第3話 振り回される心
「おーい、幸也。ご飯食べないのか―。」
「あなた、放っておいてあげて。あの子失恋したらしいのよ。」
「何、本当か!?」
扉の向こうで両親が俺の話をしているのが聞こえる。
陽葵ちゃんの記憶に残っていなかったことを知った俺は
どうやってその場を離れたのか覚えておらず、
気づけば家に帰ってきて母さんの前で年甲斐もなく「失恋した」と泣いていた。
(俺、いつも陽葵ちゃんと一緒にいたのにっ……。)
それでも記憶に残っていないだなんて悲しすぎる!
「うぅ……彼女に話しかけた事、明日になったら忘れてないかな……。」
自分のポンコツすぎる記憶能力にまさかすがる日が来るとは思わなかった。
できれば忘れたい。
彼女と再会してから失恋したと知るまでの記憶を……。
「って、んな都合がいいことあるわけないのにな。」
忘れたい記憶を忘れないまま夜は老けていった。
まともに寝られず、目を腫らしに腫らしてしまった。
そんな俺は翌日、英語の成績が悪かった奴にだけ行われる補修を受けるべく学校に来ていた。
そしてそこで成績優秀で本来ならいるはずもない樹にばったりでくわし、
これ幸いとばかりに俺のつらいつらい失恋話を聞いてもらっていた。
「うわぁあぁぁぁ!ひどいよ、陽葵ちゃ―――――ん……!」
記憶力の悪い俺ですら覚えているに!
なんてのは勝手な言い分だってわかってる。
でもそういいたくなるものだ。
失恋した人間は割と勝手なものだ!と、今の俺はほかの人のことはわからんがそういいたい。
「で、今もお前はその子のことが好きだったわけ?重要なのはそこじゃないのか?」
「それは…………わかんない。」
「はぁ?」
訝し気な表情を向けてくる樹だが、そうはいっても本当にわからないのだから仕方ない。
何せ俺は彼女にもう6年ほどもあっていなかったのだ。
それにもう二度と会えないかもしれないとまで思っていたほどだ。
自分が彼女を思い続けていたのかはわからない。
でも、いつだってふとした瞬間思い出す記憶の中に彼女はいた。
「あのなぁ、幸也。好きかどうかわからないならそれは失恋というよりは単純に――――――」
「おーい席付け!そろそろ補修始めるぞー。って、名倉、お前補修組じゃないだろ。なんでいる?関係ない奴はでてけよー。」
補修開始の時間前になったため教室に入ってくる先生。
先生は樹の言葉をかき消すほど大きい声で席に着くよう言いながら教室に入ってきて、
いるはずもない成績優秀者の樹を見て首をかしげて言葉を言い放った。
本当、なんでこいついるんだろう、部活も入ってないのに。
「はいはい。出ていきますよ。じゃあな、幸也。終わるの待ってる。」
「ん―――。」
(いいよな、樹の奴は本当にイケメンで勉強もできてさ……。)
あれだけ誰にでも印象に残るような存在だったら俺も陽葵ちゃんの記憶に残っていられたのだろうか。
覚えられてなかったものはもうどうしようもないけど、それでもそんなことを思ってしまう。
(イケメン全員爆発しろ……。)
なんてことを思いながらこんなどんよりした曇り模様の俺の心に対し、すがすがしいほど晴れ晴れしてくれてる青空を見ながら俺はむなしい暴言を吐いたのだった。
そしてそれから行われた補習授業だがもちろんの事ながら身に入るわけもなく、俺はだらだらと時間が過ぎるのを待った。
ぼぉっとしてただけだけど気づけば英語だけでなく数学の補修までもが終わっていた。
(あ、雨降りそう。)
外を見ると先ほどまでいやってほど晴れてたのに今度はブルーな俺にお似合いの雨模様になってきた。
(やば、傘持ってきてない!早く帰ろ。)
補修だけだから荷物もそんなになく、急ぎ帰り支度をした俺は足早に学校を後にしようと急いで靴を履き替え校門を出た。
その時だった。
「あ、あの!待って!」
(え?)
校門を出た瞬間俺は誰かに袖をつかまれた。
一体だれだろう。
そう思いながら視線を向けた先には今できれば一番会いたくない人の姿があった。
「阿久津幸也君、お時間ありますか!?」
必死な表情で俺の袖をつかみ、語り掛けてくる人物。
それは昨日俺に失恋したという自覚を持たせてくれた杉坂陽葵だった。