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神社の三女物語

作者: イシクラゲ
掲載日:2026/04/17



 土御門家の血を引く家系である。

誇りでも呪いでもなく、ただそういうものとして、物心ついた頃からそれは当たり前にそこにあった。


 意識しなくても、消えることはない。

 日常の中に溶けていて、必要なときだけ前に出てくる。


 遠い祖先は陰陽師として朝廷に仕え、星を読み、鬼を封じ、この国の見えない秩序を守り続けてきた。

しかし明治の御代に天社禁止令が下り、先祖たちは職を変えざるを得なかった。陰陽師から神主へ。看板は替わっても、血の中に宿るものは変わらなかった。


 名前が変わっただけだ。

 やることは、ずっと同じ。


 うちは今も、庁や協会といった組織の傘下にも入っていない。個人経営の、小さな神社だ。


 目立たない。

 だが、それで困ることもない。


 そして我が家の血筋には、代々女性にのみ霊的な能力が現れる。

浄化、結界、封印。それが主な生業だ。鎮魂や除霊も請け負うが、対象は低級に限っている。

格の高い霊を相手に無茶をして、家族に何かあっては困るから。


 それだけは、避けなければならない。



 私は三十六歳、独身。双子の娘を持つ母親でもある。


 三女として生まれ、家督を継ぎ、今はこの神社の三十八代目当主として巫女を務めている。家族は多い。同じ屋根の下に八人が暮らしている。


 少しボケの入ってきた祖母。

 怪我をして静養中の母。

 その母が、それでも家事と祖母の世話を引き受けている。


 父は神主として境内に立ち、弟も同じく神社で神主として働いている。弟の嫁は経理と事務を切り盛りしてくれていて、弟夫婦の間には八歳と五歳の男の子がいる。


 二人とも、元気だけが取り柄のような子供たちだ。

 朝から晩まで走り回り、騒ぎ、笑い、この家をひっくり返すような勢いで過ごしている。


 そして、高校に通う双子の娘が一人。十七歳になった。

 もう一人は いない。最近家出をした。



 兄弟はほかにもいる。長男の兄は大都会で国家公務員をしている。

長女の姉は地方議員の次男と結婚して家を出た。たまに仕事を紹介してくれるのはありがたいが、あの姉のことだから、結婚の際に術を使って契約を取り付けたのではないかと内心疑っている。


 酒でも飲ませて、「私のことが好きなら、私を一生幸せんすると書かかせて ここに名前を書いて血判を押して」などと言って契約させたのではないかと——想像すれば笑えないが、あの姉ならやりかねない。


 今は旦那を国会議員にすると息巻いている。


 次女の姉は看護師になり、入院した役所の人と結婚して同じ街に住んでいる。


 現在、八人家族。



 地方都市の郊外に、その神社はある。


 私は、この神社の三十八代目当主巫女として、今日も軽自動車を走らせていた。


 エンジン音が単調に続く。

 見慣れた道。変わらない景色。


 午前中に地鎮祭が一件。現場は新興住宅地の一角で、これから高気密高断熱の新居が建つ予定地だ。整地されたばかりの土に四方の杭が打たれ、白い縄が張られている。


 ——羨ましいな。高気密高断熱か。


 思わず口の中で転がす。


 うちの神社の社務所など、冬になれば隙間風が鳴く年代物の木造建築だ。断熱という概念が、そもそも存在しない。


 比べるものでもないのに、比べてしまう。


 神事が始まり、祝詞が空気を揺らす。参列者が神妙な顔で頭を垂れる。


 その場の空気が整っていくのを、少し離れた場所から感じ取る。


 頃合いを見て、静かに意識を集中させる。土地に染み付いた淀みを引き剥がすように、浄化の力を流し込む。


 目には見えないが、確かにあるもの。

 重く沈んだそれを、静かに削る。


 その瞬間、現場の空気が変わった。重かったものが少し軽くなる、あの感覚だ。参列していた人々がざわりと顔を上げる。何かが変わったと体が感じ取るのだろう、口に出せないだけで。小さく「おぉ」と声を漏らす人もいる。


 それで十分だ。


 地鎮祭は滞りなく終わった。施主も施工主も満足げな顔で頭を下げ合っている。


 しばらくして、運転席の窓がコンコンと叩かれた。窓を開けると、今日の神主が立っていた。五十代ほどの、恰幅のいい男性だ。


「今日はありがとうございました。みなさん、大変喜んでおられましたよ」


 満面の笑みで白い封筒を差し出してくる。受け取って中を確認する。現金だ。金額を数える。


「いつもありがとうございます。またよろしくお願いします」


 相手は機嫌よく会釈をして、自分の車へと戻っていった。


 そう——私はずっと、軽自動車の中にいた。式典の段取り通りに、決められた頃合いで浄化を入れただけだ。それだけの仕事である。ばれないよう現場の近くで待機するのは、それなりに神経を使うのだが。


