第25話『まだ、答えのない未来』
休日の街は、どこか息が詰まるほどに人が多かった。
行き交う声が重なり合い、靴底が舗道を叩く音が途切れることなく続いている。
それなのに、隼人の隣を歩いていると、不思議と周囲の音は遠のいていった。
花は、隼人の半歩後ろを歩いていた。
並んでいるはずなのに、わずかにずれた距離。
歩幅を合わせようとするたびに、その差が気になって、無意識に足の運びを調整する。
――いつから、こんなふうに気にするようになったんだろう。
答えの出ない問いを胸に残したまま、花は前を向く。
「……あ」
短い声が漏れたのは、通り沿いで差し出された紙を、反射的に受け取ってしまったからだった。
学生服姿の人が、何事もなかったように次の通行人へ向き直る。
手のひらに残った、薄い感触。
紙一枚分の重さなのに、妙に存在感があった。
チラシだった。
立ち止まるほどでもなく、歩きながら目を落とす。
そこに印刷された文字を認識した瞬間、胸の奥が、すっと冷える。
――大学進学。
――受験対策。
――将来のために。
言葉そのものは、どれも見慣れているはずなのに、
今日はやけに、はっきりと目に入った。
「……こういうの、増えてきたね」
自分でも意識しないうちに、そんな言葉がこぼれていた。
隼人は足を止めることなく、花の手元に一瞬だけ視線を向ける。
「そうだね」
それだけ言って、また前を見る。
それ以上、この話題を広げる気はないのだと、花はすぐに分かった。
数歩分の沈黙が流れる。
花はチラシの端を指先で折り曲げながら、胸の奥に沈めていた言葉を、ゆっくりと引き上げる。
「ね、隼人」
「なに?」
呼びかける声は、できるだけ軽く。
けれど、その軽さが、かえって自分に返ってくる。
「将来は……何になりたいの?」
言ってしまった瞬間、ほんの少しだけ後悔した。
今でなくてもよかったはずなのに、と思う。
隼人は、すぐには答えなかった。
歩きながら、ほんのわずかに視線を宙に泳がせる。
「将来……か」
その言葉を、口の中で確かめるように繰り返す。
「考えたこと、ないな」
飾りのない答えだった。
嘘をつく気も、取り繕う気もない声。
花は、小さく息を吸う。
それから、覚悟を決めるように、もう一歩踏み出す。
「花……は、どう?」
自分のことを問われるのが、こんなにも怖いとは思わなかった。
足元が、ほんの一瞬、ぐらついた気がした。
「……わかんない、かな」
そう言って、花は笑う。
きっと、隼人には気づかれない程度の、不自然さ。
隼人は何も言わなかった。
ただ、歩調をわずかに落として、花と同じ速度で歩き始める。
その変化が、あまりにもさりげなくて、
花は胸の奥が、じんと痛むのを感じた。
――白い廊下。
――壁にかけられた、秒針の音が大きな時計。
――何度もめくられた、月の終わりのページ。
断片的な記憶が、頭の奥に浮かぶ。
花は、視線を前に向けたまま、その続きを思い出さないようにした。
「……ね」
間を埋めるように、花は声を出す。
「このチラシ、捨てていい?」
「うん……捨てよっか」
即答だった。
近くのゴミ箱に、折りたたんだ紙を落とす。
軽い音がして、チラシは他の紙くずに紛れていった。
それで、終わったはずだった。
けれど、胸の奥に残った冷たさだけは、どうしても消えなかった。
隼人の背中を見つめながら、花は思う。
――今は、隣を歩けている。
それだけで、十分だ。
十分だと、思わなければいけない気がした。




