第23話『それが当たり前みたいに』
昼休みの校内は、いつも少し騒がしい。
笑い声と、弁当箱の蓋が開く音。
廊下を行き交う足音。
隼人はその流れから外れるように、購買部の前に並んでいた。
焼きそばパンと、牛乳。
それが、昼の定番だった。
誰かと食べるわけでもない。
誘われることも、約束もない。
買った袋を手に、校舎の端へ向かう。
人の少ない階段の踊り場に腰を下ろし、
無言でパンをかじる。
味は、悪くなかった。
それだけだった。
その日も、同じように過ごすはずだった。
――その視線に、気づくまでは。
顔を上げると、少し離れた廊下の向こうに、
花が立っていた。
一瞬、目が合う。
花は、驚いたように瞬きをして、
何も言わずに視線を逸らした。
それだけの出来事だった。
声も、言葉も、なかった。
翌日。
昼休み、購買へ向かおうとした隼人の前に、
花が立っていた。
「隼人」
呼ばれて、足が止まる。
花は、布に包まれた何かを両手で抱えていた。
「……今日、一緒に食べない?」
一瞬、意味が分からなかった。
「お弁当、ちょっと多く作っちゃって」
その言い方が、あまりにも自然で、
断る言葉が見つからなかった。
「……いいけど」
そう答えると、
花は小さく息をついて、ほっとした顔をした。
中庭の端、ベンチに並んで座る。
花は布をほどき、
小さな弁当箱を差し出した。
蓋を開けると、
卵焼きと、少し焼き色の濃いウインナー、
それから、切り方の揃っていない野菜。
豪華ではない。
でも、雑でもなかった。
隼人は、箸を取る。
卵焼きを一口、噛む。
甘い。
それに、不揃いだ。
端の方は少し甘くて、
真ん中は、わずかに塩気が残っている。
上手とは言えない。
けれど、手を抜いた味ではなかった。
そのことが、はっきり分かった。
――花は、体調だって良くはないはずだ。
朝は、きっと楽じゃない。
自分の分を用意するだけでも、大変なはずなのに。
それでも、
もう一つ、弁当箱を作った。
そこまで考えたところで、
胸の奥が、きゅっと縮まった。
「……美味しい」
声が、思ったより震えた。
「本当に……美味しい……」
どうしてだろう。
ただ、そう思っただけなのに、
視界が滲んでいく。
隼人は慌てて顔を伏せた。
「……ごめん」
喉が詰まる。
「なんでだろう……」
息を吸おうとしても、
うまく出来なかった。
「本当に……美味しいんだよ……」
理由は説明できなかった。
涙だけが、止まらなかった。
その様子を見て、
花が息を呑む。
一瞬、困ったような顔をして、
それから――
花の方が、泣いた。
隼人よりも、
深く。
声を殺そうとして、
それでも堪えきれずに。
「……大丈夫?」
泣きながら、そう聞く。
心配する声なのに、
自分も壊れてしまいそうな声だった。
隼人は、首を振ることも出来ず、
ただ涙をこぼし続ける。
花は、少し迷ってから、
そっと手を伸ばした。
指先が触れる。
そして、そのまま、
隼人の手を包むように、繋いだ。
強くもなく、
けれど、離れない。
言葉は、もうなかった。
それでも、
繋がれた手の感触だけが、
ここにいていいのだと、
静かに伝えていた。
昼休みのざわめきが、
遠くで続いている。
けれど、隼人には、
それが別の世界の出来事みたいに感じられた。
ただ、
この手の温度だけが、
確かだった。




