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きらきらと揺れる光が聖域の中を照らしていく。

今日は外の世界は良く晴れていて、風が春の空気を運んでいるに違いない。

僕は外に出た事がないから何とも言えないのだけれど、小さな頃は中庭に出てその恩恵をほんの少しだけ受けていたから、大地に寝転ぶ気持ちよさも分かるつもりだ。

けれども今日も今日とて、鉢植えを前に肩を落としたメイリーを横目に捉えてどうかしたのだろうかと思いながらも、僕は研究書を読みふけっていた。

研究に集中したいというところもあったけれど、基本的にメイリーはとても器用でてきぱきとした人間だったので、僕がどうしたのだと聞いたところで切り捨てられるのが常だったから。

でも本当に珍しく溜息を吐いたメイリーを見て、ついに話しかけられずにはいられなかった。


「どうしたの?」

「持ってきたハオジが青すぎたの。これじゃこれだけ小さいと植え替えてもちゃんと育つか微妙なんだよね」


植木鉢の中身を覗くと、確かに昔中庭で育てていたそれよりも小さくて頼りないものがそこにあった。

成長が早くて量も多くなるハオジは僕の大好物な野菜だ。

けれどもこれでは成長しないだろうと素人目にも分かるそれを見て、メイリーはもう一度深々とため息を吐く。

こんなにも落ち込んでいる彼女が珍しくて、その理由が何だが可笑しくて、手助けしてあげたくなった。


「メイリー。これってハオジ以外育てたりしない?」

「うん。取り敢えずは」


じゃあ、と植木鉢に手を翳して呪いを唱える。

きちんと成長すると良いな、と片隅で考えながら養分を調整すると。

ぐんっと青々とした葉が伸び始めた。


「え、え、ええっ、何したの?」

「ちょっと成長を促した。土の栄養分があんまりないから、ここまでしか難しいんだけど。これで足りる?」


昔、母さんが生きていた頃に練習した以来の魔術だったから、本当に出来るかは半信半疑だったけれどちゃんと効果が出て良かった。

植木鉢の中にぎっしりと生えたハオジに、これならメイリーも喜ぶだろう、と笑って見せた。

でも。


「足りるも何も、あんた何で今まで自給自足しなかったのよーー!」


怒鳴り声と共に、ハオジが僕の顔に土を振りまきながら投げ付けられた。



土壌のサイクルを崩すから繰り返しては使えない事。

そもそもこの聖域内に自然土は無いからこういう荒技な魔術は使いにくい事。

その説明をメイリーのお説教の合間合間に主張して、ようやく納得してもらえたのはお昼が大分過ぎてからの事だった。


「じゃあ、私が外から土を運んで来れば家庭菜園ぐらいは出来てたの?」

「定期的な土の入れ替えが難しいから。一年くらいは持つだろうけれど、植物も土もサイクルが保てなくてあんまり育たないと思うよ」

「魔術って便利だけど不便よね」


お昼の雑炊を配膳しながらばっさりと魔術について断じたメイリーの言葉に、つい苦笑が漏れた。

そもそもが禁忌である魔術を便利と評するのはメイリーくらいなもので、魔術師たる僕は不便どころか足枷のようにすら感じている。


「それにしてもジルがあんな魔術を使えるなんて初めて知ったわ」

「水と火を使う機会が一番多いってだけで、他が使えない訳じゃないよ」

「あれは別の魔術なの?」

「ベースは樹なんだけど……僕はそっちにあんまり適性が無いから、土と水の魔術を織り込んで複合魔術にしてる」


複合魔術という言葉に、メイリーは首を傾げた。

そう言えばメイリーは僕が火と水の魔術以外を使っているところを見た事も、生前の母に魔術について講釈された事もなかった。


「母さんが使ってたみたいな色んな要素を混ぜた高度な魔術……なんだけど、僕じゃ魔力が足りないから効果はそんなに出なかったけどね」

「ああ、おばさんの魔術かあ。何かよく分からないけれど凄かったものね」

「えーと、例えばこの家の修繕するのには材木を伸ばして水分量調節してってやってたみたい。本当は樹の魔術を使って、次に水や火の魔術を使って……っていうのを、一つの魔術で全部纏めてやっちゃうのが複合魔術」


