河内枚岡 2
二
枚岡へ来てより、鎌足は人と馬と荷の絶えぬのを見ていた。
朝まだきには馬の声がする。
昼には見知らぬ荷が社の前を過ぎる。
夕には遠くのことばが風にまじる。
だが、それが何であるかは、まだ知らなかった。
その日、御食子は鎌足を連れて門の外へ出た。
社の西手、山へ寄る道の少しひらけたところに、人と馬が留められていた。
荷は三つ。
馬は二頭。
供の者は五、六人。
海の匂いをうっすらとまとっている。
難波より参った者どもにございます
そう告げた家の者に、御食子はうなずいた。
鎌足を一歩後ろへ下がらせる。
見ておけ
はい
荷改めは、箱を開けることから始まるのではなかった。
御食子はまず、来た者どもを見た。
誰が前へ出るかを見る。
誰が黙っておるかを見る。
馬の汗を見、足もとの泥を見、供の者の息の乱れを見た。
それからようやく口をひらいた。
どこの使いだ
男が一人、進み出た。
難波より、葛城へ参る者にございます
葛城のみか
男は少し間を置いた。
蘇我へ
あわせて、大伴へも
その一言で、場の空気がわずかに締まった。
荷は何だ
布と器にございます
あわせて鉄も少し
どこで得た
海の向こうより入ったものにございます
難波へ入った折にも、そう申したか
申しました
御食子はしばらく黙ったまま、縄の結びを見、馬の背の沈みを見ていた。
やがて言った。
開けよ
布があった。
器があった。
鉄も、申したとおりに入っていた。
鎌足には、ただの荷に見えた。
だが御食子は、一つの器を手に取ってしばらく見た。
重さを量るように持ち、縁を指でなぞり、裏を返した。
川瀬
は
川瀬が進み出た。
ひとつは通せ
ひとつは留めよ
はい
使いの男が顔色を変えた。
君
それでは――
それでは、何だ
男は口をつぐんだ。
御食子は言った。
難波から入ったものは、みなそのまま通してよいわけではない
同じ器でも、入る先が違えば意味も違う
同じ鉄でも、誰の手に渡るかで重さが違う
川瀬が荷に手をかけ、供の者へ指図する。
一つの荷は西へ返される支度に移され、一つは山を越える支度へ移された。
残る一つは、枚岡に置かれることとなった。
人が去ったのち、御食子は鎌足を振り返った。
何を見た
鎌足はすぐには答えられなかった。
荷を見たか
いいえ
人を見ました
御食子はうなずいた。
それでよい
道を見るとは、土を見ることではない
道を通る人を見ることだ
何を運んでいるかより、
誰が、どこへ、どのような顔で運んでいるかを見る
枚岡は、そういう地だ
ここで見落とせば、宮へ入ってからでは遅い
難波のものは速い
朝の内は重い
そのあいだで、何を通し、何を止めるか
それを量るのが、この地の役だ
鎌足は黙って聞いた。
祭祀の家とは、祝詞ばかり申す家ではない
神の前に立つとは、道の節にも立つということだ
外から入るものを見きわめ、
朝のうちへ通してよいかを量る
それができねば、王のそばへは立てぬ
御食子は、少し声を低くした。
中臣が枚岡に根を置いたのは、そのためでもある
鎌足は西を見た。
難波の方角は見えぬ。
だが、その見えぬ向こうから、なお人も物も、ことばも、絶えず入ってくるのであった。
海から来るものは新しい。
新しいものは人をひきつける。
だが、ひきつけるものが、いつもそのまま朝のためになるとは限らぬ。
難波から来るのは、荷だけではない
家の並び方も来る
人の名づけ方も来る
王を高くし、その下に人を並べる、その仕方も来る
鎌足には、そのことばの半ばもまだ分からなかった。
だが、器や布のように見えるものの中に、まだ形を持たぬ別の力がまじっているのだとは思った。
何でも通せばよいのではない
何でも拒めばよいのでもない
見きわめるのだ
そのことばが、鎌足の胸に残った。
その夕、鎌足は社の前に一人で立った。
山は黙っていた。
だが、その黙りの中を、道だけは生きていた。
枚岡とは、ただの社地ではない。
ただの通り道でもない。
神の前に立ちながら、王のもとへ入るものを量る場所である。
ゆえに、この家の祀りは、はじめから政と遠くなかった。




