これだけは譲れません
今日、柴田は新しいことを2つやった。
1つ目、アメリカで大流行中の『パケモンGO!』が日本で配信されダウンロードした。
2つ目、コツコツ御小遣いためた3万を握りしめて念願の秋葉原へ旅行。
*
「だからそれ。そのせいで君、死んだのよ」
「いやいやいや……いやいやいやいや」
柴田は全力で首を振る。
この人、なに言ってるのかちょっと理解できないです。
「歩きながら見知らぬ土地でスマホに夢中なんてそら死ぬよ。で、あんた引き籠りでしょ? 外出したの3年振りでしょ? 死ぬって。むしろ、階段転びでよかったよー。誰も巻き込んでないから」
その女性がニコニコした様子で説明する。
流れるような銀髪、恐ろしいほど整った鼻筋に輪郭、そして何より恐ろしいほど大きな胸は、自分の足元すら見えない程に張り出している。大きく胸を開けた服には豪華絢爛な装飾が、その胸の存在感を圧倒的なものにしていた。
このような現実感のない話を徐々に受け入れつつあるのは、この人がハリウッド女優でも見ないような艶美な美しさを有しているためだった。
でも……
「そんなはずない。ドッキリでしょ!? あんた、芸能人で僕をはめようとしてるんでしょ」
柴田は全力で否定する。
そうさ、全部気のせいさ。さっきから身体が透けてるのも、壁も地面も無くてひたすら暗闇を空中に漂ってる気がするのも、この絶世の美女が逆さまなのも全部気のせいだ。そう自分に何度も言い聞かせる。
「またぁ、本当はもうわかってるくせにぃ。ほら、見て見てー」
そう言って彼女は柴田の身体に無邪気に突っ込んで……すり抜けた。
「……僕は……死んだのか?」
「だから、さっきからそう言ってるんじゃない。ほら、見て見てー」
またしても彼女は柴田の身体に何度も何度も腕を突っ込む。
「僕が……死んだ……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うっ……そんなにガチ泣きしないでよ、ひくわー」
絶世の美女が鼻をポリポリ掻きながら、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「もう……なりたいものにもなれない。なれないんだ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
「大丈夫、どうせなれないから。君、全然努力しないし、ひきこもりだし、言い訳多いし。生きてても苦しいだけだったって」
「もう……彼女だって作れない。結婚だってできない。子供だってできないし幸せな家庭だって……うわああああああああああああああああああっ」
「大丈夫大丈夫、どうせ彼女できないし、結婚無理だし、子供だって幸せな家庭だってないから。だって君って滅茶苦茶不細工で壮絶性格悪いじゃん。一億回君の人生シミレーションしてみたけど、一億回独身のまま死んだから」
「もう僕は会いたい人にも会えないんだ……お別れも言えないんだ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「全然大丈夫だって。君、死んでも悲しんでる人いないから。ほらっ、ひきこもりで家族みんな困ってたから。不幸中の幸い、ほんとーに全然悲しんでなかった。見てきたから。私が保障する」
「うわあああああああああああっ! なんなんだよあんたは、ちゃんと慰めろよ! 聞けば聞くほど傷つくじゃないか僕が!」
「とにかく、生きててもろくな人生じゃなかったんだから。切り替えよっ、次、次よ」
圧倒的他人事感。恐ろしいほどの他人事に、ようやく柴田は若干の冷静さを取り戻した。
「ひっく……ひっく……ところで、あんた誰?」
「私? 見てわかるでしょ。女神よ、運命の女神」
自信満々に豊満な胸を張る自称運命の女神。
「はぁ……」
な、なんて嘘くさい女神。
「でね……パンパカパーン! おーめーでーとー。君は666兆6666億6666万6666人目の死者でござーい」
チャチなクラッカーをパーンと鳴らした自称運命の女神。
聞けば聞くほど……なんて嘘くさい女神。
「で、なんか特典あるんですか?」
限りなく嘘くさい話だが、一応聞いておく。
「何言ってんのよ、私、運命の女神よ? 次回の人生の運命を君の好きな感じにカスタマイズしてあげるのよ。どう、嬉しいでしょ? 嬉しいでしょ?」
「いや、そりゃあまあ。本当だったら嬉しいですけど……」
「本当だって! まあ、住む世界は選べないんだけどね。それは至高神の管轄だから。でも、種族とか能力とか内面的なのは管轄私だから。次は何にする? 私的におすすめはスライム。いいわよー、スライムは」
「あの……できれば人がいいんですけど」
「……マジで? あんだけ家族にないがしろにされて、あんだけいじめられて、あんだけお先真っ暗だったのに?」
「ほっといてください! 次こそはって思うでしょ誰だって」
「まあ……いいんだけど。じゃあ、人間でいいのね? 能力はどんな感じにする? 一番人気はやっぱり最強イケメン系とかだけど」
「うーん……それって楽しいですかね? 僕、よくロープレやるんですけど強すぎるとつまんないんですよ。それに、シミュレーションのが好きなんですよね、僕」
「まあ……確かに最強イケメン系は『つまんなかった』って意見が多いけど。じゃあ、潜在能力最強磨けばいい男系とかにする? これなら修行する楽しさあるけど」
「うーん……多分、僕やんないと思います。いつもダイエットしようしようと思ってたんですけど結局100キロ超えてたし、動くの面倒くさかったし。恐らく、そんなに頑張んないと思います」
「……すがすがしいくらいのクズね。じゃあ、どうしたいのよ?」
「まあ、強いて言えばゲームの『信長シリーズ』とか『三国志シリーズ』とか好きだったんで、王様になって天下目指すのもいいですけどね」
「ああ、確かに王様系は人気あるわよ。それ、ベースにする?」
「うーん……でもプレッシャー多そうだしなぁ。リーダー的なの向いてないんですよ。色々指図するのとかって嫌われちゃうし、人だっていっぱい殺さないといけなそうだし。しがらみとか多そうだし。毒殺とかされたら多分、僕滅茶苦茶へこむと思うんですよ」
「君……根っからのニートなのね」
「すいません、ちょっと色々考えさせてもらっていいですか?」
「ま、まあよく考えて」
・・・
「あっ……でも、もう一つだけ外せない設定があるんです」
「なに? 安心しなさい。私にできないことはないから。なんでも叶えて――」
「20歳代の義母と4歳年上の義姉、3歳歳下の義妹。しかもめちゃくちゃ美女、美少女でお願いします」
「……」
これ以上ないくらい瞳を輝かせる柴田に、彼女は思う。
……ガチクズ来ちゃった、と。