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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第25話『まだ、答えのない未来』


 休日の街は、どこか息が詰まるほどに人が多かった。

 行き交う声が重なり合い、靴底が舗道を叩く音が途切れることなく続いている。

 それなのに、隼人の隣を歩いていると、不思議と周囲の音は遠のいていった。


 花は、隼人の半歩後ろを歩いていた。

 並んでいるはずなのに、わずかにずれた距離。

 歩幅を合わせようとするたびに、その差が気になって、無意識に足の運びを調整する。


 ――いつから、こんなふうに気にするようになったんだろう。


 答えの出ない問いを胸に残したまま、花は前を向く。


「……あ」


 短い声が漏れたのは、通り沿いで差し出された紙を、反射的に受け取ってしまったからだった。

 学生服姿の人が、何事もなかったように次の通行人へ向き直る。


 手のひらに残った、薄い感触。

 紙一枚分の重さなのに、妙に存在感があった。


 チラシだった。


 立ち止まるほどでもなく、歩きながら目を落とす。

 そこに印刷された文字を認識した瞬間、胸の奥が、すっと冷える。


 ――大学進学。

 ――受験対策。

 ――将来のために。


 言葉そのものは、どれも見慣れているはずなのに、

 今日はやけに、はっきりと目に入った。


「……こういうの、増えてきたね」


 自分でも意識しないうちに、そんな言葉がこぼれていた。

 隼人は足を止めることなく、花の手元に一瞬だけ視線を向ける。


「そうだね」


 それだけ言って、また前を見る。

 それ以上、この話題を広げる気はないのだと、花はすぐに分かった。


 数歩分の沈黙が流れる。

 花はチラシの端を指先で折り曲げながら、胸の奥に沈めていた言葉を、ゆっくりと引き上げる。


「ね、隼人」


「なに?」


 呼びかける声は、できるだけ軽く。

 けれど、その軽さが、かえって自分に返ってくる。


「将来は……何になりたいの?」


 言ってしまった瞬間、ほんの少しだけ後悔した。

 今でなくてもよかったはずなのに、と思う。


 隼人は、すぐには答えなかった。

 歩きながら、ほんのわずかに視線を宙に泳がせる。


「将来……か」


 その言葉を、口の中で確かめるように繰り返す。


「考えたこと、ないな」


 飾りのない答えだった。

 嘘をつく気も、取り繕う気もない声。


 花は、小さく息を吸う。

 それから、覚悟を決めるように、もう一歩踏み出す。


「花……は、どう?」


 自分のことを問われるのが、こんなにも怖いとは思わなかった。

 足元が、ほんの一瞬、ぐらついた気がした。


「……わかんない、かな」


 そう言って、花は笑う。

 きっと、隼人には気づかれない程度の、不自然さ。


 隼人は何も言わなかった。

 ただ、歩調をわずかに落として、花と同じ速度で歩き始める。


 その変化が、あまりにもさりげなくて、

 花は胸の奥が、じんと痛むのを感じた。


 ――白い廊下。

 ――壁にかけられた、秒針の音が大きな時計。

 ――何度もめくられた、月の終わりのページ。


 断片的な記憶が、頭の奥に浮かぶ。

 花は、視線を前に向けたまま、その続きを思い出さないようにした。


「……ね」


 間を埋めるように、花は声を出す。


「このチラシ、捨てていい?」


「うん……捨てよっか」


 即答だった。


 近くのゴミ箱に、折りたたんだ紙を落とす。

 軽い音がして、チラシは他の紙くずに紛れていった。


 それで、終わったはずだった。


 けれど、胸の奥に残った冷たさだけは、どうしても消えなかった。


 隼人の背中を見つめながら、花は思う。


 ――今は、隣を歩けている。

 それだけで、十分だ。


 十分だと、思わなければいけない気がした。


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