単属性の魔術を使う事は本人の適正によって何となく、の感覚で出来てしまう。

でも、母さんは理論を大事にする人だったからより高度で効果の大きい複合魔術を好んで使っていた。

そっちの方が効率的だと言って。

僕もそれを受け継ぎたいと思ってはいたのだけれど、何分魔力量が足りなさすぎて家の修繕すら時間がかかる始末。


「大昔は沢山魔術師が居たから、それぞれが一つの魔術の道を極める事が流行っていたらしいんだけどね」

「それっていつの話よ。おばさんは沢山魔術使えたじゃない」

「複合させ始めたのは聖域が完成されてかららしいから……その前かな?」


複合魔術の第一人者は、聖域で生まれ育った人物だと母さんには聞いていた。


「結構最近の話なんだ」

「最近って言っても百年以上前の話だけどね」

「ふーん。いいよ、好きなだけ語ってみて」


話したいという気持ちが前面に出ていたのか、呆れたような顔をしながらも笑ってみせたメイリーの言葉に、少しだけ頬に熱が宿った。

メイリー以外に話し相手がいない生活だからか、人に対して自分が学んだことや考えた事を話して聞かせるのはとても好きだったのだ。

見抜かれた事に恥ずかしさを覚えながらも、それでもほんの少しだけ咳払いをして、言葉を口に乗せた。


「魔術って本当に不思議でさ。まず、いつ世界に出てきたのかまるで分からないんだ」


魔術の歴史を遡れば、それほど歴史は深いものではない。

こういう事を言うと学者さんに怒られるかもしれないけれど、何せきちんと紙の記録に残っている程度の時代に登場したものだ。

しかも突如戦乱の時代に現れて国の歴史を左右したというのだから、何だかお伽噺のような嘘くささだ。

本当は歴史を誰かが書き換えたのか、それともその時代まで禁忌の存在として日陰に隠れていたのではないかと僕は考えていた。


「それに例えばこの、僕が研究している魔術。魔術が登場し始めた時代の魔術研究でこんなに高度な本はこれ一冊しかないんだ」

「あ、それって送還陣のやつ?」

「そう。これも複合魔術のものなんだけど、こんな高度なのは母さんの研究でようやく解読出来たぐらいなんだ。魔術発展の歴史に沿ってない」


だって、この時代に書かれた魔術書なんてちょっと間違った魔力の練り方を延々と研究してるようなものばかり。

何せ魔術が発見された時代の本だと言われているものだ。

水の大魔術師の頃になってようやく近親の婚姻による血の限界点が分かったくらいなのに、魔術属性を混在させた陣の研究なんて発想すら出来ないはず。

一体その矛盾にどんな謎が隠されているのだろうと考えると、心が躍った。

きっとこの送還陣の魔術を研究し、未完のこれを完成させた暁にはその謎が解けるに違いないと。


「えー?昔だからこそ出来たのかもしれないじゃない。単にそれ書いた人が天才だったとか」


でも、そんな答えの出ない問いはメイリーにばっさりと切り捨てられた。

きっとそういう単純な事が真実なのだろうけれど、それじゃ夢が無い。

けれど、メイリーの言葉に反論出来る程の確証なんて僕の中には存在しない。


「案外そんなものなのかなあ……。大昔の魔術一門の開祖が書いたらしいんだけど」

「開祖ならきっとそうよ。そんな事考えてたって答えは出ないんだから、さっさと本題を研究しなさい」


けろりと笑って、お椀におかわりを入れて差しだす彼女に恨めしげな視線を送った。

研究はまだまだ終わりが見えなくて、だけどそれが楽しみの元なのだと語ると、はいはい、と流されてしまった。

そんな風にじゃれあいながら食事も終えると、日が傾き始めたのを見て、メイリーはそろそろ家に帰らなくちゃ、と呟いた。

村から聖域まではほんの少し距離があるらしいから本当は送ってあげたいのだけれど、それは出来ない。

だから聖域のギリギリまで彼女を見送ろうと扉に近付いて、彼女にお馴染みの別れの挨拶を口にした。


「今日はありがとう、メイリー」

「今日もの間違いじゃない?」

「今日もありがとうございます」


それもそうだ、と訂正するとメイリーは一しきり笑って、彼女にしては珍しい溜息をもう一度吐いた。

こんなに落ち込んでる彼女を見るのは、本当に久しぶりだ。


「明日は来れないかもしれなくて。……沢山餌をやっておくから外の動物達の事は心配しないで」


そう言って気まずげに目を伏せたメイリーは凄く悲しそうな顔をしていて、すぐにその理由に思い当たって心が軋んだ。

きっと、今日此処に来る事も物凄く反対されたのだろう。

そうでなければしっかりもので時間を守るメイリーが、昼も近くなってからこの場所を訪れるなんて事も無かったはずだ。


「そっか。……本当にごめん」

「ううん。でも勘違いしないでね、村の皆は貴方を嫌っている訳じゃないの。ただ……ただ、会った事が無いからちょっと警戒してるだけ」


この結界が弾くのは、魔術師に敵意と悪意を抱く者だけ。

メイリー以外は誰も入れないという事実は、彼女の優しい嘘を暴いてしまう。

でも。

空の広さも、海の青さも、森の深さも、僕は知らない。

メイリーが語る世界と、この聖域の中だけが僕の世界だから。


「うん。分かってる」

「本当なんだからね」

「うん」

「いつか、またマキルも連れて来るから!」

「……うん。楽しみにしてる」


懐かしい友人の名前に、心がつきりと痛んだ。

外の世界が夕暮れを迎えたらしく、水が茜色に染まりながらゆらゆらと光を反射する。

メイリーもいつかは此処に入れなくなってしまうんだろうか。

そんな不安が頭を過ぎり、手を伸ばすけれど、何も掴めずに空を切った。


「また今度ね」


少しだけ振り返って笑うメイリーが眩しくて、ゆっくりと目を閉じて頷いた。

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