第6話 何気ない時間と幸せ
「んん!陽葵ちゃん、料理上手いね!」
博之さんとの話し合いが終わった後、お茶を持ってきてくれた陽葵ちゃんを含め3人でお茶をした。
その際に是非とも夜ご飯を一緒に!とお誘いを受けて今はそのお言葉に甘えているところだった。
「えっと、阿久津さんの口に合ってよかったです。」
嬉しそうに笑ってくれる陽葵ちゃん。
ほんの少しだけ俺が知る陽葵ちゃんとどこか違う笑い方な気がするその笑い方を見ると本当に一緒に過ごした時の記憶がないんだなということを実感してしまう。
だけど、逆にそのおかげで今陽葵ちゃんは普通の日常を送れているのだと思うとこれはこれでよかったのだとひどく思う。
「ねぇ陽葵ちゃん、陽葵ちゃんはどんな食べ物が好き?」
俺は陽葵ちゃんが困らないように俺が知る陽葵ちゃんの話をしないでおこうと思う。
記憶を失っても陽葵ちゃんは陽葵ちゃんで、博之さんが言う俺と過ごすことで俺との思い出がよみがえるという現象は極力歓迎できない。
俺としてはうれしいけど、それは陽葵ちゃんに残された時間を急激に減らすことになるかもしれない。
だから俺は今の陽葵ちゃんを知っていって、今の陽葵ちゃんが笑顔になれるように頑張りたい。
(とはいえ親しくもない癖にあまり質問攻めする男ってウザイってクラスの女子が言ってた気がするから質問攻めだけは気を付けよう。)
俺だけが覚えているというのは少し寂しい事ではあるけど、だけど俺だけはこのまま覚えておきたいと思う。
昔の陽葵ちゃんのことも、そしていつか別れなければいけない今の陽葵ちゃんのことも。
「好きな食べ物ですか……。甘いもの、ですかね?」
「甘いもの、いいよね!俺も好きだよ。あ、そうだ!よかったら明日駅前にパンケーキ食べに行かない?学校の女の子たちが最近おしゃれなパンケーキ屋さんができたって話してたんだ!俺も行ってみたいなーって思ってたんだけど、俺の仲いい友達って男しかいなくてさ。一緒に行ってくれると嬉しいんだけど。」
陽葵ちゃんに喜んでもらいたい。
そう思いながら俺は思いついたことを提案してみる。
とはいえ実のところそれだけではない。
こんな忘れっぽい俺の印象に残っていた出来事だ。
正直一度でいい。パンケーキを食べてみたい!と、かねてより思っていたのだ。
つまり俺の言葉には一切嘘偽りはないのである。
「行きたいです!阿久津さんがご迷惑でなければ是非。」
俺の提案を喜んでくれたのか嬉しそうに柔らかい笑顔を浮かべてくれる陽葵ちゃん。
(なんて可愛いんだ……。)
陽葵ちゃんの笑顔がかわいすぎて困る。
「そ、それじゃあ恥ずかしながら明日も補修があって学校行かないといけないから、今日と同じ時間に校門で待ち合わせとかでも平気?」
すこしだけ照れくさくなりながら陽葵ちゃんに待ち合わせの時間を提案すると陽葵ちゃんは快く快諾してくれる。
(明日も陽葵ちゃんと一緒に過ごせる……。)
そう思うとお腹はすいているのに心がいっぱいでなんだかひどく満腹になる。
とはいえ、陽葵ちゃんの手料理を残すなんてことはできるはずもない。
心は満腹になったけどまた陽葵ちゃんの料理を口に運ぶとお腹はすいているからか食べる手が止まらなくなる。
そんな明らかに浮かれている俺の姿を見て陽葵ちゃんや、ずっと黙って俺と陽葵ちゃんを見守っていた博之さんは笑いをこぼした。
予定では陽葵ちゃんに楽しい時間を過ごしてもらうはずが、おそらく俺がだれよりも楽しい時間を過ごしてしまったのだった。