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ハク、遠征する

 ハクが遠征隊に同行すると言い出したとき、最初に反対したのは私だった。


「駄目です」

『なぜですか』

「遠征先で誰かを説教する未来が見えるから」

『安全管理上、説教は合理的です』

「その理屈で押し切らないで」


 今回の遠征先は、西方の再建が進む河畔の町だ。前回送った支援隊から追加要請が来て、工具と記録者と、できれば「灰冠方式に詳しい補助者」が欲しいという。そこでハクが前脚を上げたのである。


 結局、トーマの強い推薦で同行が決まった。

「ハクがいると、記録も見回りも速いんです」

「口も速いでしょう」

「それは……はい」

「はい、なのね」


 送り出して三日後、最初の報告が届いた。

 内容はこうだ。


『補助機構ハク、初日で子どもたちに乗り物扱いされる。二日目で測量用の基準機として尊敬される。三日目で倉庫番から恐れられる』


「想像以上にいつも通りね」

 私は報告書を持ったまま笑った。


 さらに数日後、今度はハク本人から簡潔な通信が来る。


『遠征先、効率改善余地多数。特に倉庫配置、夜灯角度、玩具箱耐久性に問題』

「玩具箱?」

「子どもが多いんだろうな」

 レオンハルトが横から覗き込む。

「つまり、町が戻り始めている」


 その言葉が嬉しかった。


 十日後に戻ってきたハクは、荷車の上で妙に得意げだった。体には見知らぬ色糸の飾りが巻かれ、背には「ありがとう はく」と拙い字の板まで括りつけられている。


『任務完了』

「ずいぶん可愛がられたのね」

『適切な評価です』

「褒めるときだけ素直」


 トーマの報告によれば、ハクは本当に役に立ったらしい。夜間の見回り経路を整理し、倉庫の保管順を直し、子どもたちの玩具箱まで補強したという。しかも最後の日には、現地の子どもに「壊れたものは、怒る前に持ってこい」とまで言っていたらしい。


「それ、あなたの口癖よ」

 私が言うと、ハクは少しだけ耳を揺らした。

『継承されたものと思われます』


 私は思わず、頭を撫でる。

 冷たい金属のはずなのに、もうこの感触は完全に灰冠城の一部だった。


 技術が広がる、というのは、人が増えることだけではない。

 こうして城の理屈が、城の外の子どもたちの遊び方や、倉庫番の歩き方にまで染みていくことなのかもしれない。

 もしそうなら、遠征は十分に成功だ。


 片づけが一段落してから、私は自然と静かな作業場の隅へ足を向けていた。灯りと紙と金属の匂いだけが残り、忙しさの裏側にある地味な仕事の時間が戻ってきていた。何かが大きく動いた日ほど、あとから見つかるのはいつも小さな足音と木製の玩具がぶつかる軽い音のような細部だ。けれど経験上、そういう小さな見落としの方が、放っておくと案外長く尾を引く。


 私は手元の小さな部品を回しながら、今日の出来事がどこへ繋がるのかを考えていた。手を動かしていると、不思議と頭の中の順番も整っていく。誰に何を伝えるべきか、どこまでを今日のうちに済ませるべきか、何を明日の自分や別の誰かへ渡すべきか。考えるべきことは多いのに、以前ほど一人で抱え込む焦りは強くなかった。


 最後に残るのは、大きな奇跡よりも、明日も続く手順と人の気配だ。そういう終わり方を選べるところまで来たこと自体が、灰冠城の再建だったのだと思う。 私はようやく、強さとは全部を背負えることではなく、綻びを早く見つけて、正しい相手と分け合えることなのだと理解しつつある。だから今日の出来事も、感情だけで終わらせず、記録と手順と小さな改善へ落とし込んでおきたいと思った。


 私が今見ているのは、小さな足音と木製の玩具がぶつかる軽い音のような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。


 きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。次に必要になるのは、今の出来事を一つ先の仕組みへ繋げることだ。目の前の解決だけで終わらせない工夫が、また増えていく。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 終わったはずの一日が、そうして少しだけ明日へ食い込んでいく。その感覚を嫌だと思わなくなったことが、たぶん今の私の一番大きな変化だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。次話は『手を渡す日』です。引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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