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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第22話『触れた温もりが、すべてだった日』

 休日の遊園地は、人で溢れていた。

 賑やかな音楽と、甘い匂い。遠くから聞こえる歓声が、絶え間なく重なっている。


「すごいね……」


 花が、少し目を輝かせて言った。


「人、多い」


「うん。でも……なんだか楽しい」


 そう答えた自分の声が、思ったよりも柔らかくて、隼人はわずかに驚いた。


 最初に並んだのは、絶叫マシンだった。

 安全バーが下り、花が小さく笑う。


「大丈夫?」


「……多分」


 本当は、少し怖い。

 けれど動き出した瞬間、急激な落下に、思わず声が漏れた。


「わっ……!」


 自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。


 降りたあと、花がくすくすと笑う。


「今、声出てたよ」


「……出てたね」


 息が少し乱れている。

 胸が高鳴っているのは、恐怖だけのせいではなかった。


 その横顔を、花は黙って見ていた。


(こんな顔もできるんだね)


 いつも落ち着いていて、どこか遠い人。

 けれど今は、楽しさを隠しきれていない。


 次に向かったのは観覧車だった。


「観覧車、初めてなんだ」


 花の言葉に、隼人は少し間を置いて答える。


「……僕も」


「え、そうなの?」


「うん。ちょっと……怖いね」


「ふふ。一緒だ」


 高くなるにつれて、街が小さくなっていく。

 閉じられた空間で、二人きり。


 花が窓の外を見ていたとき、不意に足元が揺れ、身体が傾いた。


「あ……」


 次の瞬間、手を取られていた。


 隼人の手は、思ったよりも温かい。


「危ないから。手、繋いでいよう」


「……うん」


 指先が触れ合い、そのまま自然に繋がる。


(ああ……どうしよう……もう本当に好きだなぁ……)


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


(今日が終わりたくないなぁ……)


 このまま、時間が止まってしまえばいいのに。


(もう少し頑張って、私……)


 そう思いながら、花は繋いだ手を、そっと握り返した。


 メリーゴーランドでは、しばらくして花が眉をひそめた。


「……ごめん。ちょっと目、回るかも」


「無理しないで。降りよう」


 ベンチに腰掛けると、花は少し照れたように笑う。


「楽しいんだけどね」


「それなら、よかった」


 お化け屋敷は、ちゃんと怖かった。

 突然現れた人影に、花が立ち止まる。


「……これは、怖い」


「……否定はしない」


 二人で顔を見合わせて、思わず笑った。


 気づけば、空は夕暮れ色に染まっていた。

 遊園地の灯りが、ひとつずつ点き始める。


「もう、こんな時間だね」


 花が名残惜しそうに言う。


「……本当だ」


 楽しい時間ほど、過ぎるのが早い。


 二人は駅へ向かい、列車に乗り込んだ。

 車内はほどよく空いていて、並んで座る。


 手は、まだ繋がれたままだった。

 離す理由が、見つからなかった。


 揺れに身を任せていると、花の身体が少しだけ傾く。


「……眠い?」


「うん……ちょっとだけ」


 花はそう言って、目を細める。


 隼人も同じだった。

 一日中動き回った疲れと、心地よい余韻。


 握った手の温かさが、やけに安心する。


 いつの間にか、二人とも言葉を失っていた。


 列車の規則的な揺れの中で、

 隼人は花の重みを感じながら、ゆっくりと目を閉じる。


 ――次に意識が戻ったとき、

 車内アナウンスが到着駅を告げていた。


「……花」


 小さく呼ぶと、花もはっと目を開く。


「あ……着いた……?」


「うん」


 二人は顔を見合わせて、少し照れたように笑った。


 列車を降り、ホームに立つ。

 夜の空気が、ひんやりと頬を撫でた。


 それでも、手はまだ繋がれたままだった。


 花が、名残惜しそうに指先を見る。


「……離すね」


「……うん」


 ゆっくりと、指がほどけていく。

 最後まで離れたくないとでも言うように、

 一瞬だけ、指先が絡んだ。


 そして、完全に離れる。


 残った手に、微かな温もりが残っていた。


「今日は、ありがとう」


「うん。すごく楽しかった」


「またね、隼人」


「……またね」


 花は手を振り、改札の向こうへ歩いていく。

 振り返らない。


 隼人は、その場に立ち尽くしたまま、

 離れた手を、そっと握りしめる。


 まだ、温かい。


 胸の奥に、満たされた感覚が広がる。

 それだけで、今日は幸せだったと、思えた。


 やがて、ひとりになる。


 帰り道。

 住宅街を抜け、街灯の少ない道へ差しかかったとき、

 隼人の足は、自然と速度を落としていた。


 空き地の入口。

 舗装の切れ目、道端のわずかな土の上に、

 一輪の花が咲いている。


 中へ入る必要はなかった。

 そこは、通り道のすぐ脇だ。


 ……けれど。


 いつもより、俯いて見えた。


 気のせいだと思おうとする。

 風の向きが違うだけだと、自分に言い聞かせる。


 それでも、足は止まった。


 そっと、指先で触れる。


 違う。


 張りがない。

 花弁の色も、薄い。


 一枚、静かに落ちる。


 隼人は、その場から動けなかった。


 感づいていなかったわけではない。

 気づかないふりを、していただけだ。


 それでも。


 隼人は、静かに息を吐く。


 ――やっぱり、花は枯れていた。


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