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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第二章【それでも、名を呼べずに】

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第9話『知らない名前』


 その日

 隼人はあの路地には行かなかった。

行けなかったと言った方が正しいのだろうか


 理由は分からない。

 行かなければならない気がしたのに、

 足が、どうしても別の方へ向いてしまった。


 街灯の少ない細い道。


「こんな所は初めて来たな」


心の赴くまま身を任せてたどり着いた場所は初めて来る場所

古い家が建ち並ぶ住宅街


そこに周りの家よりもっと、10年位更に古いアパートがあった。


そのアパートが無性に気になる


怖さは多少あった。

古い建物と夜という独特な雰囲気からくる怖さではない


何故かはよく分からないが、来てしまったといったような現せられない感覚だった。


アパートの2階へ続く錆びた外階段

その階段の横の方

覗かないと見えない場所


そこに、うずくまるようにして座っている人影があった。


 年齢も、性別も、よく分からない。

 ただ、息が浅く、肩が小刻みに揺れている。


 ――苦しい。


 そう、思った。


 その人が声に出したわけでも、教えられたわけでもない。


 ただ、分かった。

伝わってきた。


 「……大丈夫ですか」


 声をかけた瞬間、

 自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。


 相手は、ゆっくりと顔を上げる。

 濁った目。

 焦点が、合っていない。


 「……もう……いいんだ……十分だ......」


 その言葉を聞いた時、

 胸の奥が、ぎゅっと掴まれた。


 良くない。

 このままにしてはいけない。


 そう思った理由も、

 どうすればいいかも――


 分からないはず、なのに。


 隼人は、ポケットに手を入れていた。


 紙があった。

 ペンも。


 「……え?」


 いつから持っていたのか、覚えていない。

 けれど、不思議と疑問は湧かなかった。


 ああ、これを使うんだ。


 こんな状況なのにも関わらず、冷静に、そう思った。


 地面に膝をつき、

 紙を押さえる。


 震えは、ない。

 けれど、心臓の音だけが、やけに大きい。


 「……名前……」


 無意識に、呟く。


 誰の名前か。

 どうして名前なのか。


 考える前に、手が動いた。


 文字を書く。

 ゆっくりと。

 丁寧に。


 書き終えた瞬間、

 胸の奥が、強く締め付けられた。


 苦しい。

 息が、詰まる。


 「……っ」


 隼人は、思わず俯いた。


 涙が、落ちた。


 理由は分からない。

 どうしてこんなに、痛いのか。


 「……ごめん……」


 誰に向けた言葉かも分からないまま、

 そう呟いた。


 そして。


 願ってしまった。


 言葉にはならない、

 形もない、

 ただの衝動。


 ――苦しまなくていい。

 ――静かに、終われますように。


 次の瞬間、

 その人の呼吸が、ゆっくりと、穏やかになる。


 顔から、力が抜ける。


「ありがとう......」


声にならない声でその人はなぜか隼人に感謝の言葉を言った。


 その言葉を聞いたとたん隼人はその場に座り込ん出しまった。

力が抜けて崩れる様に。


 「……はぁ……っ……」


 胸が、痛い。

 頭が、ぐらぐらする。


 紙を見るのが、辛かった。


 見ていると、

 何か思い出してはいけない大切なものを、思い出してしまいそうで。


 隼人は衝動的に紙を折った。

 何度も。何度も。

 ぐしゃぐしゃになるまで。


 そして――

 その上から、自分の名前を書いた。


 なぞるように。

 何かを隠すように。


何度も涙に邪魔されたが、ようやく書き終えた。


 気づけば、

 涙は止まっていた。


胸の痛みが、薄れている。

 

「……あれ?」


ここは何処だろう?

さっきまで何をしていたのか。

何を思っていたのか。

 

凄く苦しかったような気がするけど


 思い出せない。


知らない道で、何故か座り込んでいた。


 僕は立ち上がった。

ゆっくりと、しっかりと、遠くに見える見慣れた景色まで歩きだす。


 夜風が、少し冷たい。


 「……ごめんなさい……」


 誰に言うでもなく、そう呟く。


 そう思うことに、

 何の疑問も抱かずに。


 ただ一つ。


 胸の奥に、

 説明できない感覚だけが残っていた。


 ――これを、

 また、してしまう気がする。


 理由は、分からない。


 答えも、ない。


 空を見上げ、

 何も考えないまま、歩きつづける。


 折り畳まれた紙だけが、

 ポケットの中で、静かに重なっていた。

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