから、これからは仲良くしたいわ!少年、突然の不躾な訪問すまなかったな」
慌てて宗太は少年に謝罪し事態を解決しようとした。それに少年も慌てて便乗した。
『いえいえ、とんでもありません!こちらこそ身の程を知らずに攻撃してしまい申し訳ありませんでした。これからはこの赤竜ゼルギオン、あなた様達と永劫の友好を結ぶ所存です』
「そうかそうか!それは心強い!困ったことがあればお隣さんとして出来る限り協力するから何でも言ってくれ」
『有り難く存じます。こちらも協力は惜しみませんので何なりとお申しつけ下さい』
宗太と少年ことゼルギオンは、この場を乗り切るために友好を結び握手をかわした。
その様子をつまらなそうに見るシロと、未だゼルギオンを警戒するクロが宗太の側に寄ってきた。
『ふん、まあよいわ。それで若造よ!』
『は、はい!』
『早速主のために働いてもらうぞ!とりあえず急ぎ上質な火の魔石をありったけと、その後は他の魔石や鉱石や……、とにかく珍しいものを定期的に主の元へ届けよ!』
『は、はい!承りました!』
宗太は、おいおいマジかよ、と思いながらシロを諌めようとした。
『主は黙っておるのじゃ!』
と、シロはピシャリと宗太を制した。
『本来戦いに敗れた者は縄張りも命も全て奪われるのじゃ!それを縄張りも命も取らぬなどあってはならんこと!この若造には今後、主の奴隷として働いてもまだまだ足りぬぞ!』
クロはうんうん、とシロに賛同するように頷いた。
しかし宗太とゼルギオンはお互い顔を青くしながら、シロに何を言っても無駄だと悟った。
そしてシロに聞こえないように宗太とゼルギオンはヒソヒソと今後のことを話し合った。
(とりあえず表向きは何か適当に差し入れしてくれ。そのお礼に俺からは畑の作物を渡すから、お互い仲良くやっていこう)
(分かりました。シロ殿の不興を買わないように努力します。シロ殿の主があなた様のような方で本当によかったです)
『何をコソコソしておる!』
ゼルギオンはひぃっ!と小さな悲鳴をあげて宗太から離れた。
『ほれ、ぐずぐずせずにさっさと火の魔石を取ってこんか!ワシ等は魔の森中腹の拠点に戻っておるから、早く持ってくるのじゃぞ?』
『はい!畏まりました!』
そう言うとゼルギオンはとてつもない速さで洞窟の奥へと消えていった。
「な、なあ。別にここで待ってたっていいんじゃないか?」
シロは首を振って答える。
『ダメじゃ。こういうのは最初が肝心でな、上下関係は早々に叩き込まねばならん。特にドラゴンは皆高慢ちきで言うこと聞かんのじゃ。叩けるだけ叩いて心を折っておく必要があるというわけじゃ』
宗太はおおふ、と後退りながらシロの鬼畜ぶりに恐れて戦いた。
『でもまあ、あの若造は大丈夫じゃろう』
「なんでだ?」
『あのお粗末な戦いぶり、恐らく自分より強者と戦うのが初めてのひよっ子よ。きっと親のドラゴンに安全な地下の縄張りを与えられた箱入り息子といった所じゃろ』
(そんな戦いとは無縁の少年を俺達はボコボコに叩きのめしたか……。ん?シロのほうが圧倒的に強いなら戦わなくても火の魔石だけ取って逃げれたんじゃないか?そもそも格下であるクロでも素早さは優ってたんだ。逃げるだけなら問題なかったはず……)
「なあ、シロ?」
『なんじゃ、主?』
「お前、ドラゴンに気づかれたら逃げれないって嘘ついただろ?」
シロはギクッと体を強ばらせたが素知らぬ振りをした。
『はて、なんのことじゃか』
「おーまーえー!ただ戦いたかっただけなんだな!」
ヤベッとシロは逃げるように駆け出した。
宗太はクロにまたがり全力で追うように指示した。
「あばばばばば!」
すっかり崖を駆け上がることを忘れてた宗太は、死に物狂いでクロにしがみついた。
拠点に着く頃にはいろんな意味で疲労困憊した宗太はシロを無視して速攻で寝床へ向かった。
(ああ、マナキノコだけは食べておかないとな)
パクッ。
(ぐぉーー!いてーー!)
翌日、ゼルギオンは朝一で上質な火の魔石を大量に届けにきた。
帰りしなに宗太が沢山の野菜と果物をカゴに入れて渡してやると、持ち帰って食べたゼルギオンはあまりの美味しさに感動し、何かと理由をつけては拠点に遊びに来るようになった。
いつしか、宗太はゼルギオンをゼルと呼ぶようになり、ゼルギオンは宗太を主と呼ぶようになっていた。




