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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第28話『手の中にない温度』

夕方と夜の境目は、いつも輪郭が曖昧だ。

街灯が点き始めるにはまだ早く、

それでも空の色は、昼のものではなくなっている。


隼人は、花と並んで歩いていた。

並んでいる、という事実だけが確かで、

その距離が近いのか遠いのかは、自分でもよく分からない。


足音が重なる。

アスファルトを踏む感覚が、

少しだけ遅れて身体に伝わる。


体温が、どこか他人事のようだった。


歩くたびに、ポケットの中で鍵が触れ合う。

合鍵だ。

それは、少し前に花から預かったものだった。


金属の音に混じって、

もう一つ、軽い揺れが遅れて伝わる。


鍵につけたキーホルダー。


それは隼人が、自分で選んで付けたものだった。

理由ははっきりしていない。

ただ、鍵をそのまま持つのが、

どこか落ち着かなかった。


指先で、そっと触れる。

金属とは違う、軽い感触。


青い、小さな花の形。


飾りとしては控えめで、

目立つほどの大きさでもない。

夕方の光を受けると、

色だけが静かに残る。


歩調に合わせて、

キーホルダーが小さく揺れる。


隣を歩いていた花が、それに気づいた。


「それ、可愛いね」


声は軽く、

深い意味は含まれていない。


「青い花なんだ。

 ……あの花みたい」


花はそう言って、

すぐに前を向いた。


どの花のことか、説明はしない。

でも隼人には分かった。

あの空き地の入口に咲いていた、一輪。


一瞬、言葉が浮かびかけて、

すぐに消える。


説明でも、否定でもない。

何かを言えば、

この距離が変わってしまう気がした。


「……そうだね」


それだけを返す。


鍵が揺れる。

青い花が、淡く光を返す。


鍵についたその花は、勿忘草だった。


意味も理由も、

ここでは語られない。


それはただ、

花の形をした小さなキーホルダーとして、

合鍵に下がっている。


花はすぐに別の話題を思い出したようで、

歩きながら、何気ないことを話し始める。

声の調子は変わらない。


世界は、何も変わっていない。


それでも、隼人の体温だけが、

そこにありながら、

少しずつ遠ざかっていく。


肩が触れそうな距離。

同じ速さ。

同じ帰り道。


それでも、

触れていないものが確かにあった。


合鍵はポケットの中で静かに揺れ、

青い花は、音も立てずにそこにある。


世界から離れていく体温を、

誰も、まだ知らない。


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