第31話『ちゃんと、生きてね』
秋の終わりの空気は、少しだけ硬い。
並んで歩く距離が、夏よりも近い。
触れていないのに、袖がかすかに触れそうになる。
「ねえ」
花が前を向いたまま言う。
「どんな終わりでもさ、後悔がまったく無い終わりなんて、ないんじゃないかなって思うんだよね」
軽い調子だった。
けれど、考えた末の声だった。
隼人は答えない。
花は続ける。
「だからさ。せめて、一生懸命何か好きなことをやって――きっぱり終わりたいなって」
少し笑う。
「好きになれてよかったって思える終わりがいい」
誰を、とは言わない。
けれど、その一瞬だけ隼人を見る。
視線が合う前に、隼人は空を見上げた。
「……そっか」
短い返事。
それ以上は、続かない。
「もし私が先に終わるならさ」
何でもないことのように。
「隼人はちゃんと生きてね」
優しい声音だった。
隼人は視線を逸らしたまま、
「……うん」
とだけ答える。
その一音に、何も込められなかった。
⸻
夜。
花は部屋の明かりを落とし、ベッドに腰を下ろす。
胸ポケットから、あの紙を取り出す。
白い紙に、文字が並んでいる。
読めるはずなのに、意味が輪郭を結ばない。
それでも。
なぜか、自分に関係している気がする。
指で、そっとなぞる。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「後悔は、きっとするよね」
小さく呟く。
それでもいい。
好きだったと胸を張れるなら。
紙を胸に当て、目を閉じる。
涙は落ちない。
ただ、ほんの少しだけ強く握る。
⸻
隼人の部屋。
机の上の白い紙。
気づけば、ペンを持っていた。
震える指先で、文字を書く。
篠宮 花
それだけ。
願いは込めていない。
力も使っていない。
それでも、名前を書くという行為は、彼にとって軽くない。
見つめる。
一滴、涙が落ちる。
インクが滲み、「花」の線が歪む。
喉が詰まる。
声は出ない。
まだ起きていない未来が、こんなにも怖い。
ぐしゃり、と紙を握る。
一度では破れない。
もう一度、力を込める。
裂ける音が、やけに大きく響いた。
破片を机に残したまま、布団に潜る。
「ちゃんと生きてね」
その声だけが、消えない。
枕に涙が滲む。
呼吸が浅い。
隼人は震える指を握りしめたまま、
暗闇の中で何度も繰り返す。
――まだ大丈夫。
まだ、もう少し




