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豊穣祭と初めての喧嘩

 初めての喧嘩は、本当に些細なことがきっかけだった。


 私は温室の屋根補修で無理をし、レオンハルトは見回りの報告を後回しにして右腕を悪化させた。どちらも相手のことは言えないのに、先に口を開いた方が負けみたいな意地があったのだと思う。


「無茶をするなと言ったでしょう」

「それはこっちの台詞です」

「俺は必要な無茶だ」

「私だってそうです」

「違う」

「何が!」


 ユリアもミレイユも、少し離れた場所で完全に巻き込まれた顔をしていた。


 結局その日の夜、マルタに「うるさい!」と一喝されて両方黙った。あまりにも情けなくて、先に吹き出したのは私だった。


「……すみません」

「俺も悪かった」


 怒っていた理由は簡単だ。相手が大事だからだ。そう気づいた時、喧嘩はもう半分終わっていた。


「次からは、ちゃんと“心配だ”って言いましょう」

「ああ」

「命令口調じゃなく」

「善処する」

「そこも善処なんですね」

「努力はする」


 完全に上手くはいかない。でも、それでいい気がした。


 片づけが一段落してから、私は自然と中庭へ面した回廊か、工房の灯りが届くあたりへ足を向けていた。花や土や焼きたてのパンの匂いが混ざり、壊れた城だった頃には考えられなかった種類の賑わいが夜まで残っていた。何かが大きく動いた日ほど、あとから見つかるのはいつも片づけきれなかった小さな道具の重みのような細部だ。けれど経験上、そういう小さな見落としの方が、放っておくと案外長く尾を引く。


 私は作業台へ手を置き、祝うことと働くことが同じ場所で両立するようになったのだと、遅れて実感した。手を動かしていると、不思議と頭の中の順番も整っていく。誰に何を伝えるべきか、どこまでを今日のうちに済ませるべきか、何を明日の自分や別の誰かへ渡すべきか。考えるべきことは多いのに、以前ほど一人で抱え込む焦りは強くなかった。


 祝うこと、働くこと、暮らすこと。その三つが同じ場所で無理なく重なり始めると、城は『助かった場所』から『住み続けられる場所』へ変わっていく。 私はようやく、強さとは全部を背負えることではなく、綻びを早く見つけて、正しい相手と分け合えることなのだと理解しつつある。だから今日の出来事も、感情だけで終わらせず、記録と手順と小さな改善へ落とし込んでおきたいと思った。


 私が今見ているのは、片づけきれなかった小さな道具の重みのような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。


 きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。次に必要になるのは、今の出来事を一つ先の仕組みへ繋げることだ。目の前の解決だけで終わらせない工夫が、また増えていく。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 終わったはずの一日が、そうして少しだけ明日へ食い込んでいく。その感覚を嫌だと思わなくなったことが、たぶん今の私の一番大きな変化だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。次話は『王都からの客人』です。引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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