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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第29話『足りてしまった時間』

 


 夕方の空気が、昼よりも少しだけ重たく感じられた。

 歩道に伸びる影が、さっきよりも長い。


 花と隼人は、並んで歩いていた。

 手が触れるほど近くはないが、離れてもいない。

 いつの間にか、そういう距離になっていた。


「今日は、寒いね」


 花が言う。


「……うん」


 それだけのやり取りで、十分だった。


 住宅街に入ると、車の音は遠のき、代わりに生活の気配が近づく。

 夕飯の匂い、テレビの音、玄関が開く気配。


 


 角を一つ曲がったところに、古い自販機が立っている。

 いつも通り過ぎるだけの場所だったが、今日は自然と足が止まった。


「喉、乾いてない?」


 花が言って、小銭を探す。


「……大丈夫」


 それでも、花はボタンを押した。

 缶が落ちる音が、やけに大きく響く。


 花はそれを一口飲んで、満足そうに息を吐いた。


「なんか、落ち着く」


 隼人は頷くだけだった。


 


 自販機の灯りが、二人の足元を照らす。

 影は少しだけ重なり、すぐに離れた。


 会話はなかった。

 沈黙も、苦ではなかった。


 何かを話さなくても、今が足りている。

 そう思えてしまうことが、少しだけ怖い。


 


 やがて、花の家へ続く細い道の手前に着く。

 いつもの分かれ道。


「じゃあ……ここで」


 花が言う。


「うん」


 それだけで、別れになった。


 名残惜しさはなかった。

 だからといって、軽いわけでもない。


「またね」


「……また」


 花は振り返らず、その道を進んでいく。

 隼人も、見送ることはしなかった。


 


 一人になった道で、隼人は立ち止まる。

 さっきまで隣にあった気配が、嘘のように消えている。


 それなのに、胸の奥は満たされていた。


 何も起きなかった。

 何も変わらなかった。


 ――だからこそ、完成してしまった。


 理由は分からないまま。


 


 遠くで、どこかの家の灯りが一つ、また一つと点いていく。

 その光を横目に、隼人は自分の帰る道を歩き出した。


 明日も、きっと同じように始まる。

 そう、信じてしまえるほどには。


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