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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第23話『それが当たり前みたいに』


 昼休みの校内は、いつも少し騒がしい。


 笑い声と、弁当箱の蓋が開く音。

 廊下を行き交う足音。


 隼人はその流れから外れるように、購買部の前に並んでいた。


 焼きそばパンと、牛乳。

 それが、昼の定番だった。


 誰かと食べるわけでもない。

 誘われることも、約束もない。


 買った袋を手に、校舎の端へ向かう。

 人の少ない階段の踊り場に腰を下ろし、

 無言でパンをかじる。


 味は、悪くなかった。

 それだけだった。


 その日も、同じように過ごすはずだった。


 ――その視線に、気づくまでは。


 顔を上げると、少し離れた廊下の向こうに、

 花が立っていた。


 一瞬、目が合う。


 花は、驚いたように瞬きをして、

 何も言わずに視線を逸らした。


 それだけの出来事だった。

 声も、言葉も、なかった。


 翌日。


 昼休み、購買へ向かおうとした隼人の前に、

 花が立っていた。


「隼人」


 呼ばれて、足が止まる。


 花は、布に包まれた何かを両手で抱えていた。


「……今日、一緒に食べない?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「お弁当、ちょっと多く作っちゃって」


 その言い方が、あまりにも自然で、

 断る言葉が見つからなかった。


「……いいけど」


 そう答えると、

 花は小さく息をついて、ほっとした顔をした。


 中庭の端、ベンチに並んで座る。


 花は布をほどき、

 小さな弁当箱を差し出した。


 蓋を開けると、

 卵焼きと、少し焼き色の濃いウインナー、

 それから、切り方の揃っていない野菜。


 豪華ではない。

 でも、雑でもなかった。


 隼人は、箸を取る。


 卵焼きを一口、噛む。


 甘い。

 それに、不揃いだ。


 端の方は少し甘くて、

 真ん中は、わずかに塩気が残っている。


 上手とは言えない。

 けれど、手を抜いた味ではなかった。


 そのことが、はっきり分かった。


 ――花は、体調だって良くはないはずだ。


 朝は、きっと楽じゃない。

 自分の分を用意するだけでも、大変なはずなのに。


 それでも、

 もう一つ、弁当箱を作った。


 そこまで考えたところで、

 胸の奥が、きゅっと縮まった。


「……美味しい」


 声が、思ったより震えた。


「本当に……美味しい……」


 どうしてだろう。


 ただ、そう思っただけなのに、

 視界が滲んでいく。


 隼人は慌てて顔を伏せた。


「……ごめん」


 喉が詰まる。


「なんでだろう……」


 息を吸おうとしても、

 うまく出来なかった。


「本当に……美味しいんだよ……」


 理由は説明できなかった。


 涙だけが、止まらなかった。


 その様子を見て、

 花が息を呑む。


 一瞬、困ったような顔をして、

 それから――


 花の方が、泣いた。


 隼人よりも、

 深く。


 声を殺そうとして、

 それでも堪えきれずに。


「……大丈夫?」


 泣きながら、そう聞く。


 心配する声なのに、

 自分も壊れてしまいそうな声だった。


 隼人は、首を振ることも出来ず、

 ただ涙をこぼし続ける。


 花は、少し迷ってから、

 そっと手を伸ばした。


 指先が触れる。


 そして、そのまま、

 隼人の手を包むように、繋いだ。


 強くもなく、

 けれど、離れない。


 言葉は、もうなかった。


 それでも、

 繋がれた手の感触だけが、

 ここにいていいのだと、

 静かに伝えていた。


 昼休みのざわめきが、

 遠くで続いている。


 けれど、隼人には、

 それが別の世界の出来事みたいに感じられた。


 ただ、

 この手の温度だけが、

 確かだった。

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