灯宮義流の崖っぷち
灯宮義流は、崖っぷちにやってきた。
高所恐怖症なのに、わざわざ崖のギリギリまで行くと、下を見下ろしてブルブルと身震いし始めた。バカだ。
たっぷりスリルを満喫してテンションがあがったらしい彼は、不意に手をポンと叩いた。
「なんか、小説書きたくなってきた」
灯宮義流は、ウズウズして荷物を探る。しかし、ペンもない、紙も無い、パソコンもない。
携帯はあったが「携帯で書くのスペース面倒だからなあ」としまってしまった。
じゃあ、どうやって書こうか? そう悩んでいて、灯宮義流は足元を見下ろした。
「そうだ、この崖っぷちの地面に文字を刻んで書こう!」
早速、岩肌を削るために何か無いかと、灯宮義流は辺りを見渡した。だが、このあたりには丁度良いものがなかった。
草も木も金もない。あるのは波の音と、風で流れてくる海の塩のしつこい匂いだけだった。
どうしようかなあ、と悩んでいると、後ろから観光客が現れた。誰かと思ったら、侍だった。
そうだ、侍の刀でここに書こう。それならよく削れるだろうし、丁度良い。
早速灯宮義流は、侍に刀を貸してくれと頼み込んだ。
「どうして?」
「僕、この崖っぷちに小説を刻みたいんです。だからちょっとでいいんです。刀貸してくれませんか」
「あー、ちょっと無理。拙者、小説嫌いなんで」
えーそんなー! とワガママに灯宮義流はブーたれた。
侍はそれを見て斬りかかりなくなったが、そこは我慢してこう提案した。
「じゃあ漫画描いてくれたらいいよ」
「えー、僕は絵なんて描けないですよ」
「なんでもいいよ。ちゃんとオチがついてれば」
灯宮義流は考えた。彼は絵が猛烈にヘタクソなのである。
「なら四コマでもいいですか?」
「ああ、いいよ」
四コマならその昔描いたことがあるから、なんとか行けるぞ! と喜びながら、灯宮義流は刀で四コマ漫画を岩肌に描き始めた。
数十分後、漫画が完成したらしく、灯宮義流は早速侍にそのネタを見せた。
「つまらん。やっぱダメ」
「えー! これでも頑張ったんっすよ!」
「ダメなものはダメ。つまんねーんだから仕方ないだろ。じゃ、さらばでござんす」
侍は行ってしまった。腹が立ったので、灯宮義流は鞄の中に入っていたBSPを投げつけた。
後頭部に当たったそれは、打ち所が悪かったのか、侍を昏倒させた。意識を失った侍は、そのまま海にまっ逆さまに落ちた。
「あー、僕のBSPがー!」
しかしもう遅い。灯宮義流は仕方なくゲーム機を諦めて、なんとか他に方法はないか考え始めた。
すると、地べたを這いずり回りながら方法を考えていた灯宮義流の元に、今度は絵描きがやってきた。
おあつらえ向きにやってきてくれたな、と、灯宮義流は今度はストレートに用件を伝えた。
絵描きは、じゃあ自分が挿絵を描いてやるから、お前は面白いものを書けよとプレッシャーをかけてきた。灯宮義流にはそんな自信はなかったものの、書けるならいいやとそれを承諾した。
しばらくの間、二人は無言で作品を作り上げていた。絵の具という書き難い道具のせいか、既に字の汚い彼の字は、ミミズが干からびたような、見るも無残な字になっていた。
読めねーよと文句を言いつつも、絵描きは読みながら挿絵を紡いでいった。すると、今度はSPのようなスーツ姿をした二人組みがやってきて、驚愕した。
「Oh! ユータチ何してるんだヨ!」
「重要ブンカザイの崖っぷちにラクガキなんかシヤガッテ! 事務所までチョットコイ!」
と、灯宮義流は二人組みによって羽交い絞めにされ、事務所まで連れて行かれてしまった。絵描きはいつの間にかいなかった。逃げたのである。
「チクショー、いつかお前の顔をパンダにしてやる!」と喚いていた彼だったが、結局事務所についた途端、SP二人に対する情けない平謝りが始まっていた。
もういいよ、と快く許された灯宮義流だったが、祖国ニホンに帰国してみると、さらなる困難が待っていた。
日本人の恥さらし、ガキ以下というバッシングを浴びた灯宮義流は、そのまま警察に連行され、三日三晩警察のお説教と事情聴取を受けさせられた。
散々クタクタにされた灯宮義流は、あげくに家に帰されることもなく、反省を促すためだと、監獄にぶち込まれてしまった。
子どものようにヒックヒック泣いていた灯宮義流だったが、不意に泣き止むと、嬉しそうにこう言った。
「なんか、小説書きたくなってきた」
灯宮義流は、“続々々々崖っぷち”を書き始めた。
本作品はフィクションです。登場人物や出来事などは全て架空のもので構成されています。