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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第35話『約束』


 駅前は、夕方の光でやわらかく染まっていた。


 商店街の端に、まだ白い紙で覆われた店がある。

 大きな窓の内側には、準備途中の棚が見える。


「ここだよ」


 花が立ち止まる。


 教室で見たチラシの店だ。


「思ったより小さいね」


「落ち着いてていいんじゃない?」


 花は笑う。


 来週オープン。

 そう書かれていた。


 隼人は、何も言わずにその張り紙を見る。


 ――来週。


 視えてしまった光を、思い出す。


 淡く、細いそれ。


 遠くはない。


 けれど、まだ“今すぐ”ではない。


「オープンの日、来れる?」


 花が何気なく言う。


 隼人は一瞬、言葉を探す。


「……たぶん」


「たぶん?」


「混みそうだね」


「じゃあ並ぼうよ」


 軽い調子。


 未来を疑わない声音。


 並ぶ時間さえ、当然あるものとして話す。


 隼人は、花の横顔を見る。


 風が吹き、髪が少し揺れる。


 そこには、あの線は見えない。

 視ようとしなければ、見えない。


 だが、知っている。


 一度視てしまった以上、

 知らなかった頃には戻れない。


「寒くなる前に行けるといいね」


 花が言う。


「冬って、急に来るから」


 冬。


 その言葉が胸に落ちる。


 時間は、季節のように進む。


 止められない。


 終わりは、必ず来る。


 隼人はこれまで、

 終わりを“与える側”だった。


 苦しみに沈んだ人の背後で揺れる光を見て、

 静かに名前を書き、

 願いを込め、

 終わらせてきた。


 それが役目だった。


 それ以外を、考えたことはなかった。


 だが。


 花の背後に揺れるあの光は、

 まだ笑っている存在のそれだった。


 苦しんでいない。

 助けを求めてもいない。


 それでも、長くはない。


 終わりは、ある。


 もし、その時が来たら。


 自分はどうする。


 いつものように、終わらせるのか。


 苦しまないように。


 安らかに。


 それが正しいのか。


 花がショーウィンドウを覗き込む。


「ケーキ、あるかなぁ」


「来週でしょ」


「でも想像するのは自由でしょ?」


 花は振り向く。


 笑っている。


 その笑顔に、終わりの影はない。


 隼人の胸の奥で、何かが軋む。


 終わらせる。


 それは救いだった。


 だが。


 終わらせないという選択は、存在しないのか。


 延ばすことは。


 守ることは。


 自分の力は、本当に“終わらせる”だけなのか。


 初めて、思考がそこに触れる。


 答えは出ない。


 方法も分からない。


 けれど。


 考えてしまった。


 それだけで、何かが変わる。


「ねえ」


 花が隼人の袖を軽く引く。


「来週、ちゃんと来てよ?」


 約束を疑わない目。


 未来を前提にした声。


 隼人は、ほんのわずかに目を伏せる。


「……うん」


 約束をする。


 来週。


 その言葉が、静かに重い。


 空は、ゆっくりと色を落としていく。


 白い紙で覆われた店は、

 まだ何も始まっていない。


 始まる前の静けさ。


 その前に立ちながら、隼人は思う。


 終わらせる以外に、何かないのか。


 初めて、その問いが胸の奥に残る。


消えないまま。

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