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死の神と一輪の花 ―― それでも、君を呼ぶ  作者: 己己己己
第三章【それでも、名はここに在る】

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第21話『今はまだ名前のない感情』

 その言葉を聞いた瞬間、隼人はほんのわずかに目を見開いた。


「──遊園地?」


 花は、いつものように少しだけ首を傾げて笑っている。


「うん。行ってみたいなって。……だめ?」


 断る理由は、すぐには思い浮かばなかった。

 思い浮かばなかったというより、考える前に答えが出ていた。


「……いいよ」


 そう言うと、花の表情がぱっと明るくなる。


「ほんと? よかった」


 その笑顔を見て、隼人は胸の奥が微かに熱くなるのを感じた。

 理由は分からない。ただ、嫌ではなかった。


 それから二人は、いつも通りに歩いた。

 学校の話、天気の話、他愛もない沈黙。


 特別なことは何もない。

 ただ、隣に花がいる。


 別れ際、花は軽く手を振って言った。


「じゃあ、またね」


「……また」


 それだけのやり取りだった。


 帰り道、隼人は何度もその声を思い出していた。

 さっきまで隣で聞いていたはずなのに、もう少し前のことのように感じる。


 家に着いても、気持ちは落ち着かなかった。

 部屋に入って、椅子に腰掛けて、何をするでもなく天井を見上げる。


 ──遊園地。


 その言葉だけが、頭の中で繰り返される。


 気づけば、花のことばかり考えていた。


 歩くときの歩幅。

 考え事をするときに少しだけ伏せる視線。

 笑う前の、ほんの一瞬の間。


 布団の中で肩が触れたときの、体温。


 思い出そうとしなくても、勝手に浮かんでくる。

 忘れようとすると、逆に鮮明になる。


 隼人は眉を寄せた。


 ──違う。


 そうじゃない、と心の中で否定する。

 これはただの情だ。

 同情や、責任感や、放っておけない気持ちの延長だ。


 そう言い聞かせて、目を閉じる。


 けれど。


 目を閉じても、浮かぶのは花の横顔だった。

 開いても、胸の奥に残る感覚は消えなかった。


 考えるのをやめても、そこに在り続ける。


 否定しようとして、できなかった。


 しばらくして、隼人は小さく息を吐いた。


「……そうか」


 声に出してみると、不思議と静かだった。


「……僕は……」


 言葉の続きを探して、見つからない。

 けれど、分からないままでも、もう十分だった。


「……そうなんだ……」


 それ以上、何も言わなかった。

 言わなくても、分かってしまったからだ。


 そして、隼人はもう一度、花の顔を思い浮かべる。


 この思いを伝えたら、

 花の時間を重くしてしまう。


 それだけは、できなかった。


 だから、決める。


 この気持ちは、言葉にしない。

 胸の奥にしまって、持ったままでいる。


 それでいい。


 遊園地に行く約束をした日、

 隼人は初めて、自分の感情に名前を与えなかった。


 ──与えなくても、確かにそこにあると、知ってしまったから。

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