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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第24話『飾られていた時間』


「……あ」


 駅へ向かう途中、花が急に足を止めた。


「どうした?」


「ごめん。

 忘れ物してしまった」


 一瞬、困ったように眉を下げる。


「家、すぐ近くだから……取りに戻ってもいい?」


 隼人はうなずいた。


「うん」


 二人は来た道を引き返し、住宅街へ入る。

 夕方の空気が、少しだけひんやりしていた。


 並んで歩いているだけなのに、隼人はなぜか落ち着かなかった。

 理由は分からない。

 ただ、胸の奥がざわつく。


「……緊張してる?」


 花が横を見て言う。


「顔、固い」


「そんなことない」


 そう答えながら、自分でも曖昧だと思った。


 少し歩いたところで、花が前を向いたまま口を開く。


「そういえばね」


 何でもない話をするような調子で。


「両親、もういないの」


 一瞬、言葉が途切れた。


「……そうなんだ」


 それ以上、何も言えなかった。

 胸の奥が、静かに沈む。


 その空気を察したのか、花はすぐに声を明るくする。


「だから、何も気にしないで入っていいから」


 軽く笑う。


「変に遠慮される方が、落ち着かないし」


 少し間を置いて、付け足す。


「……なんなら、今日は家で遊ぼうか」


「いいの?」


「うん」


 それだけ言って、花は歩く速度を少しだけ早めた。


 ほどなくして、花の家に着く。


「ここ」


 鍵を開ける手つきが、少し慌ただしい。


「どうぞ」


 中に入った瞬間、花ははっとして足を止めた。


 テーブルの上に置かれていた、薬の箱と錠剤のシート。


「……あ」


 一瞬だけ固まり、すぐにそれらを掴む。


「ごめん!」


 引き出しを開け、まとめて押し込む。


「ただの、頭痛薬だから。

 たまに飲むだけのやつ」


 早口で言い切ると、引き出しを閉めた。


「今、お茶いれるね」


 それだけ言って、花はキッチンへ向かう。


 ひとり残されたリビングは、静かだった。


 整っている部屋。

 けれど、どこか“整えられている”。


 隼人の視線は、棚の上に並んだ写真立てへ向いた。


 まず目に入ったのは、一枚の古い写真。


 若い男女と、その間で笑っている幼い花。

 肩を寄せ合った、ごく普通の家族写真。


 ――なのに。


 両親の顔を見た瞬間、胸の奥が微かにざわめいた。


 見覚えがあるわけではない。

 それでも、何かを思い出しかけた感覚だけが、確かにあった。


 名前のない違和感。

 触れれば、掘り起こしてしまいそうな予感。


 ……やめた方がいい。


 理由は分からない。

 それでも、そう思った。


 隼人は視線を下げる。


 幼い花の写真へ。


 そこには、今よりずっと小さく、無邪気に笑う花が写っていた。

 何も疑わず、何も怖れていない表情。


 ――可愛い。


 そのすぐ近く。


 少し前に出るようにして、二枚の写真が置かれていた。


 ひとつは、自分が写っている写真。

 不意を突かれたような表情で、視線が少し逸れている。


 もうひとつは、遊園地。

 観覧車を背に、並んで写る二人。


 家族写真よりも、わずかに目立つ位置。

 自然と視線が引き寄せられる配置だった。


 埃ひとつなく、特別に扱われているのが分かる。


「――っ」


 背後で、慌てた気配。


「ち、違うの!」


 花が写真立ての前に立つ。


「その……えっと……」


 言葉を探すように、視線が泳ぐ。


「深い意味とかじゃなくて……

 ただ……置いてただけで……」


 一瞬、間が空く。


「……家、一人で寂しいからさ」


 小さく、付け足す。


「ちょっと飾ったら……なんか、いい感じだったの」


 耳まで赤くなって、目を逸らす。


「……見られるとは、思ってなかったから」


 少し迷ってから、隼人が言った。


「……僕も、飾ろうかな」


 一瞬の間。


 それから、花の顔がぱっと明るくなる。


「うん!!」


「私ね!

 いっぱい撮ったんだよ!」


 そう言って、奥の部屋へ小走りで向かう。


「ちょっと待ってて!」


 戻ってきた花の腕には、写真の束。


「ほら、これとか!

 これも!」


 テーブルいっぱいに広げられる写真。


 遊園地で撮ったもの。

 スタッフに頼んで撮ってもらった、少し距離の近い二人。

 花が笑っている写真。


 隼人は、その中から二枚を選ぶ。


 ひとつは、二人で並んで写っている写真。

 もうひとつは、遊園地で撮った、不意の花の写真だった。


「……これがいい」


 花が覗き込む。


「え?」


 そして首を傾げる。


「なんで、こんな変な写真?」


 何かを見つめて、ふっと表情が緩んだ瞬間。

 カメラを意識していない、自然な横顔。


 隼人は、少しだけ視線を逸らす。


「……自然な花が、可愛いなって」


 一瞬の沈黙。


 花は顔を真っ赤にして、くるりと後ろを向いた。


「……お茶、おかわり飲むよねっ」


 早口で言って、キッチンへ向かう。


 後ろ姿の肩が、わずかに震えている。

 嬉しさを、隠しきれないまま。


 隼人は、手にした写真をそっと胸元に引き寄せた。


 過去と、今。

 そして、これから。


 思い出さないことも、選択だ。


 今はまだ、それでいい。


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