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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第一章【春風】

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第5話『知らない』

 その日は、花は来なかった。


 放課後、

 僕はいつも通り、あの路地へ向かった。


 一輪の花は、変わらずそこに咲いている。

 けれど、その隣にいるはずの存在だけが、欠けていた。


 「……遅れてるだけ、だよな」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


今日は少しここに来るのも足取りが重かった。

来たくないなんて事はない

何故か分からないが昼休みに少し昼寝をしてから気が重かった。


きっと悪い夢でも見たのだろう


そう言い聞かせていた。


花が来ない事も相まって何かよく分からないモヤモヤが僕の胸の奥を埋めてゆく


 少し待てば、

 いつものように、何事もなかった顔で現れる。

 そんな気がしていた。


 けれど、十分、十分、十分――

花は来なかった。


 夕日が傾ききるまで、花は来なかった。


 胸の奥が、妙に落ち着かない。


 不安、とは少し違う。

 焦りでもない。


 何か、大事な手順を飛ばしてしまったような、

 そんな感覚。


 「……帰ろう」


 そう思った、その時だった。


 胸の奥が、

 ずきり、と小さく痛んだ。


 心臓とは違う場所。

 もっと深い、説明できない場所。


 僕は思わず、胸元を押さえる。


 「……?」


 制服の内側、

 シャツの胸ポケットに、

 見覚えのない感触があった。


 紙


 白く、薄い、紙


 ゆっくりと取り出す


 そこには、何も書かれていないはずだった。


 ――はずだった。


 けれど、

 確かに、文字があった。


 滲んだような、

 鉛筆でなぞったような、

 読めるか読めないか、ぎりぎりの文字。


 《篠宮 花乃》


 一瞬、呼吸が止まる。


 「……なんで」


 名前だ。


 花の名前。


 僕は、この紙に、

 何も書いた覚えがない。


 そもそも、

 こんな紙を持っていた覚えすらない。


 指先が、微かに震える。


震えたのには理由があった。


勿論こんな知らない紙が入っていた事事もだがそれだけじゃない。

もっと明確に僕が震えた理由がある


これは僕の字だ


何度も見た事がある、何度も書いたことがある、紛れもない僕自身の字


 紙の下の方には、

 さらに、薄く続きがあった。


 《――――》


 そこだけ、

 何かを書こうとして、消したように見えた。


 書いてはいけない。

 書いてはいけなかった。


 そんな、強い意思の痕跡。


 「……誰が、こんな」


 問いかけても、答えはない。


 夕暮れの路地には、

 一輪の花と、

 僕の呼吸音だけが残っている。


 その時、

 ふと、花の言葉が蘇った。


 ――「私は、悪い子なの」


 違う。


 悪いのは、

 きっと、そっちじゃない。


 胸の奥が、

 また、静かに痛んだ。


 僕は、その紙を、

 そっと畳んで、ポケットに戻した。


 理由は分からない。

 けれど、直感だけは、はっきりしていた。


 これは――

 誰にも、見せてはいけない。


 家に帰る道すがら、

 影が、妙に長く伸びている気がした。


 街灯の光の下で、

 僕の影は、

 まるで誰かを覆い隠すように、

 地面に広がっていた。


 その影の形が、

 ほんの一瞬、

 人ではない何かに見えた気がして。


 僕は、

 足を止めた。


 そして、初めて――

 自分自身から、目を逸らすのをやめた。


 「……僕は、何だ」


そう胸に手を当てながら言った


 その問いに、誰も答えてはくれない


 書いていないはずの名前だけが、

 確かに、そこにあった。


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