表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/35

第34話『知ってしまった夕暮れ』


 放課後の教室は、橙色に満ちていた。


 窓から差し込む光が長く伸び、机の影を細く引き延ばしている。

 教室にはもう、ほとんど人がいない。


「見て」


 花が一枚のチラシを差し出す。


 駅前にできる店の広告らしい。

 甘い菓子の写真が並び、隅には小さく「来週オープン」の文字。


「限定のケーキがあるんだって。絶対混むよね」


 来週。


 隼人は紙を受け取る。


「甘いのばっかりだな」


「隼人も食べるでしょ?」


「少しなら」


 花が笑う。


 その声は、軽い。

 未来を疑っていない音。


「来月はさ、少し寒くなるよね。コート出さないと」


「そうだな」


「秋って短いよね。すぐ冬になっちゃう」


 来月。

 冬。


 花は、当たり前のように季節を越える。


 その言葉を聞きながら、隼人の胸の奥に微かなざわめきが生まれる。


 秋の終わり。

 冬の始まり。


 時間は、前に進む。


 花の指先が、チラシを持つ隼人の手に触れた。


 その瞬間だった。


 視界が、わずかに揺れる。


 光の層が一枚ずれたような感覚。


 胸の奥が、ひやりと冷える。


 ――視るな。


 無意識に、そう思った。


 だが。


 花の肩のあたりから、細い光の線が伸びているのが見えた。


 淡い。


 ほとんど透明に近い。


 夕陽に溶け込みながら、それでも確かに存在している。


 命の長さ。


 残された時間。


 隼人は何度もそれを視てきた。


 苦しみに沈んだ人の背後で、

 静かに揺れる線を。


 長いものもあった。

 短く、今にも切れそうなものもあった。


 花のそれは――


 細い。


 思考より先に、身体が硬直する。


 息が止まる。


 長くはない。


 直感で分かる。


 今すぐではない。


 けれど、遠くもない。


 喉の奥が冷える。

 手の中の紙が、わずかに震える。


「隼人?」


 花が覗き込む。


 何も知らない顔。


 線は、静かに揺れている。


 知らないまま未来を語る少女の背後で。


「どうしたの?」


「……なんでもない」


 声が、ほんの少し遅れた。


 視線を逸らす。


 本当は、ずっと視ないようにしていた。


 花の寿命。


 考えないようにしていた。


 視る必要がなかったから。


 救いは、苦しみの先にある。


 それが隼人の基準だった。


 苦しんでいる者を終わらせる。

 それが役目だった。


 だが。


 まだ笑っている存在の背後に、

 終わりの線がある。


 その事実は、想像よりも重い。


 線は、揺れている。


 静かに。


 何も告げないまま。


 時間は、有限だ。


「ねえ、ほんとに大丈夫?」


 花が少し心配そうに眉を寄せる。


「ああ」


 隼人は頷く。


 線は消えない。


 一度視てしまった以上、

 もう知らなかった頃には戻れない。


 花は、冬の話をする。


「マフラー新しいの買おうかな」


 その言葉の向こうに、

 季節がいくつも重なっていく。


 隼人は、ただ隣に立つ。


 胸の奥で、何かが確実に動き始めている。


 まだ決断ではない。


 まだ選択でもない。


 ただ。


 視えてしまった。


 それだけで、十分だった。


 夕陽が傾き、教室の色が少しだけ深くなる。


 花の背後で、細い線が揺れている。


 静かに。


 確かに。


 そこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