甘色のキス
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眠れる姫に、くちづけを…
*甘色のキス*
「あ、起きた」
目の前の少女が瞳を開けたところで、俺はそう呟いた。
彼女はしばらく焦点のあっていない目で、真上にいる俺を見上げる。
「……蓮?」
寝起きのせいか、どこか舌っ足らずな声。それが普段の彼女らしくなくて、不覚にもドキッとした。
彼女はだんだんと意識が覚めてきたのか、いぶかし気に俺を見つめる。その視線は、なんで居るんだと言っていた。
「渡したいものがあるって呼んだのは、鈴華だろ」
彼女の思いを汲み取って苦笑しながら言うと、彼女は、あっ、とこぼし、上体だけ起こす。だいぶ伸びた髪を耳にかけて、ゆっくり立ちあがった。
「人を呼んでおいて居眠り?」
「蓮が遅いからよ」
俺が少し意地悪を言うと、鈴華はツンとした口調で返す。
大人びてるのは前からだけど、中学生になってからは更に磨きがかかった気がする。見た目もそぶりも、14歳には見えない。
――つい最近まで、子供だったのにな。……って、保護者か俺は。
自分に呆れてため息をもらすと、鈴華が後ろから俺の肩を叩いた。
それが思いの外優しくて、やっぱり女の子だと感じる。
「はい、チョコレート」
渡されたのは、赤い包み。金色のリボンがかけられている。
「ああ、毎年どうも。っていうか、バレンタインは昨日じゃない?」
毎年当日に貰っていたから、今年は好きな男子でもできたかな、って思っていたけど……。
「だって昨日は蓮、女の子に囲まれてたじゃない。だから渡しそびれたのよ」
大人顔負けの表情で言う鈴華。色っぽいなんて、幼馴染みの、しかも中学生に思うのは変だけど、俺はそう思った。
「高校卒業したのに、まだ青春してるの?」
「まぁ、一応まだ大学生だし」
赤い包みを受けとりながらそう返すと、鈴華はプイッと顔を背けた。こういうすねた仕草は、年相応。
俺は彼女を一瞥し、ベッドの端に腰掛けた。いざ部屋を見渡すと、少し変わっているけど相変わらずシンプルで清潔。
――最後にここに来たのっていつだっけ。
昔はお互いの家を行き来していたけれど、年を重ねるたびそれは少なくなった。
「鈴華って14歳だよね……」
「? それが何?」
――5歳差かぁ。
意味がわからない、と呟く彼女には何も返さず、俺は金色のリボンをほどく。
赤い包みから出てきたハートのチョコを、パキッと口でかじった。
「……苦い?」
「なんで疑問系なのよ。蓮、甘いの苦手でしょ?」
よく覚えてるな、なんて思いながら、口内で溶けてくチョコを味わう。すると鈴華はふふん、と自信気に笑って
「蓮のことなら、誰よりも知ってるもの」
……表情に出てたかな、俺。なんだか最近、立場逆転してる。
「……近頃の中学生って、みんな鈴華みたいにませてるわけ?」
「さぁ? クラスの男子を見てると、かなり子供っぽい気がするけど」
ため息混じりにこぼすと、即答された。
「年上好みなの?」
「別に。偶然好きになった人が、幼馴染みで、年上だっただけよ」
……今、さりげなく告白された?
あまりの不意打ちに、後から心臓が高鳴った。
背も高くなって、体つきも変わって、雰囲気も凜としたものになった。
――昔は『蓮兄ちゃん』って言って、俺の後ろくっついてたのに。
机に寄りかかりながら窓の外を見つめている横顔は、可愛いというより、綺麗という形容詞のほうがあってて。
「本当、美人になったな……」
思わずそうもらすと、鈴華は瞳を見開いて、頬をパッと色付けたけど、直ぐに笑って
「いつか、隣で歩くのに自慢できるような女になってあげるよ」
落ち着いた声色で言った。
――そのいつかって、きっと遠くないんだろうな。
ああ、すっかりペースに乗せられてる。
「寝顔はあどけなかったのに……」
「な、なに勝手に寝顔観察してるのよ! セクハラ!」
人聞きの悪い。なかなか起きなかった自分を恨んで欲しいものだ。
まぁ、うっすらと紅潮してるのが可愛いから、あえて何も言わないけれど。
「鈴華って、眠り深い?」
「……浅いほうだと思うけど」
未だに不機嫌な彼女に、少し苦笑した。
ああ、でもやっぱり……
「眠り姫は王子のキスでしか目覚めないものなのかね」
「なにロマンチックな事──」
呆れた声でそう言いかけたとき、彼女はバッと俺のほうに振り向いた。
「……したの?」
瞳を白黒させ、俺を凝視する。俺はそれに満面の微笑みで返した。それで全て悟ったのか、鈴華は顔をこれでもかってくらい真っ赤になる。
普段も大人びてて綺麗だけど、照れた顔のほうが可愛くて好きだ。
持っていた端が欠けたハートのチョコを、ひとくち口内に含む。ビターな味が、丁度良い。
「鈴華」
「え? ん……っ!」
彼女の顎に手をかけて、桃色の唇を自分のそれで塞いだ。予想以上の柔らかさに驚きつつも、直ぐに放す。
鈴華の表情を覗くと、信じられないとでも言いたげに、歪んでいた。先ほどの余裕はなく、そのあたり中学生だなと思う。
「……甘い」
寄せられた眉はそのままに、唇に人指し指を沿えてそうこぼした鈴華。
もっと苦いのが予定だったのか、失敗したかも、と小声でもらす。
俺はそんな彼女に助け船を出そうと、耳元で囁いた。
「それはチョコが甘いんじゃなくて、キスが甘いの」
案の定、硬直する。
「は、歯の浮くような台詞言わ──んぅ!」
鈴華が反論しようとする唇を、俺はまたキスで塞いだ。
チラリと一瞥すると、鈴華が睨んでいたけど、気付かないふりをする。
右手で後頭部を押さえ、左手は赤面した頬に沿えて。鈴華は立っているのも辛いのか、すがるように俺の服を握った。
慣れてないんだろう、時折鼻の抜けた声を出す。
――やば、可愛すぎ。
少しばかり理性が負けて、唇を離したり付けたりの繰り返し。
――5歳差って、犯罪かな?
そんな考えが頭をよぎったけど、一度やみつきになったら止められなくて、俺達は何度もくちづけを交した。
「……最低」
余程息苦しかったのか、俺が解放したときにはぐったりとしていた。
「蓮のケダモノ、変態、ロリコン。私のチョコレート床に落としてるし」
言い訳する間もなく降り注ぐ罵声。まぁ、その通りだから何も言えないけれど。
「でも」
苦笑しながら聞いていた俺に、罵声をやめ、鈴華は一歩俺に近寄った。
「キスしたってことは、恋愛対象に入ってるって事だよね?」
気丈な声とは裏腹に、揺れる瞳。俺は見上げてくる鈴華の、長い髪を一束掬って
「妹でも、幼馴染みでもない。ひとりの女の子として見てるよ」
そう言い、口元に持っていきキスを落とす。彼女は照れくさそうにはにかんだ。
「浮気しないでね」
ウィンクをしながら、少し背伸びして俺の頬に唇を押しあてる。
「あ、赤くなった」
「……うるさい」
今のうちに、主導権を握っておくべきかもしれない。じゃないと、将来この年下の小悪魔に飲まれそうだ。
「ねぇ、私のこと好き?」
上目使いで尋ねてくる彼女。返事代わりに、チョコレートよりも甘いキスを捧げた。
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