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ここは揺り籠のような檻だから。

そう言って寂し気に笑った母さんの顔が、ゆらりと歪んだ。


お前は此処から一歩も出てはいけないよ。

そう言って微笑んだ父さんの顔が、じわりと滲んだ。


どうか、どうか、

そう懇願する誰かの顔が、形を成さずに消えた。


あまりにも懐かしくて、辛くて、嬉しくて、会いたかった、という言葉が零れ落ちた。






結界が来訪者を受け入れた揺らぎが、眠りから僕の意識を呼び覚ました。

水滴が、ぱたり、ぱたり、と落ちる音を聞きながらゆっくりと目を開く。

夢がまだ続いているような、終わってしまったような不思議な感覚がゆらりと記憶をかき混ぜる。

ふと目線を下げると自分の周囲に積んだ古書が影を作り、太陽の光が水紋の形にゆらゆらと降り注いで。

ぼうっとそれを目で追っていると、少女がいつの間にか僕の手から滑り落ちていたらしい本を拾った。



「もう。また朝まで本読んでたの?」


本のタイトルをちらっとだけ見て呻くと、僕の寝癖を引っ張って呆れたように溜息を吐いた。

その刺激に、ようやく覚醒し頭がゆっくりと回転し始める。

やっぱりさっきのは夢だったのか、と落胆すると同時に、友人の居る目覚めに自然と笑みがこぼれた。


「メイリー。おはよう」

「おはよ、ジル。遅くなってごめん。今日はひよこ豆が沢山手に入ったからスープを作るね」


相変わらずここは涼しくていいなあ、と呟きながら片手に提げていた袋を音を立てて床に降ろすと、テキパキと前掛けをして調理台に向かう。

食器棚から皿を出し、まな板の上に食材を並べ、音を立てて根野菜を切っていく。

その後ろ姿をボンヤリと眺めていると、メイリーは急に振り向いて眉を寄せ、腰に手を当てたわざとらしいポーズでいつもの小言を言い出した。


「また夕飯抜いて本を読んでいたんでしょ!もしも私が来れない日があっても、ちゃんとご飯食べれるようにしなくちゃだーめ!」


自炊が苦手という訳ではないのだけれど、食欲や睡眠欲よりも学問を優先してしまうところがあるのは僕の悪い癖だった。

きっとこうしてメイリーが来てくれていなかったら、程良く睡眠時間を確保した事に満足して食事はまた抜いてしまっていただろう。

この事でメイリーに怒られるのは、もう数えきれない程になる。

それでも改善できないのだから、これからもずっとこういう風に怒られ続けていくんじゃないかな、と少しだけ想像してる。


「うん。でも、昨日は凄く研究が進んで」

「でももだっても言い訳は聞きません。ほら、本は傍において。火をつけて」


メイリーは期待に満ちた顔で僕の手をっ引っ張って竈の前まで引きずると、さあ、と背中を軽く叩いて。

わざわざこんなに近寄る必要は無いんだけれど、とは思うけれど、間近で見る事が楽しいのだと以前言われた。

指先をパチリ、と鳴らして竈に炎を灯すと、目をきらきらとさせながらその様子に魅入っていて。

ちょっとだけその様子が面白かったので火勢を強めて見せると、食材が焦げる、と怒られた。




幼馴染のメイリーは変わり者。

そして僕は、忌み嫌われる魔術師だ。


水の聖域と呼ばれる此処は、かつて水の大魔術師が作り上げたという魔術師の為の結界。

魔術師に対して悪意と敵意を持つ者は、一歩たりとも入ることの出来ない魔術師の為の聖域。

世界各地で魔術師狩りが行われ、生き残った者たちは結界に逃げ込み、身を寄せ合って此処で暮らしていた。

最初の頃はそれなりの数の魔術師が居たらしい。


でも、それも、僕で最後だ。


魔術師だった母さんは、ある日王都に居る友達の結婚式に出席したい、と結界の外に出て二度と帰って来なかった。

父さんは村の出身だったから、どうにか帰って来る事だけは出来た。

回復する事が出来ないほどに深い傷を負っていたから、あまり長くは持たなかったけれど。

倒れた父さんが、今際の際に僕に頼んだのは、この聖域から一歩も出ない事だった。


中で暮らす魔術師の数によってその大きさを変えているらしい聖域は、僕一人きりの為には充分過ぎる程の広さを保っている。

僕は生まれてこの方聖域から出たことは無かったから、父さんの言いつけを守る事に対して何の不自由も感じた事は無い。

けれど、母さんが生きていた頃にはあった中庭や裏庭は、もう結界の外だ。

僕は結界から出れないから、メイリーがそこで育てていた野菜や家畜の面倒を見てくれている。

メイリーの支援が無ければ、僕は死なないにしても毎日が飢えとの戦いだっただろう事は明白だ。

魔術でどうにか野菜を収穫したり、家畜を世話する、といったって限界があるのだから。


両親に僕を宜しく頼む、と言われていたのか、メイリーは暇を見つけては僕の世話を焼きに聖域に入ってきてくれる。

世界中で憎まれている魔術師なんかに関わっていたら、大層苦労するだろうに。

それでも見捨てずに側に居てくれる、大事な友達。

そして、僕の、


「美味しい?」

「うん。いつもありがとう、メイリー」



目を合わせてお礼を言うと、彼女は照れたように目を伏せて鍋をぐるぐるとかき混ぜた。

その姿に、少しだけ心臓が乱れた。

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