 目立たないようにする。それが一番難しい。


 うちのような小さな神社には、大きな仕事はなかなか回ってこない。有名な大手の看板があれば話は別なのだが、個人経営の古社などに自ら問い合わせてくれる施主は少ない。こうして他の神社のサポートに入るのが、現実的な稼ぎ方だった。


 エンジンをかけながら、今日の残りのスケジュールを頭に並べる。午後からは不動産屋に寄って部屋の鍵を受け取り、アパートの一室で鎮魂と浄化を済ませて、鍵を返却する。それで今日の仕事は終わりだ。


 明日は休み。明後日も休み。明々後日も、今のところ予定はない。


 父と弟に、もう少し頑張ってもらわないと。


 そう思いつつ、ため息が漏れる理由がもう一つあった。


 最近、仕事が減っているのだ。




 うちには双子の娘がいる。今年十七歳になる。片割れは今も家で暮らしているが、もう一人は小学校五年生の頃から引きこもりになり、その後家を出た。

今どこにいるのか、正確にはわからない。ただ、遠くに行って元気にしていると思う。なんとなく、そういう気がする。


 確信があるわけではない。

 連絡があるわけでもない。


 それでも、そう思っている。


 そう思っていないと、やっていけないだけかもしれない。


 その家出した娘が先日、山中にある洞窟の異変を結界で封印た。


 同業からの紹介で、協会の依頼が舞い込んだ。

 その現場で仕事を終わらせ、そのまま家出した。


 それが、あの子だ。


 それで怪異が出なくなり、関連する仕事が丸ごとなくなった。


 静かになった。

 良くも悪くも。


 ありがたいような、困ったような、複雑な気持ちだ。


 収入は減る。

 危険も減る。


 どちらがいいのかは、簡単には決められない。


 午後の仕事を終えて神社に戻り、夕食の支度を手伝っていると、スマートフォンが鳴った。


 包丁を置き、手を軽く拭いてから画面を見る。


 画面には「兄(長男)」と表示されている。


 国家公務員。大都会暮らし。大学進学を機に上京して以来、一度もこの家に帰ってきたことがない。電話もほとんどかけてこない。


 珍しい、というより異常だ。


 何の用だろう、と出る。


「元気か? 忙しいか? 暇か?」


 開口一番、それだった。


 相変わらず、雑な切り出し方をする。


「仕事の予定が空いてるので、暇ですね」


 少しだけ間を置いてから答える。

 わざとだ。


「そっか。暇なら東京に遊びに来ないか?」


 ——東京に、来ないか。


 その言葉を聞いた瞬間、指が勝手に動いた。


 通話を切る。


 説明もなく、間もなく。


 三十秒も経たないうちに、折り返しがかかってきた。


 当然だ。


「なんで切るんだ」


 少し苛立った声。


「怖くて切りました」


 即答する。


「何が怖いんだ」


「だって」と私は言った。「大学から東京に出て就職して、一度もこの家に帰ってこない兄がですよ。電話もほとんどしてこないのに、急に遊びに来いって。何ですか、保険金でもかけて私を殺すんですか」


 わざとらしく、少し強めに言う。


 沈黙が一瞬入る。


「物騒なこと言うな」


「だって今まで一度もそんなこと言ってこなかったじゃないですか。何かあるとしか思えないでしょう」


 言い切る。


 電話口の向こうで、少し間があった。


「……いや、その家はいろいろなのがいるだろ。近づきたくないんだよ」


「言い訳してる」


 即座に返す。


「言い訳じゃない。まあ、いろいろいるのはわかってるんだ」


 確かに、兄は「少し見える」人間だ。うちの血筋の男性に能力が出るのは珍しいが、兄には微かにそれがある。だからこそ、霊気の濃いこの家を避けてきた節もある。


 理解はできる。


 納得はしないが。


「それで、本題は何ですか」


 押し込むように聞く。


 兄は小さく息を吐いた。


「仕事で情報が外部に漏れてるんだ。誰が漏らしてるか調べて欲しい」


「……それ、うちに頼む話ですか? お抱えの術師さんたちに頼めばいいじゃないですか」


 当然の疑問だ。


「その術師たちも調査対象なんだよ」


 言葉が止まる。


 ほんの一瞬。


「プロ相手に、私がバレずにできると思ってるんですか。悲しいですよそれ」


 皮肉を混ぜて返す。


「お前に頼みたいんじゃない」


 ——は?


