第6話『生きたい』
天井が、やけに近かった。
白い。
何もない。
模様一つない天井を、私はぼんやりと見つめていた。
息を吸うたびに、胸の奥がきしむ。
肺が、ちゃんと膨らんでいない感じがする。
「……はぁ……」
声にしようとすると、掠れた音しか出なかった。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。
今日も、ちゃんと朝は来たらしい。
身体は重い。
指先が、少し冷たい。
布団の中なのに、寒い。
でも――
「……まだ、動く」
小さく、そう呟いた。
ベッドの脇には、薬の瓶と、水の入ったコップ。
見慣れた光景。
もう、何度も見てきた。
私はゆっくりと上体を起こそうとして、やめた。
視界が一瞬、ぐらりと揺れたから。
……大丈夫。
よくあること。
私は、ちゃんと分かっている。
自分の身体が、あまり良くない事を
どれくらい、という具体的な数字は知らない。
知らないようにしている。
だって、知ったら――
数え始めてしまうから。
秒を
分を
今日という日を
終わりをーー
それは、きっと、とても怖い
朝が、もう来ないかもしれない事よりも
だから私は、知らないふりをしている。
何も知らない
私は、ただ生きているだけ
「……悪い子だよね」
誰に言うでもなく、そう呟く。
お父さんも、お母さんも、もういない。
最後に顔を見た日のことは、あまり覚えていない。
ただ、手が温かかったことだけは、覚えている。
「……一人、か」
ぽつりと落ちた言葉が、
部屋の中で、静かに消えた。
――昨日。
あの路地に、行けなかった。
行きたかった。
本当は、行きたくて仕方なかった。
でも、身体が言うことを聞かなかった。
布団から起き上がろうとして、
息が詰まって、
視界が暗くなって。
「あ……」
その時、頭に浮かんだのは――
隼人の顔だった。
あの、少し困ったような目。
真面目で、不器用で、
優しいのに、自分のことは何も分かっていない顔。
「……会えない……」
胸が、きゅっと縮んだ。
怖かった。
居なくなる事よりも、
会えなくなることの方が、
ずっと、ずっと怖かった。
「……やだ……」
涙が、勝手に溢れてきた。
「隼人ぉ……会いたいよぉ……」
隼人を思い出すと自然と笑顔になれる
笑いながら泣いている
そんな矛盾した顔
こんな感情を小説ではなんと言ってたっけ?
私は初めての感情だから上手に表せないや
布団を握りしめる。
指に力を入れる。
震えている。
身体も、心も。
「……怖いよぉ……」
こんな風に思うなんて、
思ってもみなかった。
生きることなんて、
ただ苦しいだけだと思っていた。
少なくとも今まではそうだった。
終わらせたくて、
夜の街を歩いたこともある。
全部、終わりにしようとして、
歩いて、歩いて――
でも。
あの路地で、
一輪の花の前で、
隼人に会ってしまった。
「……なんで……」
なんで、今さら。
なんで、こんな時に。
涙が止まらない。
声を押し殺して、
必死に、泣いた。
誰にも、聞かれないように。
誰にも、知られないように。
「……生きたいなぁ……」
初めて、はっきりと思った。
隼人に、また会いたい。
あの、どうしようもない会話をしたい。
花の前で、並んで座りたい。
ただ、それだけ。
それだけなのに。
「……居なくなりたく、ない……」
胸が、苦しい。
息が、うまく吸えない。
それでも私は、
必死に、呼吸を続けた。
生きるために。
隼人に、
分かられないように。
それが、私の選んだ生き方だから
心配させないように。
重荷にならないように。
私は、花でいなきゃいけない。
花乃、なんて名前を名乗ったら、
きっと、全部壊れてしまう。
「……大丈夫……」
自分に言い聞かせる。
まだ、終わりじゃない。
まだ、行ける。
明日は、きっと。
涙を拭いて、
私は、ゆっくりと息を整えた。
――怖い。
でも。
それでも。
私は、生きる。
隼人に会うために。
たとえ、
その理由が、
どんなに、身勝手でも。
胸の奥で、
小さく、確かに、
何かが芽吹いている気がした。
それは、
今は名前のない感情。
けれど――
確かに、
「生きたい」と、思わせるものだった。
読んでいただき有難う御座います。
この話から物語の温度が、少しかわります。