 思考が一瞬止まる。


「双子の片割れの方だ」


 ああ、そういうことか。


 納得と同時に、妙な感情が胸に残る。


 娘たちのことは、我ながら自慢が過ぎると思うことがある。家出した娘は、結界の精度が化け物だ。浄化も封印も、私より一枚も二枚も上手い。そして今も傍にいるもう一人の娘は、契約と式神の扱いが群を抜いている。


 あの子は、別の方向でおかしい。


 神社の周辺には、この娘が契約した動物たちが常に目を光らせている。狐、烏、猫、それ以外の何か。気づけば増えていることもある。時々、変な怪異を捕まえてきては「飼う」と言い張ることもある。


 紙の人形——式神——を複数同時に操る腕前は、私には到底真似できない。


「……なるほど。私じゃないんですね」


 少しだけ、むなしさを感じた。が、それはすぐに流す。


「娘が行くとしたら、おいくら万円ぐらい出るんですか?」


 現実的な話に戻す。


「……私個人のお願いだから、そんなには無理かな」


「経費で出せや」


 間を置かずに言う。


「内密に動かしたいから、許可も取れないし、誰を信用していいかもわからないし……だからお前に頼んでるんだ」


 珍しく弱い。


 その声を聞いて、少しだけ考える。


 状況は軽くない。


「……わかりました」私は言った。「娘が行くというなら行っていい。でも、ちゃんと面倒みなさいよ。私にはもうこの娘しかいないんだから」


 言葉に、少しだけ重さが乗る。


「……ああ、わかった」


「娘に聞いてから連絡します」


 それだけ言って、通話を切った。



 娘に事情を説明した。


 娘はしばらく黙って聞いていた。視線を落としたまま、何も言わない。


 表情は読めない。


 私の話が終わると、短く「少し考える」と言った。


 それ以上は言わない。


 急かすことはしなかった。待つことにした。



 翌日。


 娘はスマートフォンを取り出し、何やら文章を打ち始めた。指の動きは迷いがない。


 しばらくして、私のスマートフォンにもメッセージが転送されてきた。


「私と娘、弟と弟嫁と子供二人の人数分のネズミーランドの3デーパスポート。ネズミーランド近くの高級ホテル宿泊。交通費込み。お小遣い別途。日程は5月1日・2日・3日。宿泊は4月29日から5月5日まで。コネを使って何とかしてください。」


 読み終えた瞬間、思わず口元が緩む。


 そうか、そう来たか。


 交渉の仕方が、完全にあの子だ。


 私は兄にそのままメッセージを転送した。


 余計な言葉はつけない。


 数時間後、返信が来た。


「了承した」


 一言だった。


 あっさりしすぎている。


 娘はそのメッセージを確認すると、静かに式神——小さな紙の人形——を一体取り出した。何かをするすると書き込んで、ふっと息を吹く。


 人形はわずかに浮かび、そのまま空気に溶けるように消えた。


「伯父のところに飛ばした。契約書にサインしたら仕事にかかる」


 それだけ言って、娘は自分の部屋に戻っていった。


 背中が、あっさりしている。



 四月二十九日、朝。


 空港に降り立ったのは、私と娘、弟夫婦、そして弟の子供二人——八歳と五歳の男の子——の、総勢六名だった。


 人の流れ。音。匂い。


 いつもの場所とは、空気が違う。


 自動ドアを抜けると、兄が待っていた。


 少し離れた場所で、立っている。


 久しぶりに見る兄は、少し老けていた。それ以上の感想は特にない。


 兄も私を見て何か言いたそうだったが、子供たちがわーっと走り出したのでそれどころではなくなった。


 そのままホテルに直行した。


 チェックインを済ませ、荷物を置き、夜は全員そろって食事をした。


 久しぶりの賑やかな食卓。


 弟の子供たちが騒ぎ、弟嫁が苦笑いし、弟が適当にあしらい、私はビールを飲む。


 普通の光景。


 それが少しだけ、珍しく感じる。


 食事の終わり頃、娘がおもむろにポーチからUSBメモリを取り出した。


 動きに迷いがない。


 そのまま黙って、テーブル越しに兄に差し出す。


「……これは?」と兄が手に取る。


「情報を漏らしたと思われる人のリストです。一応、現場の動画も撮ったので入れてあります」


「……え?」


 理解が追いついていない声。


「全部入ってます」


 私は一瞬、言葉を失った。


「ちょっと待って。えっ、もうやってたの? こっちに来てからやるんじゃなかったの?」


「ここには、遊びに来てるんだよ」と娘はあっさり言った。「仕事は、伯父と契約した日から始めてたから。あの職場に出入りした人、全員監視してた」


 空気が止まる。


「こわ」と弟が言った。


 弟嫁も同じ顔をしていた。


 兄は啞然としたままメモリを握りしめ、それから中身を確認し始めた。見るたびに顔が険しくなっていく。


 軽い話ではない。


 この子は本当に、何者なのだろう。


 何度も思ったことを、また思う。


 でも今夜は、それを深く考えるのはやめる。


 今は、ただの家族の時間だ。


 私たちにはまだゴールデンウィークが残っている。


「……娘よ」と私は言った。「ありがとう」


 娘は黙って、ビールを飲んでいた私のコップにりんごジュースを傾けた。


 軽く触れる音。


 小さな乾杯。


 それが、東京の夜に静かに響いた。




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